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かみよりのいえ 01
「呪いの家、なんて言ってしまうとひどくチープですけれど、実際に拝見すると、なかなかに迫力があるものですねぇ」
まったりと、ふんわりと、流行のパンケーキはやっぱり柔らかくて美味しいですね、なんて言うのと同じようなテンションでイケメンは感想らしきものを漏らした。
ここのところほぼ毎日見ているというのに、イケメンの煌めきは一向に色あせない。何度会ってもキラキラと花が舞いそうな美男っぷりには、目を細めて一歩後ずさってしまいそうになる。
しかし道行く女性ないし男性どもがこのイケメンを凝視するのは、ただただ顔が麗しい、というだけではないだろう。
「まあ、呪われている、なんて言われなくても随分と迫力がある面もちですがね」
本日もばっちりとイケメン変人仕様なくろゆりさんは、黒い皮手袋をはめた手で、薄い色のサングラスをくいっとあげた。
細身のスラックスは黒。すこし生地が厚めに見えるシャツも黒。さっきまで羽織っていたジャケットも黒ければ、靴まできれいに真っ黒だ。
くろゆり、なんていうふざけた呼び名のこのイケメンは、全身黒ずくめにサングラスという、どう見てもアレな格好で、とある住宅街の真ん中に立っていた。
駅前集合だったけれど、ふつうにその格好で改札から出てきたので、このイケメンの心の強さを実感した。俺にはできない。絶対できない。
仕事柄とんでもない洋服を着ることもあるけれど、その格好のまま町中をうろつく勇気なんてない。心臓に毛どころか釘でも生えてんじゃないかと思う。
ただ、改札で合流したときは突き刺さる他人の視線が痛くて仕方なかった俺も、目的地に着いたら羞恥心など忘れてしまった。
思わず、わあ、と、変な声を出してしまう。
「……なにこれ、こええ」
全身真っ黒のイケメンの後ろには、平日のうららかな午後だというのにどんよりとした気配を漂わせる、荒れ果てた一軒家が鎮座していた。
ボロボロの屋根。汚れて錆びたトタンの壁。錆が流れた痕がひどく気持ち悪い。窓ガラスなんてもう無いに等しくて、めちゃめちゃに打ちつけられたベニヤ板の間から、薄暗い室内が覗いていた。
「呪われてるっていうかなんていうか、ザ・廃墟って感じっつうか……マガマガシイ。とんでもなくマガマガシイ」
「廃墟系のマニアの方々は喜ぶんじゃないですか? 僕は詳しくは知りませんが」
「いやどうだろ……廃墟マニアって、打ち捨てられたコンクリ建築物が好きそうなイメージ……。廃墟マニアっていうかオカルトマニアが楽しく肝試しとかしてそうな雰囲気じゃないかなコレ。いや知らんけど。イメージだけで言ってるけど」
「春日くんの感覚は非常に的確でいいですね。実際に瀬尾さんはこちらで肝試しのような探索をなさっていますし」
「こんな住宅街の真ん中の廃屋で肝試しとかDQNにも程があるわ……」
昨日、真っ青な顔でくろゆりさんの事務所のソファーに座っていた件の瀬尾青年は、とてもそんなアホな事をしそうな人間には見えなかった。
俺は大学行ってないから知らないけれど、こう、イメージ上の迷惑な遊びばっかりするようなチャラい大学生とはかけ離れていたように思う。
くろゆりさんの事務所はかなりきれいでお洒落だし、事務所にいるときのくろゆりさんはグラサンしてないから、もしかしたら普通のスマートな大人(ただし黒づくめ)にみえるのかもしれない。
興味もないのにずるずるといらん所まで知ってしまった俺的には、事務所の応接ソファーに座るくろゆりさんは、比較的まともな大人っぽく見えて微妙な気分になった。口を開くと大概、あーやっぱこの人はただのアレな人だって思うんだけど。
ただこの数カ月で、一応仕事はきちんとする人だということは分かっていた。時折何故か召喚されてバイトのように手伝う身分としては、犯罪や詐欺の片棒は担ぎたくない。
そういう意味での心配はしていないけども、ぶっちゃけいつだってくろゆりさんに同行する時は足が重かった。
これから幽霊退治に行きますので手伝ってください、と言われて嬉々として同行するのは、ごく一部のそういうものが好きな人達だけだろう。
今日だってあれやこれやと断りの文句を並べたててみたけれど、片っぱしから論破され最終的には金に釣られた。
がめついと言うなかれ。呪いレベルの貧困家庭に生きていれば、汗水たらして小銭を稼ぐよりも心霊体験お手伝いで大金が手に入るなら、と思ってしまうのは仕方がないことだ。
無理矢理約束を取り付けられて引っ張られてきたのは、典型的なファミリータイプの一軒家が乱立する街だった。閑静な住宅街という言葉はこういう風景に使うものなんだろう。
