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あめがふるのではるあらし 04

【しのつくあめとあまいこえ】  雨の音と、甘い声が響く。 「……っ、ぁ、……ん、……あ、」  腕の中で無防備に喘ぐ千春は淫靡で、視覚にも耳にも甘い。自分のものを千春の中に埋め、ゆっくりと動かしながら海燕も熱い息を吐いた。  沖縄で何度も吐いた冷たい溜息とは別物だ。甘くて熱くて溶けそうだと思う。口に手の甲を押し当て、快感から逃れるように腰をくねらす千春は官能的だ。  疲れすぎていて、もう何がなんだか自分でもわかっていない自覚はあった。  普段ならば翌日仕事がある日はベッドに誘っても深いキスくらいしかしてくれない千春が、今日は甘かったということもある。一週間会えずに恋焦がれたのは、海燕だけではないのだ。  それが嬉しくて理性が飛んだ。  ある程度千春に愛されている自覚が出てきたのもまずかった。  常なら怖くてできないようなことをどんどんとやらかしてしまい、散々全身を弄り焦らし射精寸前で何度か愛撫を止めその度に懇願する千春の耳に甘く淫らな言葉を吹き込んだ。  あーこれ、後で怒られるなァ、と、頭の隅で一応考えてはいたけれど、止める事ができなかった。  結局服を脱ぐ前に提案したことの中で致していないのは尿道攻めだけだ。千春は乳首を嫌という程爪で弾かれ、亀頭を捏ね繰り回され、そして今は散々指で弄られた前立腺を熱いもので突かれている。  膨らんだ部分をゆっくりと擦る度に喉が反り返り、眉が寄るのがたまらない。 「あ! ……っ、ソコ、好き……っ、ぁ、」 「知ってる。ほんっと春さん、中お好きですよねー……ここ擦ると、きゅんってするんですよ? もう、お顔もどろどろで……えっちなんだから、もう。ねえ、このまま、さっきのしたらどうなっちゃう?」 「さっき、って」 「先っぽぐりぐりってするやつ。くびれのココも、一緒にこりこりしてあげます。……すごい気持ちいいと思うけど。ほら、想像だけで今ちょっと気持ち良くなったでしょ?」 「や、だ……っ! 無理……っ、絶対駄、あ、ぁ、はいえん、も、むり……っ」 「なんで? 焦らされて、気持ちいいことばっかりされて、頭真っ白になっちゃうの、きもちよくないですか? ……わけわかんなくなっちゃって、もうやだって言う春さん、すごい、かわいいのに」 「ひっ……、ぅ、だって、おかしく、な……、ぁ、やだ、それ、腰、まわすの、たまんな……ぁ」 「……かわいい。すごくかわいい。ちょっとゆっくりするのが、いいんですよね? 奥も、好き?」  ずるりと奥を突きあげ、少しだけ抜き差しをすると、千春がシーツを掴んで息を吐く。 「あ、ぁ……おく、はいってんの、……すき、ぬくときが、うあって、なる……、ぁ」 「正直でうれしいですねー……。確かに抜く時にきゅってします。奥と、ココ、どっちがすき?」 「っあ、は……っ、ソコ、ばっか……すると、だめ、」 「やっぱりココが一番いいのかなァ……もうほんと、春さんをこんなどろどろになるまであれしてそーした元彼的な人に今更ながらに殺意ですよ……そんなの、どうしようもないんですけどねー……ボクだって、清廉潔白な身じゃないですし、」 「……っ、ん、はいえん、だって、……こんな、えろい言葉攻め、どこで覚えて……、セックスだって、うまい、し」 「え。うまいです? 本当? わぁうれしい!」 「……急に、そうやって素に戻って笑うのだめ……ばか、冷静になっちゃって、より一層恥ずかしいじゃんばか……」  そんな事を言われてしまうが、単純に嬉しいのだから仕方がない。  ネチネチ煩いとか言われた事はある。ネコもタチも経験がないわけではないが、ここまで乱れたセックスをしたのは千春が初めてだ。千春が海燕の言葉と行為に好感を持っているならばそれでいいし、余計な事は言わないでおこうと思った。  単純に相性がいいだけかもしれないし、ただお互いの好意が作用しているだけかもしれない。  好きだという感情は魔法のように体温をあげる。冷え切った体を抱きしめるより、温かい身体の方がきっと興奮も増す。  熱くうだるような熱をもった身体を押さえて、ひときわゆっくり腰を回すと、ベッドの上の千春の身体が波打つ。  かわいい、と同時にえろい、と思う。ああほんとうに、この人が自分のものでよかった。