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廻り箱 04
【四】田貫 公隆
言葉として拝見する事は多いけれど、実際に目にした事はない。そういうモノがある。
例えばラーメン屋の頑固親父とか。煮物を分けてくれる隣の部屋の主婦とか。お隣の方からですと告げてくるバーテンダーとか。
きっと世界のどこかには存在するのだろう。けれど生憎と僕は遭遇した事はない。遭遇した事はないのだが、やたらと創作の世界で記号のように出てくるモノたちだ。
そのうちの一つに、本日僕は遭遇してしまった。ああ、これは、アレだ……。
「場末のスナック……」
思わず内心が口から出てしまった僕の腕を、隣の宇兎くんがごつんと叩く。
恥ずかしながら声が零れてしまっていた事に気が付きグッと息を飲むと、宇兎くんの潜めた声が至近距離で耳を撫でた。
「タヌキサンシャラーップ……言いたいこたぁわっかりますけどぉ。一応ここ俺のークライアント様のお店なんでぇー」
「……すいません、つい……詳しい定義はわかりませんがまさにそのままだな、と思ってしまって……」
場末、という言葉の正確な意味を知っているわけではない。僕の人生に、場末などという場所はほとんど関りがなかったからだ。
僕は酒を飲まないし、酒の席にも出向かない。我が社は基本出不精な人間ばかりで、特別人間関係で拗れているような案件はないが、友達のように気軽に集まり飲み歩いたりはしない。
僕の知人の中で一番『飲み屋』という場所に縁があるのは、それこそ宇兎くんだけだ。
場末というのは寂れた街のはずれ、というイメージがある。
まさに僕のイメージする薄暗い路地の裏に、地味な看板を掲げた場末のスナック『ゆみこ』は存在した。
……こんなことを言っては全国のゆみこさんに失礼なのは百も承知だが、スナックの店名までなんというか、とてもそれっぽい。二時間サスペンスドラマの中盤に出てきそうな店構えだと小声で零すと、妙に高いカウンターチェアを跨いだ宇兎くんに苦笑いを返された。
絶対に言わないが。……絶対に、言わないが、僕は彼の表情を作らずに零す苦笑いが、割と、嫌いではない。絶対に言わないが。
「タヌキサンあれっすよねーテレビなんか見ません情報は新聞で十分でしょう? みたいな顔してるくせに結構バラエティとかドラマとかタレントとか知ってますよーねー。なんなら俺より詳しい」
「相川くんが『音がないと駄目』だとかで、基本事務所はテレビをつけっぱなしにしているんですよ」
「あー。昼過ぎにやってるわぁなー昔の二時間サスペンスの再放送……」
にやにやと笑う宇兎くんがいつもより声量を抑えているのは、カウンター奥の人物に配慮しているからだろう。
場末感漂う古風なスナックのカウンターで僕たちを迎えてくれたのは、スナック『ゆみこ』の主人である文江さんだった。
……ゆみこさんではないんですね、という言葉もどうにか飲み込んだというのに、文江さんは『ゆみこじゃなくてごめんなさいね』と絶妙な無表情で言い放った。
前途の通り、僕はこのような店とは縁がない。故にスナックのママという職業を知らないし、彼女のとっつきにくいようなぶっきらぼうな物言いがどの程度『普通』なのかもわからない。
僕にわかるのはスナック『ゆみこ』のママは五十代程度の外見で化粧が薄く、店内には妙に甘ったるい匂いが充満していたことだけだ。
――香水、だろうか。
さっと視線を巡らせても、店の中に花もなければ芳香剤のようなものは見当たらない。それに文江さんが動くたびに、口を開くたびに、甘いニオイは強く香るような気がした。
……これが、宇兎くんが言っていた甘い匂いなのだろう。
肉の焦げたような悪臭と一緒に甘い香水のニオイがする――そんな風に宇兎くんが訴えたのは、あるアパートの外廊下でのことだった。
