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【同人誌冒頭】#虚構怪談
#虚構怪談■弐瓶荻佑
職業柄、謝ることには慣れている。
慣れすぎていて最早空気というか、口癖レベルで吐いてしまう事が多くなった。とはいえ、この時のおれは比較的真面目に、心の底から謝罪の言葉を告げたと思う。
「ほんと、ごめんな……」
いやマジで、他に言葉が出てこない。
ごめんなさい一択だ。
朝からおれたちに振り回されているはずのバイト青年くんはしかし、からっとしたテンションで『え』と首を捻った。
「なんでオギスケさん謝んの?」
「いや……まさかこんな面倒な事になるとは、って感じだし。こんなとこまで連れて来ちまって、挙句このザマっつーか」
「いうてオギスケさんも雇われっしょ? じゃあ俺と立場一緒じゃないっすかぁー」
タブレットを持った青年は気を使って笑うでもなく、ごく普通のテンションでわははと笑う。
マジで『別に何とも思っていない』んだな、というのがストレートに伝わってきて、ありがたさと共にやはり申し訳なさが募った。
椿くんは、先日知り合った、あー……友人? と言ってしまっていいのだろうか。知り合いの知り合いというか、身内の友達というか、職場の関係者の関係者というか……絶妙に遠いわりに、様々なところで微妙に掠っている、妙な縁のある青年だ。
怪談イベントやるからさぁ、ちょっと手伝ってよ。
と、いつものテンションのうすら禿げことウチの社長こと松井さんに声をかけられ、いつも通りなんの疑いもなくへいへいと了解したところまでは良かった。なんならその電話受けた時に一緒にメシ食ってた椿くんに『暇ならバイトする?』と誘った件についても問題はなかった筈だ。
なんか今回、やばくない?
と思い始めるきっかけは、出演者の一人であるイヌホオズキ氏の担当編集、韮咲さんからの電話だった。
それは今朝、マジで唐突にかかってきた。
『あの、すいません、彬書房の韮咲です……はい、はいそうです、あの、実は私が担当している犬縞鬼灯さんが今回、そちらの『恐考怪談』というイベントに参加することになっていまして……。そうです、はい。それで、ディレクターの天海さんとお話していたんですが、犬縞さんの方から撮影場所を変えてほしい、とご希望が……あ、はい、天海さんには、快くご承諾いただきました。それで、地図を送らせていただきますね。あの、犬縞さんは私の方でお送りしますので、弐瓶さんはスタッフさんと、他の出演者さんの方をお願いします』
弱々しい声なのに、言ってる事は相当無茶苦茶だった。
行き当たりばったりの企画に見えるかもしれないが、これでもリハ等一応きちんと考えて準備してきた。急に場所とスケジュールを変えるなんてありえない。
一応天海ディレクターに連絡したものの、朝っぱらすぎて全然繋がらなかった。仕方なく松井社長に言伝て、他のスタッフと椿くんに事情を説明し、さらに鎌屋先生と杜環先生にも電話をかける。
杜環先生に至っては、すでに家を出た後だった。撮影を予定していたスタジオが、打ち合わせをする出版社と目と鼻の先だった為、出版社に寄ってから向かう予定だったのだと言う。妙に遠い山奥の地図を眺め、それだと間に合わないっすね~と頭を抱えていたところ、『少し遅れてもいいなら、自力で行きますよ、運転できますから』と快く承諾されてしまった。
いっそ無理だと騒いでほしかったところだが、杜環先生は人が良すぎるので仕方ないだろう。
結局天海ディレクターの部下である怪談チャンネルのスタッフ二名と、椿くんを乗せて、機材車は山中を目指すことになった。
指定された廃墟は、思いのほか綺麗に残っている一軒家だった。
こういう場所にしては珍しく、らくがきのひとつもない。綺麗すぎて気味が悪い程だったがしかし、一歩足を踏み入れた時のかび臭さと木の腐ったようなじめじめとした臭いが、そこが人の手を離れて随分と放置されていたことを物語る。
息がしにくく、絶妙に頭が痛いが、これは朝から降り続ける雨のせいなのか、それともこの場所のせいなのかわからなかった。……まあ、ちょいちょい視界の端にいろんなもんが映り込むが、我慢できない程ではない。
鎌屋先生と付き添いの男性は、一足先に目的の廃屋に到着していた。途中ですれ違った青いスポーツカーが、彼らの足だったのかもしれない。
家の中にはすでに、犬縞鬼灯とその編集である韮咲女史が待機していた。
