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不穏な影―2―
洞窟まで戻るとゾルグボアが横たわっていた。
昨日、ユミルさんが獲った物も大きかったが、さらに一回り大きいゾルグボア。
「サクラ!」
俺の姿を見つけたリヒトがニコニコと笑顔で走ってきた。
ニコニコ…ニコニコ…………。
?……何も言わずに笑い続けるリヒト。
ユミルさんに肘でつつかれ、ユミルさんの目線の先を追うと、横たわるゾルグボア。
ゾルグボア……ユミルさんの獲ってきたモノより大きいゾルグボア……まさかねぇ……。
「すごく大きなゾルグボアだね。さすがリヒト!」
嬉しそうに抱きついてくるリヒトのお尻にブンブンとシッポが見える気がする。
何この可愛い生き物……!!
確かに昨日、ユミルさんにこんな大きい獲物1人で獲るなんてすごいって言ったけど、まさかそれに対抗してくるとは。
リヒトの攻撃魔法が強い事は知っているけど、どうやって運んできたのかの方が気になる。
「こんなに大きいのどうやって運んできたの?」
風魔法を使ってゾルクボアの身体を浮かせて、地面を滑る様に運んできたらしい。
SFとかで見るホバーボードの要領なんだろう。リヒトは簡単に言ってるけど、実際はすごい事なんだと思う。
「やっぱりリヒトはすごいね。そんな事もできるんだ……」
「サクラが喜んでくれると思うと、どんな事でもできる気がします」
抱き上げられて愛おしそうに口付けられる。
幸せな気持ちで顔を上げたその先に……。
暗い森の入り口にこちらを睨む女の子の姿を見た。
目をこすって良く見る。
見間違い何かじゃない……昨日と同じ黒いドレスの金髪の女の子……。
昨日と同じ様に手を上げる。
「サクラ?」
身体の震えがリヒトに伝わって声を掛けられるが、女の子から目が離せない。
女の子が手を下げた瞬間、轟音と共に大気が震えた。
急に辺りが緊張感に包まれ、ユミルさんは洞窟へ駆け出していった。
「リヒト!!防御壁が破られた!!俺は一旦、リナーシア達のところへ向かう!!ユーイチは任せたぞ!!」
破られた防御壁から次々に魔獣が入り込んでくる。
リヒトが必死で食い止めている音が遠く聞こえる。
俺の目の前には、ゆったりとした足取りで近づく黒いドレスの女の子。
「直接、手を下せないのが悔しいわ」
薄く透けて見える姿で、彼女が実体でない事がわかる。
「あなたはリヒト王子じゃなくても良いのでしょう?私にはリヒト王子1人だけ……リヒト王子だけいてくれればそれで良いの」
座り込んだ俺の目の前まで来た女の子の鋭い目に見おろされる。
「あなたはリヒト王子に何を残してあげられるの?私はあの方の子供が産める。家族を作ってあげられるわ。あなたは勝手にどうぶつ王国でも作っていれば良い」
しゃがみ込んだ彼女は俺の胸に手を当てた。
「お父様にあなたの事は報告済みよ。とても喜んでいらしたわ。世界樹の代わりがこんなに早く見つかるなんてと、意気込んでいらしたのですぐにここへ攻め込んでくるでしょうね……リヒト王子を誑かした報いを受けるがいいわ」
すり抜け俺の心臓を握りつぶす様に彼女の手が動いて、その姿が消えた。
「リヒト王子……すぐにお迎えに参ります……」
冷たい声だけが響いた。
―――――――――――――――――――――――
「………クラ!!大丈夫ですか!?サクラ!!」
リヒトの声に我に返り、周囲の情報が流れ込んでくる。
「…リ…ヒト……?」
周りを見渡すと魔獣の屍の山ができていて、皆集まっていた。
ユミルさんは防御壁の穴を塞いでいる。
リナとマーニャさんは洞窟の中にいて無事だったようだ。
ハナコ達はセンパイが守ってくれたらしい。
俺は目の前がぐるりと回りそのまま世界は暗転した。
気がつくと布団に寝かされユミルさんが側についていてくれていた。
「ねぇユミルさん……あの子は誰?」
「気がついたか……あの子って何の話だ……?」
ユミルさんは見ていないのだろうか?
「黒いドレスで…赤い瞳の金髪の女の子…」
「っ!!…お前どこで……」
ユミルさんの顔色が見る間に青くなる。
「……やっぱりあの子がリヒトの婚約者?」
「………」
沈黙はきっと肯定。
「リヒトを…迎えにくるって言ってた……」
「ユーイチ!!あいつの言葉に耳を貸すな!!お前はリヒトの事だけ信じてろ!!」
「…………うん」
わかってる。
リヒトが俺の事を愛してくれているのはわかってる…でも……。
リヒト…俺は…君に何を残せるだろうか……?
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