あの日、パレス西沢の一〇四号室と一〇三号室の間のシミを拝見した時、僕と不動産業者の中村氏は特別な異変を感じることはなかった。
勿論うすら寒いというか、単純な感想として不気味だなと思ったが……なんというか、心霊現象に見舞われる際の悪寒や背筋の寒気は皆無だ。途中、帰宅したらしい一〇四号室の住人である女性も、特別な何かを感じているような気配はなかった。
後々中村氏に確認していただいたが、一〇四号室の住人である清水千沙さんは、今月末に退去予定だという。その理由は転職の為、と記載されていたが、不動産屋に提出する書類など半分は真実ではありませんから、と中村さんはうっすらと笑ったものだ。
自分に霊感というモノがあるのか否か、正直なところはっきりと断定はできない。見る事があると言えばあるし、感じる事がないとも言い難い。ただ僕は世の中の霊能力者と呼ばれる人たちが口にするように、何故そこに彼らが現れるのか、何を訴えているのか、生前どのような因果があったのか……そのような事は一切わからない。
単純に『不可思議なものに遭遇する事がある』というだけだ。それが霊感だというのならば、霊感がある、と言えるのかもしれないが……とにかく、パレス西沢の壁のシミについて、僕の霊感は一切働かなかった。
しかし宇兎くんは、あの場所に異常な反応を見せた。顔を真っ青にした彼が訴えた異常は『とにかく臭い』だった。
僕の嗅覚は正常に機能していたため、宇兎くんが感じた異常なニオイがどんなものか、彼の言葉以上の情報は得られていないが……髪の毛が焦げたようなニオイと、甘ったるい芳香剤のようなニオイが混じっている、と彼は表現した筈だ。
心霊現象が多発する場所に共通するものとして、『湿気』と『臭い』がある。
必ずしも、というわけではないが、かなりの確率で僕たちが対処を迫らせる物件では異常な湿気と妙な臭いを感じる。その際に感じる臭いは大概悪臭であるため、芳香剤のような甘い匂い、というのは珍しいように思えた。
このニオイを知っている。あの時そう言った宇兎くんは、スナック『ゆみこ』のカウンターチェアの上で鼻を鳴らし、僕にだけにわかるように目配せをした。
……おそらく、この店に充満している香水の匂いが、先週彼が体験したニオイなのだろう。
「うとちゃん、お仕事でもないのに飲みに来るなんて珍しいね……普段は寄り付かないくせにさ。まあ、若い子がすき好んでドアくぐるような場所じゃあないよね」
文江さんの手元でカラン、と小気味のいい音が鳴る。爽やかな氷の音が何故か場違いというか、不気味に感じた。
「えーそんな事ないっすよぉーつか俺基本夜は連チャン仕事してる事が多いだけッス。この辺テリトリーじゃねえし、文江サンのお店がもうちょーい……うーんあと五キロ俺んちに近けりゃ毎日でも飯食いに来ますよー」
「ほんと調子いい嘘ばっかり。でも、まあ、その口の軽さが、いいんだけどね。軽薄なくらいが気持ちいいんだわ、この歳になると。今日は閑古鳥だったから、若くっても安酒でもありがたいわね」
相変わらずの無表情にほんの少しの微笑を乗せた……のだろうか。正直僕には嘲笑というか、少し馬鹿にしたような顔にしか見えなかったが、コミュニケーション能力なんてものに微塵も自信のない僕の観察眼などあてにならない。
それに――この時の僕は、少し高い椅子も、いまいちテンションが掴みにくい女主人も、充満する香水の匂いも、すべて上の空に近かった。
僕と宇兎くんが腰かけたカウンターの席は、入口から入って中ほどの位置だった。背中側には二つほどボックス席があるが、全体的にこじんまりした店だ。十人も入れば手一杯になるだろう。
そのカウンターの一番奥の席が、気になって仕方がない。