こんなに甘い人を一人占め出来ている自分は、とても幸せな人間だ。 「……なんだか、今回の沖縄旅の、ごたごたで……、ちょっとね、またうっかり世界人類みんな敵スイッチ、入っちゃいそうだったんですけどねぇ……やっぱり、春さんはすごい。そこに居るだけで、人生って素晴らしいなァなんて、思っちゃう」 「てゃ、ぁ、ちょ……口説くか、ヤルか、その、どっちかにし……腰、止め……っ、ん、ぁ、や、おく、入って、揺さぶるの、だめだって……!」 「うーん、あんまり依存したくないんですけど、……なんか、好きすぎてちょっと怖いし、自分でも重いなァあははって、思うには思うんですけどねぇ……でも、好きなんでどうしようもない。やっぱり、春さんがかわいいし、好きだし、ボクの事好きって言ってくれてすごくうれしい。……あ、好きですよね? なんかそういえばあんまり言われないんでちょっとたまに不安なんですけど」 「好き、じゃなかったら、こんなこと許さな……っ、ぁ、ばか、興奮すんな……っ」 「春さんのせいだもん」  好きな人に好きと言われて嬉しくない人間なんて居ないと思う。嬉しくて感動するのに身体は快感を追っていて、もうどこに感情を置いていいのかわからない。  それは甘い声を洩らす千春も同じらしい。  上り詰める身体の感覚を追うように指を噛み、目を閉じて声を洩らす様が官能的でたまらない。しつこく同じところばかりを攻めていると、ついに我慢できなくなったらしく、上ずった声でもっととねだってくれる。  千春の求める声が好きだ。  甘い声で、もっと擦って、もっと触ってと言われるとどうしようもなくなるくらいうれしいし、おかしなくらいに興奮する。 「……っふ、春さ……キモチイイ? イケそう?」 「あ、中、やだ……ちゃんと、触って、イきた……っ」 「うん。そうだね、明日も仕事だし、動けなくなったら、シャチョーに、怒られちゃうし……あ、口でする?」 「もう、いいから、はやく触って……おれ、海燕の手で、イキた……ぁ、ね、おれの、触って、」 「…………ずっるい。いまちょっとボクがいきそうになっちゃった」  腰を動かしながら濡れた千春のものを握り込み、ぐちゅぐちゅと上下に扱く。一か所だけ責めて焦らしている余裕などとうに無くて、熱いそれをひたすらに擦った。  気持ち良さそうに快楽に溺れる千春の声が響く。雨足は次第に強くなっているようで、千春の声もかき消えそうだ。  叩きつけるような激しい雨の事を、篠突く雨というらしい。留子にきいたのか、それとも轟にきいたのかは、忘れたけれど。  篠突く雨の音の中、煽りたてられた千春は海燕の腹筋に精を放った。上下する胸が扇情的でくらくらする。キスしようとして入れたままかがんだら、ぐったりした千春に額をぺしりと叩かれた。 「……いたい」 「うるさい。……馬鹿。無理させんなそんなに体力ないっていつも言ってるのに。ていうか抜……あ、……まだイってない……?」 「うふふちょっと疲れてるみたいで今日のボクいつもより男子ですねぇ最近ちょっと自信無くなるくらい早めだったのでちょっとうれしい。お酒飲んでちょっと疲れたくらいがいいのかな?」 「え。酒飲んでんの……?」 「いやー吾妻さんとこで無理矢理注がれまして一杯だけ……正直疲労感へダイレクトにぶち込んだアルコールで、死ぬほど眠かったんですが、春さんがかわいすぎてなんかもうぶっとびました。ということでー動いていい?」 「え。え? いや、ちょ、おれまだ休……っ、あ、ちょ!?」 「あー……春さんの精液でぐっちゃぐちゃー。えっろいー」 「うれしそうに、変態発言、すんなばか……っ」  千春の緩やかな抵抗を無視して、海燕は腰を埋める。その際に上がる甘い声は雨に消えて、熱い体温だけが残った。  翌日、少し早く起きた海燕はシャワーを浴び、シーツを交換し、そして新しく敷きなおしたベッドの上に腰を下ろした千春の向かいで、フローリングの上で正座をしていた。 「……反省は?」  見下ろす千春の視線が冷たい。わぁ怒ってるーなどと茶化すことなど勿論出来ず、海燕は肩をすくめた。 「して、おります……。大変アレな事をええと、ソレしてしまいまして、あの、すいません調子にのっておりました……」 「具体的に何処が悪いと思ってるの」 「……翌日仕事があるにも関わらず無体なプレイを強要しあまつさえ二回目の行為を勝手に始めその上あまり得意ではないと存じております騎乗位を強要し最終的にはおねだりプレイに発展させたところが反省すべき昨晩の愚行かと、その、考えているわけで、ありまして……」  一週間ぶりの千春は麻薬だった。  