65 / 82

第63話

侑舞はゆっくりと話し出した。 「その、えっと……。とりあえず心配かけてごめん。」 何から言ったらいいか分からず、1番言うべきことを言った。 俺が何を思ってそうなったかは別として、兄さんに心配をかけたことに変わりはなかったから。 「俺ね、兄さんに自由になってほしかったんだ。俺に縛られることなく。自由に。」 そう言うと兄さんは一瞬、何か言おうとしたがグッと抑え込むように口を閉じた。 その様子をみて俺は話を続けた。 「父さんが死んでから兄さんは変わった。どこがって言われるとはっきりとは言えないんだけど、確かに変わったんだ。雰囲気も、俺に対しての接し方も。」 俯きかけてた兄さんの顔が少しだけ上がった。 その顔に浮かんでいたのは驚きだった。 「まるで腫物を扱うようだった。」 一見今までと同じように優しく接しているようだった。 周りの人間からしたら何も変わっていないと思う。 実際侑舞自身も初めは気のせいだと言い聞かせた。 だが疑惑はいつしか確信へと変わった。 何年も一緒に生活してきた侑舞は、兄の僅かな変化を見逃さなかった。 いや、見逃せなかったのだ。 「それからは、とにかく兄さんに迷惑をかけないように、少しでも負担が減るようにって、考えて生活するようになった。でも当然無理をすれば自分にも負担がかかる。心が限界を迎えそうになったことも1度や2度じゃない。」 「姫ちゃん先生がいる間はそれでも大丈夫だった。何とかコントロールできたんだ。だから安心してた。もう大丈夫だって。でもそれは違った。違ったんだ……。」 思わず侑舞は俯いた。 でもすぐにまた顔を上げて話を続けた。 「俺が体調を崩して病院に行く度に、兄さんはバイトをどんどん増やしていった。それを見て俺はとにかく病院に行く回数を減らそうとした。高校だって悩んだ。でも行かなかったら兄さんが悲しむからって、とりあえず近くて、そこそこ頭がいい学校を選んで行った。」 「毎日毎日必死だった。高校を卒業したら就職してこの家を出る予定だった。」 「なんだかんだで順調だった。あと約1年ってとこで今回の件が起こった。風邪くらいならまだしも入院まで。」 侑舞は苦笑を溢した。 「入院って和田先生に言われたときに、俺の中で何かが切れた。もういいやって。やっぱり俺は生きてても、迷惑しかかけられないんだーって。」 湊は侑舞の口から語られる話に、下を向くしかなかった。顔を上げていられなかった。 「空がね、綺麗だったんだ~。それで気づいたら屋上に行ってた。あとは手摺の向こう側に行って、少しフラフラ歩いて、いざ実行と思って身体を前に傾けたら、多賀さんに助けられた。」 これが俺の語れるすべてかな~、と言い侑舞は口を閉ざした。

ともだちにシェアしよう!