そこには不自然に仕切られたような壁というか、仕切りのようなものがあった。パーテーションというのだろうか。椅子の下にも、机の上にも中途半端な仕切りがある。
注文する前に勝手に出されたウイスキーに礼も言えずに、何度か仕切りの方を窺ってしまう。
僕の不躾な視線に気が付いたのだろう。無表情な女主人は、面白くなさそうな乾いた声で『ああ』と声を漏らした。
「……そこ、気になっちゃうタイプの人か。いるんだよねぇ、どうしても、チラチラとそっちを見ちゃう人……勘が強いっていうか、神経質っていうか、あなた、そういうタイプ? まあ、見た目も神経質そうだものね」
「あの……、板の奥は、何が」
「何もないわよ。何も。……ちょっと黒いシミがあるくらい。でもね、拭いても拭いても、全然取れないの。もう面倒くさくなって、仕切って潰しちゃったんだけど……」
「それは、いつからですか?」
「何、あんた不躾ね……まあ、別にいいけどさ。あの――ああ、名前忘れちゃったな。田野辺だったか、田代だったか、渡辺だったか……忘れたけどね。ウチの店の常連さんがいつも座ってる席で……よくその隅っこで酔いつぶれていて迷惑だった」
彼女が話す内容は断片的で、憶測で補わなければならない部分も多かったが、どうにか根気よく耳を傾ける。
これは相性の問題なのかもしれないが、僕はどうにも文江さんの言葉のチョイスが苦手だった。ぐさりと刺さるわけではないが、彼女の放り投げた言葉はいつの間にか靴の中に紛れ込んでしまった小石のように、地味な不快感を伴う。
かなりの苦痛が顔に出ていたらしく、途中やんわりと宇兎くんに手を握られてしまったが。もとより表情筋が固まっていると言われる僕の顔が人様を不快にするほど動いていたとは思えないので、まあ、失礼はなかったものと思う。
「その……常連だというお客さんは、今は?」
カウンターの下で指の股をなぞるいたずらな手をつかまえる。彼の綺麗な手を逆に握りしめてやりながら、僕が放った言葉に文江さんはまた嘲笑った。
「今も通ってたならこんな話しないでしょ。いつからか忘れたけどぱったり……ああ、でも、たしか半年前くらい、だったかな」
文江さんは目を細める。けれどその顔に、感情らしい感情は浮かんでいない。甘い香りがぶわりと充満する。
「半年前。うん、そう。半年前だった。ずーっと、ウチの女の子目当てに通ってたんだけどさ、その人。馬鹿だね、水商売の女の愛想信じて惚れて、結局馬鹿正直に迫って振られてぐずぐず管撒いてたわ……呆れて笑っちゃった。そりゃ、こんな店の隅で安酒キープしてちみちみ飲むような男、嫌でしょうよ」
「……振られてしまって、それで……」
「ウザかったなぁ。迷惑だったしね。思い出した……あの男のせいでナギサちゃん辞めちゃったんだったわぁ……もう居ないっていうのに未練がましく通ってきて、連絡先知ってるんだろうってしつこいのなんの。……もうそんな未練があるならさ、さっさと勝手に家にでもなんでも乗り込めって言ったんだけど、その度胸はないみたいでねぇ……呆れてあたし、『呪っちゃえば』なんて言ったんだわ……そう、呪っちゃえばいいじゃないのって、テキトーに言ったな」
「呪いの方法を、その人は知っていたんでしょうか」
「さあ、知らないわよそんなこと。関係ないものあたし。藁人形とか、写真をどうにかするとか、なんかあるでしょ、そういうの。調べりゃ出てくるんじゃないの? でもそういえば、その日から見てないなぁ……あの人」
本当に呪ってたら面白いねと、化粧の薄い顔に嘲笑を張り付ける。軽薄なその女の顔を横目に、仕切られた板の奥を見た。
机の上に、パーテーションのように仕切りが立っている。黒いシミとやらは、僕の位置からは見えない。