かわいくてかわいくてまったく自制できなかった。普段なら働く理性がまったく効かず、最終的に本能だけが突っ走った。結果がこの正座だ。  はぁ、とため息が聞こえてびくりと肩を揺らしてしまう。  そろそろと顔をあげると、呆れたような千春と目があった。 「…………普通だったらもうちょっときっちり怒るけどさ。まあ、一週間海燕も大変だったみたいだし、無事に帰って来たし、よくよく考えたらおれだって誘ったわけだし。……まあ、今度からその儚い理性もうちょっと鍛えてクダサイってことで、もう立って良いよ」 「え。いいんです? ボクこれ以上御咎めなしです? 本当に? てっきりもう、一カ月間春さんに触るの禁止とかそういうトンデモ罰が待ち構えているものだと……」 「なにそれおれもヤダよ……罰制にするならセックスの時は海燕手使うの禁止とかにする」 「え……怖い……思ったより怖くて今ビビってますこわいやめましょう? そういう恐ろしいプレイは玄人向きだと思うわけです」 「乳首攻めも亀頭攻めも玄人向きです。おれは普通にセックスで満足です。……べつに、海燕がそういうの好きだっていうなら、嫌じゃないけどさ。やるときは次の日休みの日にしてください」 「いやぁ、もう全部仰る通りでぐうの音もでません」 「反省してますか」 「してます。とてもしてます」 「……じゃあ、こっちきて。まだちょっと早いから、出勤前に話聞きたい」  痺れた足をかばいながらベッドに倒れ込むと、横に千春が寝転がる。海燕と同じくシャワーを浴びた千春からはボディーソープとシャンプーの良い匂いがして、反射的に抱きしめてしまった。 「……義母さん? ってわけでもないのかな。なんて言うんだろう。亡くなった人、覚えてた?」  腕の中で千春は少し眠そうな声で尋ねてきた。遺産や遺言のアレソレばかりで疲れ果てていた海燕は、そういえば自分は葬式に出たのだと言う事を思い出した。  すっかりそれどころではなくなってしまったけれど。  何も知らない義母は、結果がどうあれ海燕にも分けてくれようとしていた。親戚関係がどうなっていたのかは知らないが、特にマイナスの財産ではなかった筈だ。これから書類を取り寄せて財産破棄の手続きをすることになる。彼女が譲ろうとした財産は、きっと、遺言どおり行きわたることはないだろう。  そう思うと少しだけ可哀想な気もした。  病気で亡くなったという年上の女性は、思っていたよりも若く見え、想像していたよりも奇麗な死に顔だったことは覚えていた。 「うーん……そういえば、会ったことあるかなぁどうかなぁくらいの印象しかなくて。昔はねー、なんだかいろんな人が家に出入りしてたんですよ。それについて一々質問もしなければ説明もされなかったので。たぶん、愛人とか、お店のおねーちゃんとか、あとはボク達の母親とか。そういうのが入れ換わり立ち代わり来るものだから、わからないんですよね。兄の記憶だってあやふやですし。殴られる子供が他にも居たなァくらいなもんで」 「そっかー……まあ、そうかもなぁ。おれも、子供の頃の記憶ってそんなに鮮明じゃないし。親戚のおじさんとかも、ちゃんとこういう縁の人でって理解するまでって、『たまに見る髭の人』みたいなイメージだった」 「そうそう。そういうのがわんさかいるし、ほとんどその場限りなの。だからね、死に顔にごめんなさいしか言えませんでしたねー。覚えて無くてごめんなさいと、あと、お兄さんの事死ぬほど恨んでてごめんなさい。ついでに、クソ親父でごめんなさいですかね。あとはもう、ずーっと猛はどこだ勝はどこだって話だったんで、なんだかお葬式に出たって感じじゃなかったですねぇ」 「で、結局どうなったの」  どうといわれると、さてどうなったと説明するのが一番いいのだろう。少しだけ考えてから、海燕は思い出すように天井を見た。 「うーん、もうどうしようもないんで本当に諦めてもらって帰ってきましたよう。最終的に駄目だこれボクじゃ拉致があかなーいと思って最終兵器・城内さんを投入しました」 「え。……まじで」 「まじで。いやー長旅の間に少々親しくなりまして。もう洗いざらい如何に猛氏がヤクザで屑でアレでソレかっていうのを第三者に説明してもらってどん引いてもらいましょうと。