18 / 85

夢から醒めて思うこと―2―

「雨だ……」 洞窟の中に雨の音が響いてる。 リヒトは戻って来るのだろうか? 入口に立って、外を眺める。 一歩踏み出して振り返る。 ユミルさんは止める気配はない。 今度は迎えに行けって事か? 俺は雨の中歩き出した。 しばらくずぶ濡れになりながら歩いて気がついた。 リヒトが何処にいるのかわからない。 気配を辿るなんて器用な真似が出来るはずもない。 その場の雰囲気にのまれてしまった。 漫画やドラマなら直ぐに見つけて連れ帰るところだが。 周りを見渡して、リヒトのいる方向も帰る方向もわからない事に気がついた。 ……迷子だ。 そう言えば、獣も出るんだったなぁ。 先刻襲われた時の事を思い出した。 もう一度襲われたらリヒトは来てくれるだろうか? こちらから行けないなら向こうから来てもらおうかと考えていた時、後ろから抱き締められた。 「何を考えているのですか、貴方はっ!!食べられかけたのを忘れたのですか!?」 リヒトの髪から落ちた雫が俺の頬を伝って落ちる。 「リヒト……戻ろう?みんな心配してる」 結構遠くまで来てしまってたようだ。 手を繋がれて洞窟へ向かう。 「サクラ様に心配してもらえるなんて光栄ですね」 リヒトの笑顔が痛々しい。 「……様は止めてくれ。俺は世界樹じゃないし、美しい少女でもない」 リヒトに様付けされるのは俺の中に世界樹を夢見ていられるようで、いたたまれない。 「ユミルに聞きましたか?リナーシアかな?お聞きになったと思いますが、俺は世界樹様に憧れを抱いておりました。運命的な出逢い、垣根を越えて結ばれる二人、逆境にも変わることのない二人の愛」 自嘲気味にリヒトは笑う。 「王道な物語ですが、教会に管理された堅苦しい王宮の生活の中で、自由な運命の相手との恋に憧れを抱くには充分でした」 王子と言うのも大変な苦労があるんだな……。 「ユミルの話を聞いてショックを受けましたよ。信じていたもの全てを否定されましたから。物語の王子と世界樹様の愛の結晶だと思っていましたから……」 そう言って、リヒトは自分の瞳に手をあてた。 「まさか、略奪の上の不義の証とは……抉り出してやろうかと思いましたよ」 えっ!? いきなり何恐いこと言い出すの!? 瞳にあてた手に力を込めるリヒトを慌てて止める。 「サクラ様と……」 俺が睨むとリヒトは、うっと声を出した。 「サクラ……と初めて会った時、この人だけは死なせてはいけないと思いました。俺が見つけた、俺だけの人だと思ったんです」 「頭に木がはえてたからか?」 ちょっと嫌味な言い方をしてしまった……。 「それもありますが…」 あるのかよ! この国の人たちの木フェチは筋金入りだな。 「目覚められてからのサクラはとても魅力的でした。俺の言葉に真っ赤になって、オタオタする姿も。ユミルの後ろに借りてきた子猫のように隠れる姿も。嫌そうな顔をしながらも渋々俺の膝の上に収まる姿も……くくっ……」 横を向いたリヒトの肩が揺れている……大丈夫そうじゃねぇか、このヤロウ……。 「サクラ……貴方を世界樹様の変わりにしようと思っているわけではありません」 リヒトに両肩を掴まれる。 背中に当たる木の感触に逃げ場がないなとぼんやり考えた。 「ユミルの次でも良い……私にも貴方に愛を囁く許可をいただけますか?」 何を言っているのだろうか? 考えようにもリヒトの甘い声が思考を霧散させる。 「ユミルさんは……」 発しようとした言葉は、リヒトの唇に吸い込まれた。 「今はその名を呼ばないで………温かい……サクラの唇は温かいですね……悲しみも、憤りも全て溶けていきそうに温かい………」 俺の頭の上でサワサワと葉が揺れる音がした気がする。 何度か触れては離れを繰り返した口付けは、いつしか深いモノに変わっていった。

ともだちにシェアしよう!