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かみよりのいえ 04

「まず前提として、『かみよりのいえ』はあの廃屋ではなく、お隣の空家の方です」  その説明が始まったのは、廃屋に探索に行った日から三日後のことだった。  いつものように召集された俺は、くろゆりさんの自宅の寝室でその説明を聞くこととなった。  あの日、廃屋を出る時に侵入口の窓にお札を貼って、酒をまいた。そして酒を口に含まされた俺は、一言も喋らず酒も飲むなと言われ、口に酒含んだまま電車に乗ってくろゆりさんの事務所とも俺の家とも別方向の全く知らない駅で降り、駅横の花壇の裏に酒を吐きだした。  一言も喋らず真っ青な顔で電車に揺られる黒づくめのイケメンと俺という絵面は、なんとも奇妙なものだっただろう。びしばしとささる視線が痛かったが、さっきの廃屋での耳鳴りに比べたらそんなもの屁でもない。  今日は黒のティーシャツというラフな格好のくろゆりさんは、ベッドに座る俺の対面のソファーで書類を広げていた。 「……えーと。呪いの家はあの廃墟じゃなくて、左の家の方って事でFA……つか、じゃああの髪の毛とか血文字のエンドウユリコはなんだよ」 「あれは悪戯ですね。髪の毛も後日よくよく観察してみたところウィッグでした。恐らく、それらしく演出しただけでしょう。絵具ではなく本物の経血をつかっていたあたりに悪意というか、行きすぎたものを感じますが」 「悪戯……? 俺たち、瀬尾くんにからかわれただけってこと?」 「いえ、瀬尾さんも被害者でしょう。悪戯の首謀者は恐らく柏木さんと川越さんで、ターゲットが瀬尾さんだったのではないかと。肝試しの流れで恐怖を演出し、途中で川越さんが倒れるまでがシナリオです。そして逃げ出した瀬尾さんを、後々笑い物にする筈だった」 「……でも、本当に川越が発狂した?」 「はい。あの家は呪いの家ではなかったけれど、その隣の家が、すこし厄介なものが居る家だったので。中途半端な呪いの儀式の演出もよくなかったのでしょうね。まあ、どこからどこまでが要因なのかは僕にもはっきりわかりませんが。ただあそこに足を踏み入れただけで魅入られるものかもしれない」 「こっわ……それ、俺たちホント大丈夫なの?」 「平気でしょう。きちんと断ち切ってきましたし、あの方法で切れない縁なら他の方法を試すまでです」  大学生の本気だした悪戯だったんだろう。  飲み会で怖い話をする。みんなで行こう、というノリになる。肝試しに行った場所には奇妙な呪いの儀式みたいなものがあって、そして一人が発狂する。女の子も居る場で、情けない様子で逃げだす瀬尾くんを笑う筈のその計画は、隣の家の存在で途中から本当になってしまったのだろう。 「廊下の髪の毛は作りものです。ただ、奥の部屋……玄関の隣の、かみよりのいえと隣接している部屋ですね。あそこの札は本物です。元からあったものでしょう。アレはきっと、あの部屋ごと封印したのでしょうね。隣のモノから、家を切り離す為に。玄関も、隣から隔離するために塞いだ。それでもきっと、どうにもならなかったから、未だに取り壊されないのでしょう」 「……奥の部屋で川越は本当に発狂した?」 「おそらく。……『かみよりのいえ』という言葉から、柏木さんは髪の毛を連想したようですが、実際は、紙依り、と書くようです。または神因りだという方もいらっしゃいましたが。この辺は少しあやふやですね。昔を知る方が、とにかく見つからない。昨日は老人ばかりの町内会を何個か梯子しました」 「ええと。……紙に憑依するもの、と、神さまを原因とするもの、ってこと?」 「相変わらず春日くんは聡くて良いですね。漢字だけで素直に考えるならば、そういうことになるでしょう。どちらにしてもあの家は、僕ごときが手出しできるものではない。家は新しいですが、あの土地は古くからカミヨリとして存在していたようです。忌地に近いものでしょうね。そこに家を建てたお陰で、障りが出た。あの家の方向に『入口』である玄関があった隣の家は、直に煽りを受けたのでしょう。積極的に招いているようなものですからね」 「あー……なるほど……」  なんとなく言いたいことは分かったけど、つまるところ『悪戯が元凶でよくないものに目をつけられたけどその良くないものは結局何なのかわからないし溶かせないから縁を切るしかない』ってことなんだろうか。 「これ、そのまま瀬尾君に言うの?」 「うーんどうしましょう。結局障り自体は本物のようですが、どこからどこまでがカミヨリ起源かわからないんですよね。まあ、瀬尾さんの不眠症は気のせいだとは思いますが。アレは這いずる類ではない。気に病み過ぎですね」  いたずら目的だということを包み隠さず話したとして、瀬尾君は柏木と川越の解呪を望むのだろうか。それはちょっとわからないし、まあ、先輩方は自業自得なのでどういう結末でも仕方ないのかな、とは思った。  なんだか後味が悪いし怖い思いしただけじゃね? とは思ったが、怪我もなかったしバイト代は貰えたしいいかなぁ、とは思ったんだけど。最後にくろゆりさんは、とんでもない事をつけ加える。 「ただ、どうしても腑に落ちないんですが」 「……何。それ怖い話?」 