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廻り箱 06
【六】田貫 公隆
お疲れ様です。
名古屋出張、順調でしょうか。特に連絡もないので勝手に順調だと思っておりますが、我が社の未来のためにもぜひ玉城社長にはご無事に、そしてご健康に過ごしていただき、かつ社員一同拍手喝采でお出迎えできるような素晴らしい業績を引っ提げてご帰還いただけるものと信じております。
ちなみに会食費は経費では落ちない、との伝言です。文句があるようでしたら事務の碓氷さんに直接交渉してください。
さて、先日ご相談したパレス西沢の件のご報告をいたします。
請求書と報告書は添付の通りです。お手数ですが添付ファイルにてご確認ください。結果だけ簡単にご報告いたしますと、清掃は完了、クライアントの岩波不動産様も清掃完了の確認をしていただき、問題なくこちらの案件は終了いたしました。
というのは表向きのご報告でして、我々が手を尽くす前に勝手に消えてしまった、というのが本当のところです。
前回の打ち合わせと現場視察の五日後、岩波不動産の中村様より急遽電話連絡がありました。
壁を塗り直す業者を入れたところ、一〇四号室と一〇三号室の壁の間にあったはずのシミは、すっかり跡形もなくなくなっていた、という話です。先ほどやっと現場を拝見できたのですが、確かにシミは消えておりました。移動した様子もなく、パレス西沢の壁のどこにも黒いシミは存在していませんでした。
壁を塗る前に一度刈安様にご足労いただいたのですが、しきりに首を傾げて『特に何も入ってこない』と仰っていました。前回、お呼びした時と同じ反応でしたね。宇兎くんが訴えた『焦げたようなくさいニオイと香水のニオイ』についても、彼はわからないとのことでした。
とりあえずはこれでこの件は終わり、という事になります。
が、先ほど中村様から個人的に伺ったお話を追記させていただきます。これはあくまで知人間の雑談ですが、昨今個人情報の取り扱いは最新の注意を払うべき、と考えますので一部お名前はイニシャルで記載させていただきます。
一〇四号室の住人、Sさんは我々が打ち合わせた日(貴方がライトに宇兎くんを召喚したあの日ですあの件に関しては正直まだ言いたい事がありますので後程ご覚悟ください)の翌日、まるで何かに追いたてられるように引っ越しを済ませたということでした。退去に何も問題もなく、恙なく引っ越しは終了しました。
しかし昨日になって、岩波不動産にSさんの友人を名乗るTさんという人物から、急遽連絡が入ったといいます。
Tさんの要件は、『Sさんから預かっている荷物を返したいが連絡がつかないので引っ越し先を教えてほしい』というものでした。
個人情報の取り扱いは非常にデリケートだ、と先ほど私も申しましたね。勿論、顧客の住所など教えるわけにはいきません。そもそも新しい引っ越し先を手配したのは岩波不動産ではありません。故に新しい引っ越しき先など知るはずもない。まあ、連絡先と保証人の連絡先くらいは調べればわかりますが、勿論勝手に提示するわけにはいかないでしょう。
ごく当たり前にこのあたりの事を丁寧にご説明したところ、連絡先を教えてほしいという件について、割合すぐに諦めてくださったそうです。ただ、預かっていた荷物をどうにか処分してもらえないか、と迫られたという話で、中村様も途方に暮れたと仰っておりました。
住居者の個人的なトラブルですから、岩波不動産は全く関係のない話です。ですが話を聞くにそこまで大量の荷物ではなかったことと、清掃業者にツテがあり安くゴミを回収してもらえるという事情があった為、『保管ではなく処分である』という旨了解していただき、今回だけは、と全居住者の荷物を受け取ったそうです。
一時的に岩波不動産の事務所で預かった荷物は段ボール二箱程度で、中身は服や雑誌やぬいぐるみだったということです。一応危険物やナマモノが入っていたら困りますから、まあ、中身の確認はして当然でしょう。
段ボールは翌日回収の手筈を整え、中村様はごく普通に帰宅したそうなのですが。
翌日、まあつまりは今日ですが、中村様が常のように出勤すると、事務所の二階からバタバタと社長夫妻が降りてきて『早くその荷物を捨ててくれ』と、とんでもない形相で迫ったそうです。
岩波夫妻は事務所の二階を居住区としています。僕も一度ご挨拶したことがありますが、おっとりした気質の昔ながらの『いい人』といった感じの人ですね。そのご夫婦が血相変えて、というか青ざめ震えて早く捨てろ捨てろと怒鳴る。何事かと思ったそうです。
