14 / 83
うしくびまがい 01
日々、わりと翻弄な人生を送っている自覚はあるけれど。
「……呪われてんのかもしんない」
久しぶりに自分の不遇を嘆いた俺に、デスクでパソコンかちかちしていたくろゆりさんは、今日も爽やかにふわりと笑った。
「まあ、春日くんのお名前にいささか面倒な呪をかかっていることも、キミがやたらと厄を背負い込むことも事実ですが。……アパートの冷房が壊れたのはただの偶然でしょうに」
わぁ、もっともらしく正論を吐きやがって普段は誰よりも怪しい存在なくせにと地味に苛立ちが募った。
夜な夜なビジネスオカマとしておっさんやらおねーちゃんやら相手に酒を注いでいる俺も確かに怪しい部類の人間だが、自ら堂々と『呪い屋』と名乗る黒づくめのイケメンよりはマシだろうと思う。そんな怪しさの塊みたいな男に、正論で返されたくないわけだ。
「だってあれ去年新しくしたばっかなのに……やんわり買い換えた方が早いみたいな感じで言われたけどそんな金あるかっつーの……天井の足だけでも睡眠妨害だっつーのに熱帯夜プラスとか神様ほんと鬼畜……」
「おかげさまで、夜以外はこうやって春日くんが僕の事務所に入り浸ってくださっているので、個人的にはとても歓迎すべき事態ですけれどね」
「クーラー壊れたのはくろゆりさんの呪いかよ」
「まさか。僕が本格的に術式を使うならばもう少し笑い事では済まされない状態になりますよ。大概、呪いなんてものは対象の自我を潰してかかるものですしね。そんなに暑いなら夜もうちに来たらいかがです」
「……やだ。くろゆりさんち、アレ出んじゃん……」
なんと言ったら適切かなんてわからなくて、ソファーにだらりと寝そべりながら眉をしかめた。
俺が何を指して『アレ』と言ったのか、もちろんくろゆりさんも察しているはずで、足は平気なのにと笑う。
「なんでしょうねぇ。あんなホラー部屋に住んでいるのに、僕の師匠が苦手っていうのが、不思議ですよね。というか、師匠がいなければ僕の部屋でもかまわないんですか?」
「涼しくて眠れるとこならなんでもいい」
「……どうでしょう。涼しいという条件はクリアしているでしょうが。寝かせてあげられるかな」
エロさのかけらもない顔で相変わらずパソコンかたかたしながら言うもんだから、最初何言われてんのかわかんなくて、暫くしてから言葉の意味を理解してソファーに沈んだ。
違う。違う違う別に、つきあってないし恋人じゃないし恋とか愛とか関係ない。ただセックスしてるだけだ。
でもくろゆりさんの言葉は、大概俺をたらしこんできて、軽率に体温がおかしくなるからほんと嫌だった。
本気で何度も言うけれど、俺たちの間に恋愛感情はほとんどない。これは確実だ。でも、そろそろと情のようなものは沸いてきてるし、独占欲のようなよろしくない感情が絡みだしているような実感はあった。
これ、どっちかがうっかり恋とかに発展しちゃったら、きれいに道連れでころっと転がりそうでものすごい嫌だ。だって職業オカマで男が恋人ってすごくアレだし、そのお相手が全身黒づくめの怪しい呪い屋とか、どう考えても人生踏み外しているとしか思えない。
だから俺はいつも、言葉の端々の痒さにも体の熱さにも気がつかないふりをして、へーそうはいはい、って感じで言葉を流した。深く追求したくない話題は、さらりと流してしまうに限る。
くろゆりさんは後先考えずにさらりとたらしこむような意味深な言葉を零すからよろしくない。しかし劣悪な環境である自室に戻りたくなくてどうしてくれようほんとあーあーと思っていたところに、事務所のドアをノックする音が響いた。次いで、お届けですという明るい声がかかる。
お客様か、と一瞬あわてて背を正した、そのついでに面倒だから俺が出ようと立ち上がった。
ナイスタイミングだ運送屋のあんちゃん。
なんか妙な空気を無理矢理取っ払ってくれたあんちゃんは、暑そうに汗をかきつつも爽やかな笑顔で『こちら一点になります!』とでっかい箱を差し出してきた。
サインをしてノリでうっかり受け取ってから、その重さによろめき、あわてて腰を据えて持ち直す。ミカン箱くらいのでっかい段ボールについた荷札には、『雑貨』の文字が並んでいた。……それにしては、妙に重い。
「……ナニコレ。雑貨って何よ。株式会社ファニーって何、通販会社? まさかよからぬものじゃないよな? えろいもんじゃないよな?」
「特に何も頼んでいない筈ですが……春日くんは非常に快楽に順応なので、特別趣向をこらさずとも大変素晴らしい反応をしますし、新しい玩具を買うのはもう少し後でもいい、という判断を先週したところです」
