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廻り箱 03

【参】杜環  遅れて来た女性は、ごめんなさいねと軽やかに苦笑した。 「場所指定しちゃったのに、遅刻なんてひどい話ね……奢るから許してちょうだい」 「いえ、あの、こちらこそお呼び立てしてすいません。本日はご足労いただきまして……」  少しだけ暗い店内の照明では、僕の些細な表情の変化は届かないだろう。慌ててきちんと口に出して謝罪すると、記憶通りの軽やかさで西華さんはまたお会いできてうれしいと笑った。  彼女が指定したのは、喫茶店でもファミレスでもなく、住宅街に近い路地裏の小さなバーだ。  少し中華風というかアジア風で、カウンターの中の男性もエスニックな衣装を纏っている。初めて入る店だし、僕は西華さんと親しいわけではないけれど、なんとなく『彼女らしいな』と思ってしまう、不思議な魅力のバーだった。  落ち着いた空気で満ちた店内で、煩くない程度の適切なにぎやかさで西華さんは笑う。 「あはは、相変わらずかたっ苦しいのねぇ先生。もっとリラックスした方がイケメンに見えると思うのに。あ、でも蓼チャン的には先生がイケメンだと困るのか」 「セーカさん、駄目駄目。ほら、そういう冗談ほんと駄目だからねって言ってあるでしょ、ちゃんと守ってくれなきゃ。杜環くんね、そういうのにパキっと切り返せる人じゃないし、照れちゃって可愛くなっちゃうから駄目だってば」 「かわいいならいいじゃないの」  全然良くない。  蓼丸さんが言ったように、僕はこの手の話題にうまく対応できない。正直どう反応したら正解なのかもわからなくて、ただひたすら声を籠らせてしまう。  僕と蓼丸さんは所謂秘密の恋人関係だ。別にやましいことをしているわけではないのだが、同性の恋人をオープンにできるような職業ではない、というのが現実だ。そうなると僕たちの関係を知っている人間も限られてくる。  ただでさえ友人が少ない僕にとって、そんな奇異な人間はくろゆりさんと椿さんくらいなものだし、あの二人は他人の恋愛に対して口をはさむタイプではない。椿さんは時折、こそっと僕を応援してくれることもあるが、それでもずばりと下世話な話をするようなことはなかった。  要するに僕は慣れていない。誰かに『蓼丸さんの恋人である杜環』と認識される事に、とことん慣れていないのだ。  蓼丸さんには『友人知人には恋人が男性だってことはバラしちゃってるけどいいよね?』と言われていたし、僕も了解していた。僕の名前までは言っていないようだったけれど、先日取材に応じてくれた西華さんには会って二分で僕たちの関係性がばれてしまった。  表情豊かじゃないくせに、どうにもポーカーフェイスが苦手だ。すぐに上がるし、うまく言葉が探せない。僕の言葉と態度が不器用なせいに他ならない。顔に全部でちゃう杜環くんがかわいいんじゃないの、なんて言ってくれる恋人はありがたいし嬉しいしかわいいけれど、やっぱり僕はもう少しコミュニケーション能力を鍛えるべきだと久しぶりに反省した。  出鼻を挫かれ出すべき言葉を失っている僕の向かいで、西華さんは琥珀色のカクテルを掲げる。上海ハイボールという名前のお酒は、彼女の雰囲気にも、この店の雰囲気にもぴったりだ。 「ごめんごめん。なんだか蓼チャンに会うのも久しぶりだし、アタシほら、先生の事気に入っちゃってるからさ。虐めてんじゃないんだよ? かわいいカップルはちょっかい出したくなんのよ」 「セーカさん、それ近所のおばちゃん現象だよ。よくないよくない。かっこいい女はもっとストイックに、こう、世界を冷静に眺めないと駄目じゃない?」 「えーかっこいい女になんかなりたかないわぁ。アタシは一生甘ったれた女でいたい」  にんまりと笑顔を作る。