けれどそのパーテーションの奥に、だらりとカウンターに突っ伏すような男性の身体が見えていた。カウンターチェアに座り、足を投げ出すように伸ばしている。
どう見てもそこには男性がいる。だらり、と弛緩した身体を机に伏せ足を投げ出した男性がいる。
しかし店の主の様子から見て、そこには誰もいないのだろう。宇兎くんも特別奥の席を気にしている様子はない。
香水が香る。彼女が喋るごとに、吐き気がしそうなほどの甘い香水の匂いが、まるで口臭のように漂う。
「ほんとに呪っちゃったのかな。ナギサちゃんもそのあとどうなったのかなんて、きかないし、わかんないけどね……だいたい、あの子も悪いんだよね。お客さんにべたべた触るのやめなさいよって何度も注意したんだけど、へらへらしちゃってさ……好きじゃなかったのよ。あたし駄目なのよね、へらへらしてる子。だから本当はうとちゃんも駄目なの。でもねぇ、他の人はちょっと見た目がよくないし……うとちゃん、もうちょっと、堅実ならいいのにね」
「ふはは、文江さん今日もきっびしーの! 若い燕をつまみ食いしてるって設定ならちょっとチャラついてる俺の方がいいじゃーんよ。俺わりと頑張ってると思うけどーなぁー」
「頑張ってりゃいいって話じゃないでしょ。あたし、努力論嫌いなのよ」
宇兎くんは流石だ。僕と違って表情豊かなはずなのに、きちんと表面から隠してにこにこした顔を演出できている。
僕が相川君ほど素直な表情筋の持ち主だったなら、今頃文江さんに叩き出されている事だろう。……叩き出していただいて結構なのだが。
表情が出ない代わりに口が出そうになり、代わりに手を握って耐える。僕はそのままグラスに口をつけることもなく、そしてその後一切口を開くこともなく、三十分程度で『ゆみこ』から退店した。
外の空気に触れた瞬間、思わず息を吸ってしまった。
すう、と清浄な空気を吸い込み、ふう、と吐き出す。寂れた歓楽街は雑多な臭いで溢れていたが、それでも店の中の甘ったるい空気よりはマシだと思える。
僕が肺の中をリセットするかのように何度も息を吸う僕の隣から、唐突に『眉間!』という言葉が飛んできた。
「タヌキサーンすんげー顔してるしてるーうはははは、ちょっと勘弁してくださーいよかんわいーなオイ。超相性わりいじゃん! いやなんとなく知ってたけどっつーか文江さんと相性いい人なんて世の中二割くらいしかいねえだろうけどさ!」
けらけらと笑う。軽快な彼の声に、多少遺憾ながらも安堵を感じてしまう。その事実が非常に悔しいのだが、今は僕のプライドなどどうでもいいと思えるほど胸の中に悪心が満ちていた。
「…………スナックのママ、という人種はコミュニケーション能力に長けている、というイメージがあったのですが。僕の思い違いでしょうか」
「んー。うん。合ってる、と思いますよ? だからあの店はだいたい閑古鳥なんだけど、まーああいう人だから。自分の店が流行ってないのは大体バイトの女の子のせい、陰気な客のせい、景気の悪い街のせい、って思ってるぜアレ。だからこの先もずーっと閑古鳥なわけよ」
「キミのクライアントなんですよね? 一体キミはあの店でどんな仕事をこなしているんですか。バーテン、というわけではないでしょうに」
「んー……いやあの人熱心なストーカーがいるとかで、月一くらいでフェイク彼氏役やってますね。俺なんかよりカナちゃんの方が屈強でいいと思うんすけどねーどうも筋肉マンはお好みじゃないらしいのよね。まー若いチャラい男も手玉にとれちゃうワタシを見せびらかしたいんじゃねーの知らんけど。ストーカーって奴にも俺は実際遭遇したことねえし、もしかしたら全部嘘かもしんないけどさ。俺、基本的に文江さんの言葉信じてねえから」
「……嘘の依頼でも、BPサポートの皆さんは問題なく対応されるのですか?」