「その情報ほんと要らなかったわ。じゃあなんだよこのでっかい荷物。雑貨なんていう怪しい表記もうエロいもん以外ないだろ」
「開けたらいかがですか。別に僕は、春日くんにアダルトグッズを見られても困りませんよ」
「俺が困るっつの……」
颯爽と運送屋のあんちゃんが消えた後、よろよろと荷物を抱えてソファーに下ろす。床に下ろしていいもんか迷ったし、机の上に置くのもどうかと思った。
デスクから動く気がないらしい事務所主の代わりに、ぺりぺりとガムテープを剥がしていく。わりとぎっちりしっかり梱包してあって、剥がし終わる頃には指がべた付く程だった。
「………………ん?」
ぱかり、と段ボールを開けて、そこに見えたものが良く分からなくて暫く言葉を探したけれど、やっぱりわからなくて首を傾げた。
ぱっと頭に浮かんだのは、鹿だった。ほら、あの、成金野郎の部屋にありそうな、壁にかかっている鹿のはく製だ。本当にそんなもんが金持ちの部屋にあるのかは知らないが、とにかくああいうものかと思った。
角が見えたからだ。
古い、象牙色の角だ。
「…………骨? 頭蓋骨? なにこれ、くろゆりさんちの新しいアンティーク?」
なんとなく触って取り出すのが嫌で、箱を指さしながら振り返ると、珍しく眉を寄せたくろゆりさんの顔があってびっくりした。
いつも大概笑っている男だ。例え心霊スポットの真ん中でポルターガイストにまみれていてもふわりとほほ笑んでいると思う。もうすぐ死ぬ病人の前でも、さらりと笑いながら『自業自得ですね』と言いそうだ。
そんなくろゆりさんが、珍しいしかめっ面を晒している。
え、何、やだ、怖いからやめろよその顔、と笑いかけようとした時に、くろゆりさんが何を見ているのかわかってしまった。
段ボールを開けた蓋の部分の裏に、びっしりと。――お札が貼ってある。それも、赤茶けた色に染まってがびがびに乾いたお札。
どうみても血だ。と思ったから一歩どころか壁まで後退してから、横歩きでくろゆりさんのデスクまで移動した。
「……え、なにあれ。え?」
ビビって声が裏返る俺を尻目に、くろゆりさんはすたすたとソファーに近づき例の箱の中を一瞥する。そのまま中身を持ちあげるもんだから、思わずヘンな声が出そうになった。
くろゆりさんが持ちあげたのは、でっかい何かしらの動物の頭蓋骨だった。
博物館とかテレビで見た知識しかないけど、草食動物の頭、だと思う。角形からして、牛かな……と思う。
古い、でかい、牛の頭蓋骨だ。
「ちょ……っ! それ触って平気なの!?」
「どうでしょう。まあ、送ってきた人物に心当たりはありますし、その方が送り主ならば恐らくは平気な筈ですが。……また今回は、酷く手が込んでいますし、ちょっとこれはよろしくないですね。厄介なことに少し噛み合っているかもしれない」
「え、ちょ、その思わせぶりな説明よくないと思います俺にもわかるようにお願いしますでも全然関係ないならいっそ知りたくない」
「残念ながら関係ができてしまったので、最初からご説明しましょう」
「マジカヨ。ていうかヤバい? おれもちょっと触っちゃったかもしれないけどやばい?」
「どうでしょう。少し調べてみないと実害はわかりませんが。不安ならば、キスしておきますか?」
牛の首を応接机の上に置いたくろゆりさんは、やっとふんわりとした笑顔に戻って振り返った。ちょっとだけその顔に安心したとか死んでも言いたくない。
くろゆりさんとのセックスは除霊代金だけど、くろゆりさんとのキスは除霊ソノモノのような効果がある、らしい。毎日お札を飲んでいるくろゆりさんの唾液には何かしらそういう効果があるらしいので、半信半疑ながらも時折心が折れそうになるとそのおこぼれを頂戴していた。
実際に、本当に霊的な効能があるのかなんてわからない。でもまあ、しないよかマシだ、と思ってこくこく頷くとふふふと笑われ、顎に手を添えられた。
俺よりもくろゆりさんの方がちょっとだけ身長高いけれど、まあ、うん、別にそこまで俺もちっさくない。だから女の子みたいに上を向かなくてもキスできるのに、くろゆりさんはいつも俺の顎に手をかける。
その仕草が気障ったらしくて嫌だ。でも、似合うのがまたムカつく。
「とても心外だが仕方がないから唇を許してやる、という春日くんのそのお顔、僕はわりと好きですよ」
そんな俺にはわからないとんでもフェチな感想と共に、イケメンの薄くて柔らかい唇が重なったけれど、正直俺は段ボールと牛の首が気になり過ぎて、よくわからなかった。
ともだちにシェアしよう!