やっぱり彼女は目を引く魅力的な女性だ、と再確認させられた。  ピンク色の短髪も派手で視線を攫うが、それよりも笑顔が印象的だ。顔のパーツが派手で、笑うと目の端に少しだけ皺ができる。その軽快な表情のせいで、耳にぶら下がった大量のピアスも腕のタトゥーもなぜかまったく気にならない。  蓼丸さんのツテで西華さんに怪談の取材をしたのは、半年ほど前の事だ。ファッションデザイン系の仕事をなさっているという話だが、引きこもり作家の僕には一ミリもかすりもしない職種だ。  懇意の編集者に押しに押されて実話怪談本を執筆するようになった僕だが、取材方法に関してはいまだに手探りだった。  怖い話はありませんか、などと電車の中や道端で声をかけるわけにはいかない。いや、どうやら実際そうやって声をかけて怪談収集する人もいるらしいのだけれど、前途のように僕はコミュニケーション能力に難がある。知人ですら口ごもってしまうというのに、初対面の人間に『怖い話はありませんか』と突撃するだなんて。……僕には到底、できない。想像するだけで赤面しそうになってそわそわしてしまう有様だ。  突撃取材ができない為、主な取材先は今のところ公募か友人か、どちらかに限られた。公募の方はやたらと乗り気な風合瀬さんに任せるとして、『友人伝いの取材』で一番頼りになったのが僕のパートナーである蓼丸さんだった。  怖い話あったら聞かせてね。彼が声をかけただけで、噂を聞きつけた人達が相当数協力してくれた。  持つべきものは人脈のある恋人だと五体投地したい気持ちになる。勿論人脈がなくたって、取材協力をしていただくなって、いつも蓼丸さんには感謝しているしそのー……うん。大切な人だと思っているけれど。 「……で、なんだっけ? あの箱の話? もっかい聞きたいんだっけ?」  彼女の体験談はすでに、僕の著書である『うすかげ怪談』に収録させていただいている。西華さんを再度お呼び出ししたのは、その著書の体験談について『詳しく聞きたい』という外部からの依頼があったからだ。  目鼻の小さい中年女の夢について、できうる限り詳しくお話を聞かせてほしい。そんな電話が黒澤鑑定事務所の主からかかって来たのは、先週のことだ。  鑑定事務所、名乗っているが、かの事務所は世に言う除霊を生業としているところだった。なるほど霊が居るかどうかの鑑定、という意味ならば詐称ではないのだろう。そんな風に感心したのは、そう昔のことではない。  お付き合い自体はまだ『長年』とは言い難いが、黒澤鑑定事務所と、そしてその主であるくろゆりさんには、ほんとうにシャレにならないくらいお世話になりっぱなしだった。  大袈裟ではなく命を救われたと。あの冬の寒村で、彼がいてくれなければ僕は、この場所に立っていないかもしれない。椿さんも含め、返しきれない恩がある身だ。  僕の生業は作家の端くれだ。そんな僕がくろゆりさんのお力になれることは大変少ない。お金があるわけでもないし、特技が生かせるわけでもないし、フットワークが軽いわけでもない。  大変恐縮なのですが、という電話がかかって来た時、正直なところ本気で嬉しかったし、実際リアルに飛び上がったような気もする。どうやら僕の歓喜っぷりは、蓼丸さんが引くほどだった、と後から聞いて非常に恥ずかしくなった。  蓼丸さんはあんまりあの人の事を好いていないみたいだけど、僕は割とくろゆりさんの事が好きだ。だから、僕なんかでお力になれるのならば、普通に嬉しい。  ……ぼくより好きなのなんて珍しく膨れる蓼丸さんの方が勿論その、恋人として好きだけど、それとこれとは別だし、うん。  昨晩の子供のような恋人のふるまいを思い出してまた熱が上がりそうになり、慌てて手元のウーロン茶を飲む。冷たく爽やかなお茶を飲み下し息を整えると、やっと僕は本題に入る事が出来た。 