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おしぼのさま 日記7

   日記  七  蔵の中に筆を見つけた。  恐らく、何代か前の当主が情けで持ちこんだものだろう。今更何を記そうがどうしようもないことだとは知っている。それでも、筆を取ったのは他に成すべきことがないせいと、叫ぶ事ができぬ今、せめて文字であの人を呼ぼうと思ったからだ。  帳面は私の荷物の中にあった。あまりに汚い文字だったせいか、カナの練習帳だと思われたのかもしれない。私はいくらがんばっても、漢字が覚えられないから、帳面の字はひどく読みにくいだろう。  あの日の事を記しておこうと思う。  思い出すと、今も、感情が溢れてそれだけで死にそうになる。死んでしまえればいいのに、私にはそれが許されていない。死んであの人に会えるのならば、迷わず命を絶っただろう。あの人が死の世界に居るのならば、私は蔵の窓の格子に縄を張り、そして首を括った筈だ。  あの人は死の世界に居ない。あの人は、私を探して彷徨っている。だから私は死ねず、ただ無駄に生きている。  ツクメキガンという儀式が行われる日、私と三木さまは裏山の中腹にある小さな洞窟に連れて行かれた。お互い白い着物一枚を羽織っただけで、ひどく寒かった。しかし震えているのはそれだけではなかった。  これから私達はきっと死ぬ。その予感が私の歯をがちがちと鳴らせた。  三木さまが手を握ってくださらなかったら、惨めに泣いていたかもしれない。歯を噛み、どうにか震えを止めた。  三木さまは鬼子だと、昔から仰っていた。それは死んだ奥さまも言っていた。奥さまはきれいな方だったが、少し性格がきつかった。そのせいで恨まれ村人に陥れられ殺されたのだ、と三木さまは仰った。  だから旦那さまは狂ってしまわれた。  だから旦那さまはツクメキガンをしようと思い立った。  この儀式は、何かよくないもの……ツクメとイキジという、気味の悪い何かをつくるものだと私は理解していた。だが、もう逃げることを諦めた私達は、ただ死後に再会することだけを祈り手を繋いだ。  きっと私から殺されるのだと思っていた。  だから、急に若い男達に囲まれ、殴られ始めた時も驚かなかった。ただ、三木さまが私の名を叫ぶのだけが辛かった。  痛かった。辛かった。涙と血で何も見えなかった。その内耳のひとつも潰れた。片耳から聞こえるのは私の骨が折れる音と、三木さまの悲鳴だけだった。  泣かないでと言いたかったのに声がでない。声をかける事無く、私はこのまま死ぬのだなぁと思った。  しかし長く続いた暴力は止み、視界の血が水で拭われる。もう何も聞こえなかった。何かを叫んでいる三木さまが見えた。そんなに泣いたら美しい顔が台無しだと思った。  そして私の目の前で、その美しい人の喉に板鍬が突き刺さった。  その後はあまり覚えていない。喉を潰す程に叫んだと思ったが、声などは元より潰れていたような気がした。その後私も殺されるものだと思っていたが、何故か気が付くと身体に包帯を巻かれ石蔵に寝かされていた。私が子供の頃に育った石蔵だった。  どうしてこうなったのか。どうして私は生かされたのか。どうして三木さまは殺されたのか。  私が死ねば良かったのだ。  そう思っても死ぬ事が出来ない。三木さまは今も、私を探しているのだから。

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