……故人の家で、ちょっとどうかなとも思ったんですが。まあ、しゃーないですよねぇ。だってボクはなっから信用されてませんでしたし。うそつけー猛はどこだーみたいに変な方向にテンション上がって理性なくなってるおじいさんおばあさん御親戚連中様的にはむしろ冷静になれて良かったんじゃないですかねって思っています」 「うわぁ……いや、まあ、仕方ないか……そうだなー、世界人類全部に優しく気を使ってたら、自分なんか、どんどんすり減って行くよなぁ……」  よく耐えたねと言われ、海燕は笑う。  轟と生活し、精神が弱くなったと思っていたけれど、今回は轟や千春の存在が海燕を支えていた。人生どうでもいいと思っていたら、もう少し面倒な選択肢を選んでいたかもしれない。  こんなところで精神力削っていないで早く帰って仕事がしたいと思えたからこそ、海燕は全力で逃げる事が出来た。  相変わらず猛は何処に居るのかわからない。これから遺産がどうなるのかもわからないし、勝に至っては数年前から消息らしいものは途絶えていた。  綱渡りのように危うい人生だ。どこから何が降ってくるかわからない。それでも海燕はこのまま轟と共に働き、千春と一緒に夕飯を食べる毎日を守りたいと思うから、どうにか、目をつぶりたい問題に備える心ができる。 「まー、何かしらあればまた連絡が来るでしょう。連絡が来たところでもう絶対に一人では行きませんけどね。いやー寂しくて凍え死ぬかと思いました。雨ばっかりだし、憂鬱だし、今度何かしら遠出する時は絶対に春さん連れて行こうと決心しましたねーまったくもうほんとよろしくない。寂しいのよろしくないです」 「……それに関してはおれも似たようなものだったけど。雨、ずっと降ってたね」 「本当に。雨が嫌いになりそうでしたよ。別に今までも好きってわけでもなかったんですけどねぇ。……ああ、でも、こういう時間にぽつぽつ降る雨の音は好きかもしれません」  恋人と一緒にベッドの上でだらりと聞く雨音は少し甘く心地よい。そんな事をさらりと言って笑うと、腕の中の千春が照れたように抱きついてくるのが可愛らしかった。 「気障で直球ってよくない……どっちかにしてほしい」 「うっふふーいまの好きでした? でも本心ですものー。なんかこう、春さんとだらっとしてる時ってすごく素なんですよね、ボク。そういう時って無音よりも、だらだらと降る雨の音が最高に風流で素敵です。雨の音を聞くなら、恋人と一緒じゃないと駄目ですねってことが分かった一週間です」 「雨の日だけ?」 「……晴れてる日は一緒に買い物に行きたくなります。曇りの日はそうですねぇ、暗くて陰気なのでいっそ映画館に引きこもりましょう。ボク、そういえば新しいフィンチャーの映画見たい」 「あー。おれも見たい。明日レイトショー行く?」 「今日は?」 「……眠いの、誰のせいだと思ってんの」  じろりと見上げられ、そうだった怒られたばかりだったということを思い出し、誤魔化すように笑って額にキスをした。  勿論そんなことくらいでは誤魔化されてくれなかったけれど。 「今度理性ぶち壊れて暴走したら海燕用の手錠買ってきます」 「わぁこわい。結構本気で怖いですね、だって声がマジなんですもの春さんったら」 「マジだよ。別に、セックス嫌いならもっと抵抗するし話しあうけど、モノには限度があるって話です」 「了解しているつもりでした。……本当に気をつけます。気をつけますし手錠は別に構わないんですが、そのー……嫌いにならないでね?」 「なるかばか。……何回海燕の夢見たと思ってんの」  そんな、可愛い事を言うものだから。一気に上がった熱を感じながら、かわいいなぁすきだなぁと思いながら、もう一度ぎゅっと抱きしめた。  もう少ししたら出勤して、轟に一部始終を報告して、午後になったら吾妻組に改めてお礼に向かう。それが済めば、今度こそ日常だ。  ちなみに土産は全員もれなくサーターアンダギーだ。リリカに所望されたちんすこうは買い忘れたが、まあ、甘いもの繋がりで許してもらおう。マキにも、汐音にも、麻奈にもサーターアンダギーだ。子供二人は喜んでくれるだろう。  やっと訪れた日常に安堵しつつ、海燕は恋人を抱きしめながら少し弱くなった雨の音を聞いていた。 END

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