「はい、あの、何度も恐縮なんですが……実は、西華さんの体験と同じような体験をした方が、他にいらっしゃるんです。それでお手数ですが再度詳しく状況をお伺いしたい、と思いまして」 「同じ……夢に、中年の女が出てくるっていう、アレ?」 「はい。確認しましたが、僕が西華さんに取材した内容と、ほぼ同じ体験でした。四角くて軽い気味の悪い箱を……西華さんは、購入したというお話でしたね?」 「うん、そう、フリーマーケットで……ちょっと待って。じゃああの箱、今はその人が持っている、ってこと? それともアタシの前に持っていた人?」 「同じ箱かどうかはわかりませんが、西華さんの所有していた箱が今どこにあるのかもお聞きしたくて……」 「ああ。うん。そういう……待ってね、ごめん、ええと……アタシまず謝らなきゃだわ。ごめん。申し訳ない。実はあの怪談話、アタシの体験じゃないんだわ」 「え」  ……思わず間抜けな声が出てしまった。  友達の友達がね、という嫌なフレーズが頭に浮かぶ。フレンズ・オブ・ア・フレンズ。友達の友達、というのは都市伝説のお決まりのフレーズだ。そして大体その枕詞が付く話は作り話で、要するにソースがない。  ○○さんの話、ならば顔がわかる。話のもとをたどれる。けれど『友達の友達』はもはや匿名だ。  僕の不安と絶望が顔に出ていたのだろう。西華さんは慌てたように一生懸命に両手を振って、チガウチガウと連呼した。 「作り話じゃない。作り話じゃないし、アタシがあの汚い箱を持っていたのは事実。確かにアタシがフリマで買ったの。いや正確にはフリマで買った鞄の中に入ってた。普通に汚いし捨てようとしたんだけど、同居人がなんか面白そうだから調べてみようって言いだしたから、取っといたの」  西華さんはグラスのお酒に口をつけ、勢いを落とさずにまた言葉を紡ぐ。 「ていうか、その同居人の体験が、例の中年女の夢なんだよね。この話怖いよねって蓼チャンにした時に、友達の話って言うと嘘くさいなと思ってアタシの話にしちゃったんだ、ごめん。でも作り話とかじゃないから、ホントにさ」  一気に流れるように説明されて、僕は浮かしかけていた腰を下ろした。  彼女の言葉に嘘はないようだし、それなら多少は信ぴょう性もある、と思う。本人の体験談ではなくても、身元がはっきりしている身近な人間の体験ならば、問題はないだろう。  僕の隣でだらりとダイキリを舐めていた蓼丸さんが、思い出したように口を開く。 「あー……そういえばセーカさん、ルームシェア長いって言ってたっけね。なんだっけ? えーと、ミト? さん?」 「そうそのミトがねぇ、もうほんっと青ざめた顔で、セーカちゃん怖い夢見たって泣きつくわけよ。聞いてみたら確かに不気味だし、じゃあ実際その女がいた場所に行ってみようってなったら、女が立ってた場所には壁に黒いシミみたいなのがあって――」 「え、待っ、待ってください……シミ?」 「え、うん。あれ? アタシこの前その話しなかった? あ、じゃあ取材の後だったのかな、シミを探しに行ったの……」  完全に初耳だった。  僕は今日再取材をする前に、自分の原稿と前回の取材の際のメモと録音テープを確認している。その中に、『壁のシミ』などという話は一言もなかったはずだ。 「すいません、そのシミの事について、詳しく伺いたいのですが……」 「ええ、もちろん。アタシすっかりお話していた気でいたもんだから……夢の女については、きちんとお話したでしょう? あの箱を家に置くようになってから、ミトの夢に、地味な顔の中年女が出るようになって……もうすっかり怖がっちゃってね。たかが夢だって言っても聞きやしない」  確かに、一度だけならただの不気味な夢だ。  しかし二度、三度と同じ夢を見れば、誰でも不安を募らせることだろう。しかも女が立っているのは、明らかに今の自分の居住区に近しい場所だ。  