朝はきっと、登校する子供で煩いんだろうなぁ。そんで夕方には犬の散歩のご婦人と老人で溢れかえるんだろうなぁ。そんな想像がたやすい街の中に、ぽつん、と建つ廃屋はやっぱりちょっと、異常に見える。
事前に事情を聞かされている事もあり、どう見ても呪いの廃屋にしか見えない。空気も淀んでいる、と言われたらそんな気がしないでもない。人間ってやつは、非常にイメージに左右されやすい。
「しっかし呪いの家ってもっとこう、森の中とか、田舎の隅とか……そういうとこにあるもんじゃないの?」
きっと日が暮れたらアホみたいにコワイんだろうなぁなんて思いつつ廃屋を見上げていると、イケメンくろゆり氏はふわりと目を細めて笑った。
なんでもいいけどマジでイケメンすぎるから隣に立つのが恥ずかしい。その上勘違い霊媒師みたいな格好が追い打ちかけて恥ずかしい。
「イメージから成り立つ呪いというものもありますが。関西の某所では、商店街の真ん中に焼けおちた廃屋が何年も取り壊されずに残っていたりするそうですよ。壁さえない廃墟の中に、おびただしい量の靴が吊り下げられている奇妙な光景を、心霊ドキュメンタリーDVDで拝見しました」
「……相変わらずくろゆりさんの知識がこう、なんつーかこう、一般のオカルト好きレベルで不安感が増す……」
「何も知らないよりは良いでしょう。どんな些細なことも馬鹿にせずに情報としてとらえるのは良い事では?」
「なんだろなー……言ってる事はまともで真面目に聞こえるけど、くろゆりさんが言うと全部詭弁っぽく感じるんだよなーなんでかなー胡散臭いからかなー」
「あはは。春日くんは本当に素直でいいですね。まあ、僕の言葉なんて八割はうわべですから、そのくらいの気持ちでお付き合いしてくださる春日くんがとても気に入っています」
「全然嬉しくない」
「でも、僕が居ないと困るでしょう?」
「…………末永くよろしくお願いしたいからさっさと終わらせよ……」
なんか満足そうに奇麗に笑う顔がムカついて視線を逸らしたら、より一層ドヤ顔された気配がした。くそ。なんだこの雰囲気。違う。別にくろゆりさんは俺の事好きとかそんなんじゃないしただ身体の相性が良いだけのお手軽にセックスできる相手ってだけだし、俺だって恋愛するなら女の子がいい。
でも正直あれだけほいほいセックスしてると、情みたいなものも沸いてくるのは事実でだめだこの話やめよう。よくない方向に雰囲気がもってかれそうだ。
気持ちを切り替える為に、改めて目の前の廃屋を見る。
どんよりとした雰囲気は相変わらずで、ひいき目に見てもコワイという感想しか浮かばない。
「……ところで、夜に来なくて良かったの?」
なんとなく、こういうところは夜中に来るもんだと思っていたから、くろゆりさんに問いかけると、イケメンはサングラスを取りながらふわりと笑った。
「暗いと家の中が良く見えないでしょう。肝試しなら夜の方がおあつらえ向きでしょうが、僕はこちらに調査に来ているので」
仰る通りすぎて反論できない。まあ、俺的にもわざわざ暗い中ビビりながら同行したくないし。
だがしかしさっきから若干御近所さんや道行く人の視線が痛い。犬の散歩っぽいオッサンとか主婦とかにじろじろ見られるし、お隣の家やら向かいの家やらから、ちらっちらと見られている。
「なんか視線が痛いから早くやっちゃおうっていうか、あー……これってもしかして不法侵入?」
「そうですね。その件だけは立派な犯罪なので静かにさくっと終わらせましょう。許可を取りたかったのですが、どうもこちらの家の所有者がわからなかったもので。まあ、器物破損等しなければ平気ですよ」
「じゃあ俺外で待ってますねってわけにいかないよなぁ……」
「そうですね。人目につくと通報されてしまいますからね。僕が捕まってしまう」
「………………じゃ、手繋いで」
しぶしぶ、仕方なく、非常に不本意だけれどだって怖いし嫌だしくろゆりさんこんなちゃらんぽらんな人だけど一応きちんと仕事はする人だしつまりそれは頼りにはなるってことだし。
すげー嫌だったけど、恐怖の廃屋に無防備な状態で入るよりは、くろゆりさんと手繋いでた方がマシ、と判断した。
俺のまるで女子のような気持ち悪いおねだりを聞いたくろゆりさんは、一回だけ目をぱちくりした後に眉を下げて、左の手袋を外してくれた。
「春日くんはいいですね。なんだかこう……バランスが絶妙です。一刻も早く仕事を終わらせて帰ってソファーに押し倒したい気持ちになりました」
「幽霊屋敷前で欲情すんのやめろよ変態。ていうかせめてベッドにして」
鼻歌でも歌いだしそうなくろゆりさんの手をぎゅっと握りしめる。そうしてようやく、俺たちは、『かみよりのいえ』に足を踏み入れた。
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