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不穏な影―1―

今日はリヒトが一人で森へと出かけていった。 流石に昨日の今日で、連れていってとは言えずに大人しくしている。 昨日の夜、新たに生まれたヒツジは『ユキ』と名付け、マーニャさんに作って貰った、ゾルグボアの毛のブラシでハナコとユキをブラッシングしたり、センパイの卵を収穫したり穏やかな時間が流れていく。 ハナコ、センパイ、ユキ…一気に増えた家族。 ……家族が増えるのが嬉しいと言った、リヒトの言葉を叶えようとしているのだろうか……? モユルの幹を撫でてやると、笑うように葉を揺らした。 ―――――――――――――――――――――― 目まぐるしくいろいろな事が起こるここでの生活だが、今日はのんびりし過ぎていて落ち着かない。 何かやることはないかとうろうろ歩き回っている。 マーニャさんは布を織っていた。 ユミルさんは柵を点検しながら強化をしていた。 リナは使える香草や薬草を探しているが、鑑定の出来ない俺にはどの草も同じに見えるので手が出せない。 他にやれる事もないので、畑を拡張してみる事にした。 種はもちろん無いけれど…。 何もない場所を掘って、掘って、掘って……ジャガイモ、トマト、玉ねぎ、人参……使い勝手のよさそうな野菜を思い浮かべるも何の変化もない。 やっぱりリヒトと……そういう事をしないと駄目って事なのか? 「一人でにやついて、何を想像してたんだ?」 そういう事を想像して、恥ずかしくなって転げ回っているところを、ユミルさんに見られてしまった。 にやにや笑っていながら近づいてくるユミルさん。 「リヒトとこういう事、想像してた?」 頬っぺにチュッとリップ音をたててキスをされた。 「ユッ!ユミルさん!?」 「はははっ、すぐ真っ赤になって面白いなぁ」 「すぐそうやって!こういう冗談は止めてよ!」 笑って終わると思ったのに、ユミルさんは真剣な顔をして、俺に向け手を伸ばして頬に触れた。 「冗談じゃないと、前にも言っただろう……ユーイチの気持ちも知ってるし、リヒトならと思って引いているが、リヒトがお前を傷つけた時は何時でも奪ってやろうと思ってる。だから……」 ユミルさんの顔が近づいて来るのがわかるのに、あまりの真剣な眼差しに動けない。 「俺に奪われないように、大人しくリヒトに守られておけ……」 ギュッと結んだ唇をペロッと舐められた。 「ひぅっ!?」 慌てて口を手で押さえると、いたずらっ子みたいな顔で笑い頭をグシャグシャとかき回された。 「お?旦那が帰ってきたみたいだぞ?飯食いに戻るか」 防御柵を通った者がわかるのかユミルさんは遠くを見つめている。 「…ユミルさんが何考えてるのかわかんない……」 ユミルさんは俺の手を握って歩き出した。 「難しく考える必要は無いさ……ユーイチを幸せにできるなら、相手は俺でもリヒトでも良いんだよ」 ギュッと俺の手を握って 「俺はたまにこうしてご褒美貰えりゃそれで二人を全力で守ってやるぞ?」 「ご褒美って……」 リヒトヘの気持ちとユミルさんへの気持ちが全く違うとわかっている。違うモノだけれど、ユミルさんの優しさに甘える事から離れる事も出来ない…ずるい自分……。 はははっ…と笑って俺の手を引くユミルさんの背中にごめんなさいと呟いた。

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