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うしくびまがい 02
「人を呪わば穴二つ、と言いますが。僕の場合はそれがお仕事であるわけでして、まあ、よからぬ悪意が返ってくることも多々あります」
テーブルの上に頭蓋骨を置いたまま、奥の部屋に段ボールを持って行ったくろゆりさんは、五分ほどして手ぶらで戻ってきた。
頭蓋骨はそのままに、ソファーに座ってしまったので、仕方なく頭蓋骨挟んで向かいに座った。
他に椅子らしい椅子もない。頭蓋骨挟んで会話するのはすこぶるいやだったが、隣に座るのもどうかと思ってしまったから、まあ、我慢してくろゆりさんの爽やかイケメンフェイスに意識を集中することにした。
「あー……それってつまり、めっちゃ恨まれたり逆に呪われたりするこが多い、ってこと?」
「そうですね。術式の反動のことを逆凪と呼びますが、そういうものとは別口に、ただ単純に僕自身を熱狂的に恨み呪っている人物も、少なくないようです」
「少なくないって、それくろゆりさんが把握してるだけで何人いるのよ」
「定期的にアクションを起こしてくる玄人さんが二人。素人さんが五人。数年に一回思い出したように脅迫してくる素人さんが両手の数くらいですかねぇ」
「……わりと多かった……」
「比較的、真面目に仕事をこなしているもので。解呪も、呪術も、誰かしらに不利益が及ぶものです。そうでなくても、多種多様な人間がいる世の中ですので、例え僕がコンビニの店員でも、理不尽な呪いや恨みを被ることだってあるとは思いますけどね」
言ってることはなんとなくわかる。俺も、日々大量の人間に接する仕事をしている。十人十色とはよく言ったもので、あーこいつダメだ何言ってるかさっぱりわからねえ全く言語が通じねえ、みたいな人間も時折めぐり合う。
恨まれる人間はそれ相応の悪事を働いている、とは限らない。突拍子もない理由で殺人事件を起こす犯人も世の中には存在する。逆恨みってやつはホント恐ろしい。
――とはいえ、両手で数えきれないほどの人間から恨まれている、と断言するこのイケメンはちょっとやっぱりおかしいと思う。
「勿論僕も無駄に呪われたくはないので、それ相応の対処をしています。各宗教や宗派に伝わる呪術や、術者が使う代表的なものでしたら、僕も仕事として扱う案件も多いので対処できるのですが……問題は、玄人さんの呪いではなく、素人さんの呪いです」
「……プロの方がやばいんじゃないの?」
「効力がきっちり出るのは、勿論きちんとした術の方でしょうが、きっちりとした術はきっちりと防ぐ方法も分かりやすい。そこには法則とルールがあります。ですが、やり方を知らない素人が適当に真似た術というものは、時折思いもよらない方向から呪いが成功していたりする」
「偶然、うまくいくことがあるってこと?」
「そう。なんとなく創作料理を作ってみたら、何故か調味料の配合が絶妙で、大変美味しい料理が出来てしまった、という風に。その場合は、手順もやり方も自己流すぎて、僕は何故その料理が出来あがったのかわからない」
「あー。成程。つまり、創作ごっちゃ自己流アレンジ呪いが、わりとやばいってことは理解した。じゃあ、あー……この牛の首も、素人さんの自己流アレンジ?」
「恐らくは。筆跡から見て、ここ最近とても活発に僕に贈り物をしてくる人ですね。僕は、薊さんと呼んでいます」
あざみ。後々知ったけれどこれは花の名前で、復讐だとかなんだとかいうあんまり縁起のよろしくない花言葉を持っているらしい。
黒百合、なんて名乗っているこの怪しい呪い屋を呪う人間の名前が、不吉な花だなんて洒落ているが、それがあだ名なのか本名なのか、そんなことは俺に関係ないしあんまり深入りしたくなかったから、ふーんと流した。
そんなことよりも、大事なのはその呪いに俺が巻き込まれたのか否かだ。
わりと入り浸っている割に、俺はくろゆりさんの仕事の事をよく知らない。呼ばれて断れない案件には付いていくし、言われたことはこなすけれど、くろゆりさんが何してどうなったか、とかはあんまり詳しく訊くことはなかった。
多分、知っちゃいけないんだと思う。縁が繋がる、とくろゆりさんは表現する。知ることや聞くことは、きっと、その縁というものになるのだろう。
自分で対処できない俺が、くろゆりさんの仕事に深入りしたところでよろしくない未来しか見えない。下手に首突っ込んで人生棒に振りたくない。
けれど呪術のアレそれを知らないが為に、本当にこの時は不安が徐々に沸き上がってきた。
いきなり牛の頭蓋骨を送りつけてくるとか、どう考えてもヤバい。この骨が本物かどうかわからないが、偽物だったとしても相当な金額だろうし、そこらへんで売ってるもんでもないだろう。そこまでしてくろゆりさんに害を成そう、としているっていう情熱がどう控え目に見ても恐ろしいし、そんなもんを直に受け取ったっていう事実もじわじわとヤバいと思えてきた。