あの女は自分の家に向かってきている。  それも、徐々に近づいてきている。  そう確信したミトさんは、西華さんとともに『夢の中で女が立っていた場所』に向かった。場所はすぐに分かった。つぶれたタバコ屋の看板が、夢から覚めた後でも鮮明に記憶に焼き付いていたからだ。 「あの辺、結構な住宅街でね。そこら中生垣とかカベばっかなの。絶対ここだよってミトが指さす場所見てさ、アタシちょっと笑っちゃった。なんならミトがアタシをビビらせるために悪戯してんじゃないの? くらいは思ったよ。だってそこ、べったりと黒い……んー、なんていうのかなぁ……墨とかタールとか煤とか……とにかくちょっと擦ったとか汚れたとかそんなレベルじゃない感じの人型のシミが、べったりとついてた」 「……その場所を教えてもらうことは可能でしょうか」 「うーん、いいけど。今もあそこにあるのかなぁ。あの箱、ミトが絶対この箱だこの箱が嫌だって騒ぐから、アタシゴミ袋に突っ込んで捨てちゃったんだよね。それからはミトも夢を見るって騒がなくなったし、この話もう半年も前の事だから」  それでも一応、と件の場所の住所を控え、マップのスクリーンショットも送っていただく。これはこのまま、くろゆりさんに提出する資料となるだろう。 「シミの他には、何か変わったことや気づいたことはありませんか? 例えば、フリーマーケットで箱入りの鞄を売っていた人物の事とかは」 「どうだったかな。あんまりよく覚えていないから、普通の人だったと思うけど。でも、印象に残ってないってことは、ちょっと高い鞄をそれなりの値段で売ってても不思議じゃなさそうな女性だったんじゃないかな。たぶんだけど。だって男の人だったら業者かな? それとも盗品? って思うし、おばあちゃんでも『こんな今風のバッグどこで買ってどうして売ってるの?』って思っちゃうでしょ、きっと。……だからたぶん、ほんとうに普通の女の人か女の子だったんだと思うな」  確かに彼女の言っている事には説得力があった。人間は違和感に反応する。それはつまり、違和感がなければ記憶に残らないということだ。街中で奇抜な格好をした人には目が行くけれど、スーツのサラリーマンを数えて歩く事なんてない。  不気味な箱は半年前、フリーマーケットで買ったバッグの中に入っていた。  そして箱を手にしてから、ミトさんの夢に中年の女が現れ始めた。さらに、女の佇んでいた場所には、実際に人型のシミが浮いていた――。  その箱は今、彼女の手元にはない。ゴミの日にゴミ袋に入れて捨ててしまったからだ。  以上が、僕の再取材でまとめた情報となる。  このお話と資料はくろゆりさんに提出する旨、西華さんに許可は取った。必要ならばまた連絡するかもしれないと頭を下げた僕に、軽快に笑った短髪の女性は『こちらこそ、悩みはすっきりなくなった方がいいもの』とありがたい言葉を返してくれた。  蓼丸さんの御友人は、見た目はとてもアバンギャルドだけれど、人として尊敬できるような素晴らしい人たちが多い、ということをしみじみと実感しているところだ。  上海ハイボールを一杯だけ飲み干して、本当に三杯分のお金を置いて西華さんは颯爽と店を後にした。  またね、と手を上げる様が格好いい。短髪の女戦士もいいな……ちょっとファンタジーも書いてみたいな。なんてぼんやりと背中を視線で追いかけていると、隣の蓼丸さんが正面に移動して頬杖をついて僕を見上げた。……なんだかとてもかわいい顔をしているのはなぜだろう。 「………………杜環くん、あれかな、あのー……ちょっと、奔放な人が好きだよね? ぼくも人の事言えないけどなんていうか西華さんとか、ミルクシェルだと常葉さんとか、あとはくろゆりさんとか……」 「え。