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銷魂の王子―2―
ザクッザクッザクッ…………
「イチゴやレモンの様に食べ物を育ててみてはどうですか?」
そう言ってマーニャさんが渡してくれたものは小さな園芸用のスコップだった。
何もやる事がないので土を耕している。
意外に土は柔らかく、面白い様に掘れた。
途中、耕したところで植える種が無い事に気づいたが、かまわず掘っている。
掘っては埋め、掘っては埋め……。
お砂場遊びみたいだな……。
マーニャさんは晩ご飯の仕込みに洞窟へ戻り、リヒトとユミルさんは防護柵の続きを作り、リナーシア様は鑑定スキルを使いながら辺りを散策している。
畳3帖程、耕した土を見つめて念じてみる。
野菜……果物……小麦もいいな……。
……………………………。
駄目だ……やっぱり何の変化も無い。
後ろ手をついて空を見上げてふと思う。
ほのかに明るいが、太陽の光がサンサンと言う訳ではない。
森はあいも変わらずほの暗い。
俺は日の光が届かないから暗いんだと思ってたけど、そもそも、太陽ってあるのか?四季は?
悩んでいると目の前にリヒトが顔をだした。
「喉、乾きませんか?休憩ちゃんと取ってくださいね」
いや……休憩も何も働いてないけどね……リヒトから水を受け取り、ちょうど良いと先ほどの質問をぶつけてみた。
「ねぇ……この世界の太陽ってどんなの?」
「太陽?太陽とは?」
どうやらこの世界に太陽はないようだ。
「えっと……世界に光を与えてくれる、暖かいもの?」
「世界に光を……サクラの事ですね」
思わず水を噴き出した。
何でこの人、臆面無くこういう事言えるかな……。
「サクラは私に光を与えてくれました。サクラといると心が温かくなります」
リヒトの笑顔の方が力を与えてくれそうだけど……。
「そっ!!そうじゃなくて!!昼間は何で明るいのか聞きたかったの!!」
「?それは当然、妖精達が起きている時間だからですよ?」
ファンタジーな答えが帰ってきた。
全っ然、当然じゃないし……。
やっぱり、俺の常識とは大分かけ離れた世界のようで……
昼間明るい→妖精が起きているから。
夜暗い→妖精が寝ているから。
晴れ→妖精のバランスが取れている。
雨→水の妖精が多い。
……………………………。
因みにこの妖精は俺が思っている様なモノではなく、魔力の粒で意思もなくただ大気中に漂っているだけの存在らしい。
死の谷がいつも暗いのは、妖精の数が圧倒的に少ないから。
理解できた様な、出来ない様な……う〜ん。
「サクラは何を作っていたのですか?とても一生懸命でしたね」
「穴掘っただけだった。モユルの力で何か作物出来ないかなって期待したんだけど…」
畑になれなかった畑をみて溜め息が出る。
「…ユミルに……」
「ん?何?」
「いえ……何でもありません。マーニャが今晩の夕食は自信作だそうです。夕食までにはお戻りください」
リヒトは空のコップを持って戻って行った。
いつもと違うリヒトの様子に違和感を覚えたけれど、その原因までは考えていなかった。
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