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おしぼのさま 日記9

   日記 九  父・文餌に代わってこの文章を書く。  古びた帳面をこの蔵の中で見つけた。先代は人嫌いであまり家に使用人を入れたがらなかったようだが、今の当主は金遣いが荒い。ツクメをうまく使って、金をせしめているようだ。  使用人が増えれば管理をするのも大変だろう。  私が文字を覚えたのも、お節介で同情ばかりする女中がいたおかげだ。すこし白痴ぶり怯えた表情をみせると、女中は可哀想な動物を手なずけようと色々と世話を焼いた。馬鹿な人だとは思うが、親を知らない私にとっては、母の代わりと言ってもいいかもしれない。  父がこの蔵で死んだという話も、女中に聞いた。  ある日、左足を皿の破片で切り、自殺したのだと言う。  そのせいか、私に与えられる食器はすべて木のものだ。別に、死のうなどと思う程絶望してはいないので、どうでもいいことだった。  父の日記を見つけたのは偶然だった。これを読み、自分の運命を理解したが、特別思う事は無い。父の自殺の原因がツクメにあると信じた先代は、この蔵のツクメ返しの呪詛を一層強くしたようだ。私が、アレに殺されることはまずないだろう。  この石蔵に来る前は寺に住まわされていたが、あまり良い人生ではなかったと思う。夜中に、ずる、ずる、と足を引きずる何かが徘徊する音が聞こえるのだ。それが恐ろしく泣く度にひどく叩かれたものだが、今はそんな音も聞こえない。  四方を石壁で囲われたこの蔵は、私の世界としては優秀だ。私はここで、一生飼われながら死ぬのだろう。それでも、叩かれるよりはマシだと思う。  大切なのは誰かを好きにならないことだ。もし私が身を焦がすような恋をしたら。イキジの効力を強めるために、私が愛した相手は殺されてしまうかもしれない。ツクメは女でなくても良いと、どこかの書物に書いてあった。それだけは気をつけなければならない――。  父は死んだのに、ツクメはまだ父を探して徘徊している。  アレが、探しているのは、何なのか。私にはわかる筈もないことだ。言葉を綴るという事は憂鬱だ。これでやめようと思う。心を凪いだように保つことだけが、私にできることだ。  もうこの日記に何かを綴ることはないだろう。最後に私が生きた証として名前を綴る。記号として与えられた名前は、この先も継承されていくのかもしれない。 雪解けの頃・石蔵にて 壱子

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