……ああ、いえ、その、好きというか、ええと、印象深い人はつい、キャラが濃いなぁいいなぁ、ああいう人が僕の小説の中にいたらなぁ、と、思ってしまって……」 「……理由はそれだけ? ほんと? 単に好みなんじゃなくて?」 「あーどうかな……アバンギャルドな人が好み、かもしれないですけど、でも僕の周りで一番アバンギャルドで魅力的なのは蓼丸さん……です」  ちょっと最後恥ずかしくなってうまく言い切れなかったし言葉がつっかえてしまったけれど、ちらっと視線を戻した時見えた蓼丸さんは机に突っ伏していたからきっと正解だったんだと思う事にした。暗い照明でもわかるくらい耳が赤くてかわいいと思う。  僕は言葉がうまくない。どうしようか、何をしゃべったらいいのか、考えているうちに世界の流れにただ流されてしまう事が多い。それでもたまには、勇気を出して引っ込めておきたいような本心をぶつけることもある。……言わなければ伝わらない。言葉にしなければ何も起こらない。そのことを、僕たち小説家は知っている。  淡い色のウーロン茶を飲み干して、この綺麗な若草色のお茶の正式名称が凍頂烏龍茶である事を確認して、今度調べて小説に書こうと思ってメモをして、忘れないうちに先ほどの話もメモに残す。  ダイキリを舐める蓼丸さんは暑そうに顔を片手で扇ぎながら、『なんか嫌な話だね』とつぶやいた。 「……今の、箱と夢の話ですか?」 「うーん、うん……。なんか、聞いた時から思ってたけど、夢の話って好きじゃないなーと思ってさ。現実なら走って逃げられるけど、夢ってさ、どうしてかなぁ、自分の思い通りにならないことが多いじゃない? それなのに感覚とか感情は自分にふりかかってくるから、すごく怖いよね」 「そう、ですね、確かに……逃れられない映画のストーリーに突っ込まれるような感じ、ありますよね。それがホラー映画だったら確かに嫌だし、眠るのが怖くなりそう……」 「セーカさんがケロっとしているから、きっとミトさんはお元気なんだろうと思うけどね。でも、ほんとうに何もないといいね。彼女たちも、ぼくもキミも、くろゆりさんの方も――」  縁が繋がる、とくろゆりさんは言う。  聞く、話す、触れる、訪れる、関わる。言葉で、空気で、五感で関わったものは縁を繋ぐ。何も知らなければ繋がる事もなかった些細な縁で、巻き込まれることもある。  なるべく僕は不気味な話との縁は繋ぎたくない。怪談収集に片足を突っ込んでいて何だけど……信じているし恐れているからこそ、触れたくない、と、そう思う。 「……怖い話ばっかりしていると、寄ってくるとか言うよね。とりあえずやる事は終わったし、映画でも見て帰ろっか」 「え。蓼丸さんお暇なんですか? この後どこかにご出勤かなと思って、たんですけど」 「いや実は暇なら手伝ってもらってもいいんだよみたいな連絡がさっき来てたけど、ぼくは恋人と一緒にいちゃいちゃしなきゃいけないので暇じゃないってことにしようかなって」 「……なんか、昨日からちょっと、なんていうか……僕に甘くないですか?」 「ちがいますー。杜環くんに甘いんじゃないの。ぼくはぼくを甘やかしているだけですー」  ちゃんとぼくのものだって実感しとかないと、と笑う蓼丸さんの艶やかな唇を思いっきり正視してしまい、本気で言葉を詰まらせて挙動不審さを晒してしまった。  もっとこう、スパッとうまく切り返せる頭の良さと言葉の軽やかさがほしい。でももだもだと気持ちを飲み込めずに百面相している僕の事が好きらしいから、やっぱり蓼丸さんは不思議な人だし奇異な人だ。  箱。夢の女。壁のシミ。  今しがた聞いた嫌な話は一回携帯のメモ帳に閉じ込め、僕は烏龍茶ではなく軽めのロングカクテルを注文した。  カラン、と溶ける氷が、妙に甘いにおいを放っている、気がした。

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