なんでも、ご夫婦は揃っておかしな夢を見たのだとか。それが、『地味な中年の女が自分の家を目指して来る』という非常に気味の悪い夢だったのだと言います。
そして彼らはその夢の原因は、昨日Tさんから預かった荷物の中にあると言ってきかず、結局ゴミ回収業者を急き立てて朝一番で段ボールを処分してしまったそうです。
さて私はこのお話に非常に既視感を感じました。私は不可思議な現象や異界のものとはかなり近しい場所に立っている、という自覚があります。体質もそうですが、仕事もこのような特殊なモノです。体験談は少なくとも、見聞きする話は普通のサラリーマンよりは多いでしょう。
けれど『夢に出てくる地味な顔の中年の女』というのは、なんというか普通の怪談や怖い体験談ではあまり聞かない、地味ゆえのインパクトがありました。
顔面がどろどろで目が落ちくぼんで口から黒い液体をだらだら流している幽霊、なんてものの方が怪談的には多いですからね。
私が感じた既視感について、社長も感じている事と思います。
先月玉城社長の机の上にあった実話怪談本に、同じような話がありましたね。実は相川くん待ちでひどく暇な時間がありまして、適切な暇つぶしも見当たらず仕方なく上司の机の上の書籍を拝借したことがありました。社長は見られては困るものは厳重に隠すタイプだと存じておりますので、机の上のものはオープンな財産だ、と認識しております。
仕事で否応なしに心霊現象に巻き込まれるのに娯楽小説でも怪談を読むのかこの人は、と思いつつ開きましたが中々興味深い内容でした。実話なのか創作なのか、私には判断しかねますが、仕事柄読んでおいて損はないのかもしれない、と考えなおした事はお伝えしておきます。それと、勝手に私物を触った事に関しては謝罪いたします。
話が逸れましたが。要するに私はあの実話怪談の『箱を追いかける中年女』の話がぱっと頭に浮かんだのです。
今となっては、段ボールの中に黒い小さな箱が混ざっていたのか、どうか、知る術はありません。何故自分の荷物をSさんは他人に預けたのか、何故それを放置したまま引っ越したのか、なぜTさんはそんなにも箱を手放したがったのか。正直、私たちがその真相を知ることはできないだろうと思います。
ただ、繋がる事は縁だと仰っている方がいました。玉城社長は、あの人の事をあまり好いていないようですね。まあ、私も得意か苦手かと問われれば大いに苦手ですが。それでも、仕事はきちんとこなす方だと思っています。
というわけで本日私は黒澤鑑定事務所へ個人的に伺おうと思っております。あくまで個人的に、です。岩波夫妻がとにかくゴミを捨てた後も怖がっているということなので、彼らに霊能力者を紹介するという名目です。
繋がる事は縁です。そして、縁は良いものだけとは限りません。
もしこの奇妙な既視感と繋がりが良くないものであるなら、断ち切らなければならないのかもしれませんね。気は進みませんが、放っておくよりはマシでしょう。
一応社長にお伝えしておくのは、もし私に何かあった場合を考えての事です。黒澤探偵事務所に赴く事がいいのか、悪いのか。それは縁を強めることになるのではないか。そんなことは正直私には判断しかねますので、悪い方向に転んだ際は、宇兎くんの事をよろしくおねがいします。
最悪な事に日曜駅まで迎えに行く、と約束してしまいましたので。私が寝込むようなことがあれば、申し訳ありませんが彼の送迎をよろしくお願いします。デリバリー感覚で彼を呼び出しているのは社長なのですから、デリバリー感覚で運転手くらいはしていただいていいのではないかと思います。
というわけで、行ってまいります。何か緊急の用事があればご連絡するかもしれません。ないとは思いますが。
あと鈴木さんからご伝言ですが『山内の屋敷の案件無茶です』だそうです。明日電話が行くかと思いますので直接どうぞ彼女の嘆きを受け止めて差し上げてください。
よろしくお願いいたします。
追伸
デリバリー宇兎くんに関しては前途の通りまだ言い足りない事が山ほどございますのでどうぞ名古屋出張恙なく、健康に、何一つ問題なくご帰宅いただきましてその後、ゆっくりとお話したいと思っています。どうぞよろしくお願いします。
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