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この世界の片隅で:リヒト視点―1―
家に帰るなり、大はしゃぎするモユルの報告を聞いた面々も皆一様に喜びの笑顔を見せた。
「やっぱり!王子様のキスは最強の魔法だと言うことがここに実証されるのですね!」
いつもは呆れ気味に聞いていたマーニャの言葉も、今はそうだと良いなと思う。
君を目覚めさせるのが、俺であるなら良いな。
――――――――――――――――――――――
氷の妖精の力が弱まり、火の妖精の力が強くなってきた頃、何度目かのサクラの花が咲いた。
サクラと最期に共に見た花………。
「とー様!みて!マーニャママがお弁当作ってくれたよ!!」
宝物のようにキラキラとした目で大事そうに抱えている。
「どうしたんだ?皆でピクニックか?」
良く見るとテーブルの上には大きなお弁当が並べられている。
「ユーイチの世界ではな、サクラの木の花が咲いたら『花見』と言う祭りをやってたのを思い出したんだ」
「皆でお弁当食べてたら、かー様も食べたいって起きてくるかも!!」
そう言えば……皆揃ってサクラに会いに行くのは久しぶりだ……。
「じゃあ、かー様が羨むぐらい皆で楽しまないとな」
モユルは「うん!」と大きく頷くと、
「ユミルパパも、かー様にいっぱいチューしてあげてね!!」
と無邪気に笑った。
……それはさすがに許可出来ないな。
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「それで!?それで!?とー様とユミルパパどっちが勝ったの!?」
「ん〜それがなぁ……止めに入ろうとした、かー様が思いっきり転んでなぁ……顔から地面にめり込む姿を見て、お互い戦意喪失して……おしまいだ」
ユミルはいろいろモユルには聞かせられない部分をはぶきながら、サクラとの思い出をモユルに聞かせている。
「ははっ!!かー様、おっちょこちょいだったんだね〜」
初めて聞くサクラの姿にモユルは楽しそうに、もっともっとと、せがんでいる。
「ふふふ…サクラさんの「もぉ〜ユミルさんっ!!」と言う声が聞こえてきそうですね」
リナーシアはサクラの木を見上げた。
ヒラヒラと舞う花びらに目を細めて笑う。
リナーシアは随分と大人びたと思う「リナは俺の癒し!!」といって溺愛していたサクラは、今のリナーシアを見てなんと言うだろうか……。
「リヒト様!!早く王子様のキスを!!」
……マーニャは相変わらずだ……。
君が待ちわびていたレモン酵母で作ったパンもある………マーニャの料理……好きだっただろう……?
早く起きておいで……………サクラ……。
暖かい風が花びらを巻き上げた。
『…ありがとう……リヒト…』
後ろからふわりと抱きしめられた気がして……。
振り返ると最期に見た、幻の様なサクラの姿……。
「サ……クラ……」
触れると霧散してしまいそうな、朧気なサクラの姿に恐る恐る手を伸ばす。
「……お兄様?」
触れられないとわかっていながら……愛しい身体を腕に搔き抱き、俺を見上げる顔に唇を落とした……。
触れていないはずなのに唇にぬくもりが広がる。
腕に……胸に……ぬくもりが広がって……あなたの存在を感じる……。
「……サク「かー様!!」
サクラは不思議そうに自分の両手を見て、足にしがみついたモユルの頭にそっと触れた。
「モユルだよ……あなたと私の子供だ」
サクラはしゃかんでモユルと同じ目線になると、そっとモユルの頬に触れた。
「モユル……?」
サクラが微笑むと、モユルは俺の後ろに隠れモジモジと恥ずかしそうに俺の足にしがみついた。
初めて会った時のサクラのようで思わず笑ってしまう。
「ほら、モユル。かー様が起きたらお話しいっぱいするんじゃなかったのか?」
俺が背中を押すと、
「か……かー様、はじめまして……モユルです……」
「モユルっ!!良かった……生きててくれて……ありがとう……」
サクラに抱き締められて、モユルは大声で泣きはじめた。
「サクラさんっ!!」
「サクラ様っ!!」
「マーニャさん……えっ!?リナ!?」
リナーシアとマーニャに両脇から抱き付かれて、顔を真っ赤にして慌てるサクラ。
「寝坊しすぎだ、ユーイチ。5年も待たせやがって……」
「ユミルさん………」
後ろからユミルに抱き締められて、サクラはゴメンと小さく呟いた。
「おはよう……サクラ」
サクラは皆に抱きつかれたまま、モユルの頭に顔を寄せて……
「みんな……おはよう……」
静かに涙を流した。
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