「んー……そうねー。レンタル彼氏会社じゃねーからあんまりライトに好き勝手呼び出されんのはちげえかな、とは思うけど、変装した俺が必要だっていうならある程度理由は問わない、って感じ? かな?」
駅に向かって歩く僕は、思いのほか眉間に力を入れていたらしい。僕の顔をちらっと見やった宇兎くんが、にやにやと笑う。……その顔は常ならば無条件で腹立たしいと思えるものだが、今はとにかくいつも通りの彼のにやついた顔に安心してしまう。
呪っちゃえばいいじゃん。
そう言った彼女の無表情な顔がべったりと、網膜に張り付いている。彼女の言葉はひどくざらついていて、耳障りも悪く感じた。
「タヌキサーンのさー、そのー……くそみてーに倫理観バチバチなとこわりと好きよ? 俺なんかさぁ、普段から思考回路ぶっとんでる奴らに囲まれて生きてるしさぁ。……で、タヌキサンのお仕事のお助けにはなりそう?」
「…………まあ、そうですね。多少は調べてみる必要はあるかな、とは思います」
「呪いってさーあ、心霊現象? とはまた別なジャンルなんじゃねえの? つかネットで調べたくらいでそんなもんできんの?」
「僕は専門家ではありませんが、既知の呪術を専門にしている方の話では『正式な手順を踏まずとも発動する呪いは存在する』そうですよ。何にしても専門外ですがね」
あの仕切りの向こうに座っていた男の足の事は、宇兎くんには言わない事にした。
彼は思いのほか怖がりだ。いたずらに脅かすのもどうかと思うし、何より彼を怖がらせてしまうと大概、僕が彼の家に泊まる流れになってしまう。できれば避けたい事態だ。
今さら宇兎くんの家に行くのが気まずいとか襲われるのではないかと身構えるとか、そういうことはないのだが。なんなら普段コンビニ弁当で生きている僕としては彼の手料理は大変ありがたい栄養素ではあるが、朝までがっちりと捕獲されて同衾するのは単純に疲れるから嫌だ。
……さて、パレス西沢の壁のシミについて、僕はどう動くべきか。とりあえずは玉城社長に相談報告し、これからの動き方を決めるべきだろう。幸いな事に霊能者と呼ばれる人々には、多少のツテがある。
「ターヌキサーン。……なに、そんなに嫌だった? 確かに文江さーん中々味のある人だけどさ、タヌキサン基本どんな人間相手でもへーあーはいそうですかーって事務的にできる人じゃん? つか最初は俺にだってそうだったじゃん? なに、今日虫の居所でもわりーの? 具合悪いとか?」
「……具合がいいか悪いかと言えば先ほどの甘ったるい匂いで少々胸がむかつきますが。――なんとなく、キミの外側だけを批判されると腹が立つな、と思ってはいます」
「……………え」
「……なんですかその顔は」
「え。え? え? いや、それ、あのー……え? ……なにそれ、待って普通に嬉しい、んだけど、え? 喜んでいいやつ、だよな? シンプルに嬉しいんだけどマジで? てかちゅーしたい」
「道端で盛るのやめてください」
「誰のせいだよばーかばーか! てか今の俺悪くなくね!?」
……僕は彼の素の表情が割合好きだし、僕は彼の思いのほか真面目で思慮深い本質も割合好きだし、どうやらいっぱいいっぱいになると語彙力が小学生になるところも割合好きだと気が付いた。気が付きたくなかったし、絶対に言わないが。絶対に。言わないが。
僕なんかの言葉に急に照れてしまったらしい宇兎くんに小学生レベルの罵詈雑言をぶつけられつつ、やっと息がしやすくなったような感覚を覚えた。
いつも通り煩い宇兎くんの存在は、存分に僕の呼吸を落ち着かせる。
呪っちゃえばいいじゃん。
……あのざらついた声は、口の中に入った砂のようにざらざらと、しばらく僕の頭の中に不快感として残る事になった。
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