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おしぼのさま 日記1
日記 一
私の事を書こうと思う。
何を書いたらいいのか、と迷っていたが、日々の事を記録したらいいのだと教えて下さった。三木さまは、本当にお優しく、いろんな事を教えてくださる。
まずは三木さまの事をと思ったが、何事もまず名乗ることからだと言われてしまった。
確かに三木さまは最初に名乗って下さった。私には名乗る名というものがよく分かっていなかったので、どんな言葉をお返ししたらいいか分からず戸惑ってしまったのを、よく覚えている。
九つを数えるまで私は、冷たい石壁の家で暮らしていた。外、というものは言葉でしか知らなかった。今も、渡り廊下から見えるもの以外は知らない。もう少し大きくなれば、敷地内を散歩するくらいはできるようになる、と、三木さまはおっしゃっていた。
いけない。すぐに三木さまのお話をしてしまう。
けれど、私の事など何も書く事はない。
私は家族を知らない。どこかから買ってきたのだと、旦那さまはおっしゃっていた。それがどこだと聞いても、私にはわからない。
私にはこのお屋敷しかわからない。毎日朝お掃除をして、お食事の手伝いをして、午後には少しだけ休み、夕餉の支度を終えたらお湯の支度をして、陽が暮れたら床に入る。あまり身体が丈夫ではない私は、一日の終わりにはぐったりとしてしまう。私の世界は、この繰り返しだ。
そうだ。私にも書くべき事があった。
私の名前だ。石壁の家の中では、私は一人だったから名前など必要なかった。けれど、お屋敷には旦那さまも、奥さまも、大旦那さまも、三木さまもいらっしゃる。
旦那さまは私の事をアヤエと呼んだ。三木さまはこの名前をあまり気に入っていないようだったが、私は三木さまが優しく呼んでくださるならば何でも良かった。
いつか君にふさわしい名前をあげるから、と三木さまはいつも悲しそうに私の頭を撫でた。
私は、三木さまが頭を撫でてくださるのならば、他に何もいらない。
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