「怖いと言えば怖いですね。カミヨリ様というものがいる、というご老人も何人かいらしたんですが。誰に訊いても、カミヨリ様は男だと言うんですよ」 「え」  じゃあ、俺が見たあの女のような人影は一体何だったんだろう。 「本当に女性でしたか?」 「……多分。女だったと思う。男と女って、こう、骨格でなんか、わかるじゃん」 「うん、春日くんは普段からも目が良いので、間違えないとは思うんですよね。じゃあ、あれはカミヨリ起源ではないのかなぁ。なんだったんだろう。調べても調べてもわからなくて」 「……もうやめようこのはなし……怖くなる一方じゃん……」  わからないものが一番怖い。くろゆりさんの言葉を何度か反芻し、全くその通りだよ馬鹿死ねって心の中だけで詰った。  ていうかそもそも俺が一緒に行く理由なんてなかったんじゃないのか。  事務所の珈琲出しやらオカマパブでの情報集めくらいは手伝ってやるけど、俺が実際にそういう現場に行って役立つとは到底思えない。現に調査の途中で恐怖に負けて逃げ出す結果となった。絶対に邪魔なだけだ。それは最初から分かっていただろうに。 「つか、なんで俺一緒に連れて行かれたの?」  素直にその疑問を口にすると、くろゆりさんはさらりと笑った。 「どこかに行く時は、誰かと一緒の方が、諦めが悪くなるもので」  自衛のようなものですよと笑うくろゆりさんが少しだけ怖くなって、あとなんか、それってつまり一人だったら諦めてもういいやって気分になるってことか? と思ったら妙に、不安になって。  くろゆりさんにすり寄って、耳がと囁いた。 「……この前からちょっと怖い。カリカリが頭から離れない」 「おや珍しい。あまり恐怖を引きずるタイプではないでしょう春日くん」 「うん、でも、まあ、そういうこともあるじゃん? だからさ、あー……」 「うん?」 「……おまじないしてよ」  首を引き寄せて鼻の頭をくっつける。妙に恥ずかしくて、いやまあ、うん……だってこんなん、男にすることじゃないよなっていう理性はあって、でもそれには気がつかないふりをした。  びっくりしたみたいな気配の後に、とろりと、空気が甘くなる。  どうにもその感じがくすぐったくて、いやちげーし俺別に愛とか恋とかそういうんじゃないしこのイケメンにだって求められなきゃ足ひらかねーし、違う、うん、違うから早くキスして理性ふっ飛ばしてよって思った。 「…………春日くんは、いいです。本当に良い。あー……いいな、やっぱり欲しいな」 「モノみたいに言うなよ一応人間なんだから人権あるんだからな」 「うん。でも、欲しいんですよね。がんばって僕から逃げられないようにしますね。がんばろう。……ところで、縛ってもいいんでしたよね?」  にっこりと、笑われて。  あれ、それ今日の話なのって抵抗する前に腕を取られて重い金属の輪っかに拘束された。 「……手錠とかどこで売ってんのよくろゆりさん……」 「ネットってすばらしいですよね。素晴らしくてついつい楽しく買い物してしまいました」 「…………ただでさえアブノーマルなのに道具プラスとか勘弁してよ…………」 「普通のセックスでも構いませんけどね。でも、あれこれ見ていたら、全部試したくなって」 「女子にためせっての」 「どうして? 僕の頭の中で、道具で喘ぐのはいつだって春日くんでしたよ。思った以上に乱れてくれるので、春日くんは良いです」  なんかすごいこと言われているような気がしたけど、全部奇麗にきかなかったとこにして、手錠抜けないかがちゃがちゃしてたらバレて服を脱がされた。 「ヒィ……ッ、ちょ、待って待って! 待って! え、拘束ってこれ? 手錠したまま上に乗るの?」 「首輪も買ってしまったのでぜひつけてください」 「なんで!?」 「え。似あうな、と思って」 「似あうわけねーだろ頭沸いてんのか……!」 「いやぁ、春日くんは本当に言葉に遠慮がなくて良い」 「ちょっと、なにいってんのか、わか、待っ、ぁ、ばか、ちょっ」 「……コックリングはつけます? 僕的には、手が使えない状態で、もう少し刺激があれば射精できるのに、というぎりぎりな状態で腰を揺らす春日くんが拝見したいので、あえてそういう無駄なものは一切ない状態で一生懸命腰を揺らしてほしいんですが、ああでも、イけないとわかっていつつも快感に溺れるというのも悪くは……うーん。とりあえず諦めて、楽しくセックスしてください。恥ずかしがる様も良いですが、開き直って腰をすり寄せてくる春日くんが見たいので」 「へんたい……へんたいいけめん霊能者こわい……」 「呪い屋ですよ。イケメンとはよく言われますが、自覚はあまりないですね。変態なのはまあ、そうでしょう」  とろけるような完璧な笑顔で俺に首輪をつける変態イケメンにもう投げつける言葉もなく、俺は人生の選択肢どこで間違ったのかなぁなんて思いを馳せた。  最初に会った時に、追い返さなかったのがまず第一の間違い。  そんで、ずるずるとセックスしてるわりにこいつの事が嫌いとかそういうんじゃないしむしろ割と好きなんだよなっていうのが、第二の間違いだろうなと思った。 かみよりのいえ/終

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