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名の呪のはなし 01

「ねえ、呪いのビデオって見たことある?」  唐突に、あんま柔らかくもないソファーに腰を下ろした瞬間にそんなことを言われたもんだから、俺はドリンクを持ったまま結構な時間固まってしまった。  深夜。職場近くの歓楽街。  一部営業が終わったこの時間のファミレスは、仕事合間や仕事帰りのそういう人たちでわりと賑わう。  いつものように厚く塗ったくった化粧をガシガシと落とし、ひらひらするスカートを脱ぎ捨ててお疲れさまデースと店を後にした俺も、例によって深夜のファミレスに居た。  仕事仲間は結構ガチなオカマちゃんばっかりで、深夜に飯つきあったりっていうのはあんまりしない。別に一緒に居るのが恥ずかしいとかじゃない。  深夜二時前にファミレスでご飯なんて暴飲暴食、お肌と胃が荒れてブスまっしぐらよ! とのことだ。唯一よく飯を食ってくれるゆるふわおっぱい(ただし偽物)がトレードマークのフユちゃんは、ここんとこ彼氏さんにぞっこんで俺に付きあってくれない。まー、幸せなのはいいことだ。  そんなわけで本日も俺は一人でさくっと帰るつもりだったんだけど、顔見知りのキャバ嬢ちゃんからお声がかかった。  リユちゃんは比較的近場で働いているキャバ嬢で、好意的に見れば美人、悪意に満ちた感想を挙げるならば整形すごいっすねといった感じの子だ。たぶん年下だったと思う。  たまーにお客さんで来てバーッと金使って飲んで帰っていく上客でもあった。  オカマパブって結構観光目的っていうか、最近はアングラでもない。うちの店はわりときれいどころが多いから、女性の客もちらほらといた。  職業オカマも長いけれど、俺は精神的にも肉体的にも男だし女の子が好きだ。  いつも下心で満ちているわけじゃないけど。やっぱ、かわいい女の子から深夜に呼び出されたら、なんかこう、え、好きなのどうなの? みたいなドキドキ感もあるっちゃある。  いい加減彼女ほしいなーと思っていた矢先だし、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ期待して待ち合わせに行ったのに、第一声が不穏すぎて、反応が遅れてしまったわけだった。  ていうか何そのタイムリーな話。  俺この前怪しい呪い屋さんと出会ったばっかりなのだけれど。 「……呪いのビデオって、えーと、あれか、見ると呪われるっていう感じのガチなやつ? それとも投稿ドキュメンタリービデオみたいなやつ? おわかりいただけただろうか、のやつ?」 「投稿ビデオ的なやつ。本当にあった! とか書いてあるやつ」 「あー。……見たことあったかなー。ああいうのって、とりあえず仲間内で集まったときに一回は見ちゃうんだよなぁ」 「最近はほら、ネットとかでも配信あるし。動画サイトでも、似たような感じの素人ビデオ、あるよね」 「らしいね。見たことないけど。え、何、リユちゃんそういうの好きなの?」 「……好きってわけじゃないけど。彼氏が好きで、よく見せられてる」 「へー。物好き男子」  つか彼氏いるのかよ、と思った内心は絶対に顔に出さないように気をつけたよだって俺がダサいからな……!  いやいや。いいんだよ。かわいいしねリユちゃん。俺たぶん彼女の中ではオカマカテゴリだしね。男カウントしてなければ深夜のファミレスで二人でカルピス飲んでても問題はないだろう。  話を戻すと、俺は別にオカルトとかに詳しいわけでもないから、そういう投稿映像系の番組を見ることは希だ。怖い話とかそういう番組がやってる時間は大概働いてるし、何よりあの足が揺れる部屋でそんな物騒なもん見たいと思わない。  リアル「本当にあった呪いの部屋」の下に住んでいる俺としては、わざわざ金払ってまで恐怖DVD見ようだなんて思わなかった。  高校の時にダチと見たかなぁ。  ああいうのって、結構つっこみどころある映像ばっかりで、ばか笑いしながら見てたような記憶がある。 「映像はわりと怖いんだけど、体験者のインタビューとかが、ほんと演技でさー……そういうB級な感じ、結構好きでね、楽しく見てたの」 「うん。わかるわかる。なんか、ああいうのって予算かね? もっとなんとかなっただろうって思う時あったわ」 「ね。でもね、……あるラブホの一室のね、映像見て、なんか、笑っていられなくなって」 「ビデオに映ってた部屋に、実際に行ったことあるの?」 「…………最近体調悪くて。あんまりお仕事にも行けてないんだけど。それが、その部屋に行ってからっていうか……たぶん、同じ部屋だった。一ヶ月前くらい。あたし、なんか、怖くなって……ビデオ見たの、ついこの前なんだけど。もしかして、これって霊障? ってやつなのかなぁって思って……」 「おう……え、うん、で、なんで俺に……?」 「この前お店行ったら、常葉さんが『椿ちゃんって霊感ある彼氏いるらしいよ』って言ってたから……」 「……あんにゃろ……」  いろいろ語弊と誤解がありすぎてどっからつっこんでいいかわからない。  そもそも彼氏じゃない。つきあってない。セックスはしたし今後もセックス予定詰まっているけれど断じて恋人ではない。  あとあの人に霊感があるのかどうかも正直わからない。普通の人よりは敏感かなって感じだけど、見えているものに対しての発言はなかなかにあやふやだった。  別に言いふらしたわけじゃないのに、うちの店で俺が霊感彼氏持ち確定したのは、くろゆりさんがまあ来ちゃったからなんだけど。その話は今は置いておいて、常葉ねえさんはマジでガチで口止めしとこうと誓った。 「だって、どうしていいかわかんないじゃん、こんなの……お祓い? とかも何処行ったらいいかわかんないし、霊能力者なんて、どれが本当かなんてわかんないし……お店にもね、霊感あるみたいなこと言う子居るけど、そういうのってさ、目立ちたいだけじゃん? 相談したって、塩もっとけばいいよとか、そういう事くらいしか言わないでしょ」 「あー……ね。わかるけど。いやでも、あー、彼氏じゃないし付き合ってないし別に他人だけど確かにそういう業者さんは知ってるっちゃ知ってるけど、」 「椿ちゃんお願い……あたし、どうしていいか、わかんない……」  リユちゃんは真っ青な顔で、今にも泣きだしそうで、若干隣のテーブルのおねーちゃんの視線が痛いくらいだった。  違います修羅場じゃないですただの心霊相談ですと言い訳するわけにもいかない。  本当に泣いちゃいそうだったし、俺もよくわかんないけどこれ霊能者さんの名刺だから自分でかけてみなよ、なんてさらっと渡して帰る流れにはできなくて、なんで俺ってこういう厄介事ばっかり降りかかってくるのかねって溜息を飲みこんだ。 「……わかった、わかった。あのー、連絡してみるから。ちゃんとしたところだし、俺もそのなんつーか除霊? お札? みたいなの見た事あるけど、わりとしっかりした人だし。大丈夫だと思うから。ね。ほら飲みもんのんで落ち着いて」  そのくらい、と思うことでも、本人にはとんでもないストレスってこともあるとは思う。体調が悪くて、その原因が霊障かも……なんて、そらストレスだろう。  例えそれが勘違いでも、誰かに相談するってことは大切かもしれない。  ていうかこれってただの紹介あつかいだよな? 俺のくろゆり式借金増えねえよな?  ということだけが心配だった。

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