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牧歌斉唱―4―

見た目から『センパイ』と名付けたその鳥は、俺の知っている鳥とは違うらしく、卵を毎朝生んでくれるらしい。 塩すら無かった初日に比べて、この数日間で随分と食生活は豊かになったものだ。 夕飯、リヒトの前には皆より一品多くおかずが並んでいる。 黄色い、ところどころ破れたいびつな形のそれは……。 リナが見つけてきた香草とドンドルグースのソテーと、付け合わせにハナコのミルクで作ったバターを使ったキノコのバターソテー。 パンとハナコのミルク。 マーニャさんのプロ級の料理に囲まれて、ますますみすぼらしく佇んでいた。 本当は作ってはみたもののリヒトの前に出すのは抵抗があり、自分で食べてしまおうと思ったのだが、マーニャさんに絶対大丈夫と押し切られて食卓に並んだ。 「これは…?」 マーニャさんもリナも初めて見ると言っていたので、こちらの世界にはないのだろう。 リヒトも不思議そうな顔で見ていた。 「………たまご焼き」 「たまご焼き?」 「サクラ様が今日心配をかけたお詫びにと手作りなさったんですよ」 マーニャさんの言葉にリヒトは目を輝かせて早速いただきますと、口に一口運んだ。 一人暮らしで多少は料理をしてたけれどマーニャさんのプロの仕事に比べると見劣りする事この上ない。 味見はしながら作ったけど、はちみつしか甘味もなくセンパイの卵の味が鶏と同じかもわからない……ドキドキしながらリヒトの様子を伺う。 「とても美味しいです。優しい甘さとふんわりとした柔らかさがサクラの心そのもののようです」 優しい甘さはリヒトの方だろうという笑顔をくれて、二口、三口と続けて食べてくれてる。 とりあえず、悶絶級のまずさでない事にホッとした。 「今日は心配かけてごめん。ちょっと考え事していて…あ、たまご焼きは無理して食べなくても良いからね。残った分は俺が食べるし」 センパイの卵は大きくひとつで鶏卵6個程ありそうだった。 リヒトはフォークを置くと、こちらに向き直り俺の腰に抱きついた。 「あんな気持ちはこりごりです。でもそれでサクラの手料理が食べられたのですから、今回の事はお互いもう忘れましょう。でももう二度と私から離れないで下さい」 立っている俺のお腹にくっつけられたリヒトの顔がじんわりとお腹を温めて行く。 「リヒト……」 子供をあやす様に頭を撫でる。 リヒトの髪の柔らかい手触りに口元に笑みが浮かぶ。 「お!これは本当に美味いな」 「初めて食べましたが、こんな卵の食べ方があるんですね」 「サクラ様こんな才能もお持ちとは!!私感動で涙がっ!!」 俺たちが二人の世界に入っている間にみんなにたまご焼きを食べられて、残りを死守しようと必死なリヒトが可愛くて、わいわいにぎやかな食卓に、俺も少しだけ仲間の為に手伝いが出来た様な気がして嬉しかった。 熊や蛇ではない、とり肉という馴染みのある食材は、とてもジューシーでクセもなく鶏肉の様で食べやすかった。 香草も良くあっていた。 ハナコのミルクも濃厚でほのかに甘く、とても充実した気持ちで夕飯を終える事が出来た。

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