箱触ったっていうのは、呪い的な縁に繋がるのだろうか。ていうかこの薊ってひとが送ってきた首は、ちゃんと呪いとしての効力を発揮しているのか。つか、なんで牛の首なの? なんかそういう呪いの儀式あんの? どうなの? という疑問を一通りくろゆりさんにぶつける。
さらり、と笑ったイケメンは、いつも通りの非常に爽やかな声色で『とりあえずは平気でしょう』と告げた。その言葉信じるぞ呪い屋。
「大丈夫ですよ。対象は僕ですから。というか、牛の頭蓋骨自体は大して悪いものではない筈です。段ボールの血染めの札は少し、まずいものだったので処理してきましたが。首の呪い、といえば犬神が有名なのですが、件か何かを意識したのでしょうかね」
「クダン?」
犬神、というのは聞いたことがある。小説だか漫画だかで読んだ記憶しかないが、犬を顔だけ出した状態で地面に埋めて、飢えさせた後に首をはねて殺す、みたいなとんでもエゲツナイ呪いだった筈だ。
牛の呪いバージョンもあるのかと首を傾げると、件というものは妖怪の一種だと説明された。
「半人半牛の妖怪です。古くは牛の身体に人の首とされていましたが、牛の首に人の身体という説もある。件は、未来を予言するモノです。そしてその予言が実際に起こった後に死んでしまう」
「……なんか、きもちわりーな。予言だけだったら、無害かなって思ったのに。まあ、見たら死ぬとかいう奴よりは穏便だけど……自分が死ぬっていうの、なんか、怖いっていうか」
「春日くんが言いたい事はわかりますよ。予言をして死ぬ、というのは非常に気持ちが悪いものがありますよね。件とは別に、人の身体に牛の首をもった牛女というものもある。こちらは人の言葉を理解せず、座敷牢に閉じ込められていたという話がありますが、もしかしたら奇形や醜女だったのかもしれませんね」
「なにそれこわい……結局人間が怖いって話じゃん。牛の首関係ないじゃん」
「何事も一番怖いのは人間ですよ。情を持ってしまった生き物ですので。こちらの意図不明な牛の首も、結局は人の憎悪が形になったものですから。段ボールのお札以外に害はないかと思いますが、少し調べてみましょう。春日くん、今日はお仕事でしたか?」
「え、うん。仕事からの同僚の家での飲み会」
「それならばまあ、僕の家にいるよりも安心でしょうね。あまり一人にならない方がいいかもしれません。何枚か、お札を持って行ってください。それと、何かあったら何時でも構いませんので連絡してください」
珍しく噛んで含めるように念を押すから、なんだか妙に怖くなってきて息を飲んでしまった。
墓のど真ん中でもふわふわ笑って多分平気ですとか抜かす男が、何かあったら呼べとか言うから、その何かの可能性を考えてしまう。大変ホラーな想像をどうにか振り払い、あえていつも通りにくろゆりさんを睨んだ。
「……そのお札代、まさかセックスで払うやつ?」
だがこれも大事な確認事項だ。基本的にじり貧生活続行中の俺は金がない。わりと高額なくろゆりさんの除霊を受けるにはあまりにも金が無さ過ぎて、毎度毎度その料金はリアルに身体で払わされている。どう考えても不健全極まりない。
お札だってくっそ高いらしい。買った事ないからわかんないけど、経費のほとんどはお札代だというような事をきいた。
和紙の袋に入れられ渡されたお札を財布に挟みつつ、恐る恐る睨みあげると爽やかメンズがふわりと笑った。
「そうですね。手首拘束でおねだり騎乗位セックスは先日めいいっぱい堪能させていただきましたので、次は背面座位で鏡前セックスなんていかがです?」
「はいめんざいでかがみせっくす……」
「……冗談ですよ。僕の個人的事情に巻き込んでしまいましたので、今回の全ての経費は僕持ちです。なので、そんなに引かなくて結構です。……春日くんは本当に、一回脱いでしまえば嫌がらないのに。不思議な人ですよねぇ。まあ、その、非常に恥ずかしがる様も含めてたまらないのですけれど」
「うるっせーよ変態。オトコノコだもの気持ちいい事嫌いだなんてカマトトぶってもどうせ食われるんだから楽しんだ方がいいじゃんか精神なんだよ変態。お札は有り難く頂戴しておくしマジで何かあったら呼ぶからな変態」
「お待ちしておりますよ。僕は君に変態と罵られるのは、わりと好きです」
「……変態極まり過ぎて返す言葉もねぇ……」
「事実ですしね。キミと出会って、非常に毎日楽しいです」
目を細めて首を傾げて笑う様は、ベッドの上で意地悪く泣くまで許してくれない変態とは思えなくて、これだからイケメンはずるいと思った。
イケメンはずるい。どんなに変態だって、こうやって微笑むだけで女の子はころっとだまされるだろうし、実際に変態に変態行為されてる俺ですらことっとときめきそうになる。
俺はくろゆりさんに出会ってから、毎日ジェットコースターだ。いや、今までも結構波乱万丈だったけど、そのスピード感が上がった気がする。
それでもまあいいかと、なんとなく許してしまっているのが、きっと俺の本心に一番近い感情なんだけど。まだ、それがどんなものかはっきりと言葉にしたくなくて、ヘンタイシネとぶっきらぼうに呟いた。
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