犬縞は動画で見たままの尊大な態度の青年で、韮咲さんはうっすらとした、存在感のない女性だ。朝方の押しの強い電話とは随分と印象が違うがしかし、犬縞のスタッフに対する傍若無人かつノンデリな発言を鑑みるに、彼女はただの被害者なのでは……と思えてくる。
むしろ今にも倒れそうな鎌屋先生と、彼を支えながらげらげら笑っている同行者――どう見ても勿部ナガルの顔をしているそいつの方が気になる。いやあれ、勿部ナガルだよなぁ……あの共演NG出しまくりのユーチューバーの……と思うものの、自分から声をかけることも、事情を詮索することもなかった。
今回おれは部外者だ。首を突っ込んであれこれ仕切る立場じゃない。言われたことだけやって、椿くんの世話だけ焼いていればいい。
企画は天海ディレクターのホラーチャンネルのものだし、カメラとか機材運びとか手伝ってきてよという松井社長の軽い一言で派遣されただけだ。なんとあのうすら禿げと天海ディレクターは旧知の仲らしい。
ヤバい奴同士、ひかれあうものがあるのかもしれない。なんとなくやり取りした感じ、天海ディレクターからは何とも言えない役立たず感が漂っている。
もうこの時点で明確に帰りたかったし、すでに二回くらい椿くんには謝っていた。
この時ならまだ、引き返せたのかもしれない。
だがリーダーもおらず、参加者一人不在のままなあなあで始まった撮影は、最悪な形で中断されてしまった。
犬縞鬼灯が一つ目の怪談を語り終えた時、聞き手だった鎌屋先生が唐突にぶっ倒れてしまったのだ。
さすがに、現場は混乱した。
場所は山奥、一応ド田舎とは言い難い場所ではあるが、携帯の電波は心もとない。
時折データや音声をウチの編集部屋宛てに送っているものの、エラーが多く本当に送れてんのかも怪しい状態だ。何度か電話チャレンジをしている杜環先生にも、何故か一向に繋がらない。
慌てたスタッフの子が『救急車呼んだ方がいいんでしょうか』と、何故かおれに聞いてくる。若いADモドキのような二人はまだ二十代前半で、よく考えなくてもおれが一番年上だ。
椅子を三つ繋げた上でぐったりと横になる鎌屋先生をちらりと確認する。一応意識はある様子だが、どう見ても無視の息だ。
部外者なんで……とは言ってられない状況だった。出演者にとっておれは間違いなく主催者側の人間だし、こういう事態に一番慣れているのもまた、おれだった。
「あー……とりあえず吐いてはないんすよね? 鎌屋先生、手足がしびれるとかすげー頭いたいとか、そういう感じありますか?」
「………………」
息も絶え絶えの男性は、ぎりぎりわかる程度の弱々しさで頭を横に振る。
大病というよりは、シンプルに具合が悪いだけにも見える。しかし素人判断で放置するわけにもいかない。
結局救急車を呼ぼうということになったが、なんと肝心な時にやはり電話がつながらなかった。だから山なんか嫌いなんだよ、本当に勘弁しろと切に思う。
結局、怪談会スタッフの二人が車で山を降り、電波が繋がるところで救急車を呼ぶ算段になった。
鎌屋先生を直接病院に連れてったほうがいいんじゃ? という案も一瞬出たが、先生自体がその提案を弱々しく断った。
まあ、原因不明でぶっ倒れた人間をむやみに動かすというのも怖い。それにあれこれといろんなもんがぶち込まれているウチのミニバンは、人が横になれるようなスペースが確保できるか怪しかった。
不安そうな若手の背中を叩いて送り出し、廃墟の中に戻る。
それじゃちょっと申し訳ないけど車戻ってくるまで待機で……と告げたおれに、何故か異を唱えたヤツが一人いた。
「えーーー。それって撮影中止ってことっすかぁ?」
ふてくされた声を上げたのは、悠々と椅子に腰かけたままの、犬縞鬼灯だ。
「せっかくここまで来たのに、うそでしょ。ていうかいい感じのアクシデントってやつじゃないですかぁ? 心スポで具合悪くなるーとか、あるあるでしょ」
「……いや、さすがに、このまま続けるわけにはいかないですよ。杜環先生も連絡つかないし」
「でも僕は元気っすよ? 全然まだまだやれますよー!」
「語り手は犬縞さんだけじゃないっすか。一人で怪談会続けるつもりなんですか?」
「いやいや、いるじゃーん。うってつけの適任者がさぁ、そこに」
そこに。
そう言って犬縞が指をさす。
その先にはのっそりと鎌屋平良の後ろに立つ、無表情のでかい男がいた。
「……いや、あの人は……」
「だって怪談、語れるじゃん。アイツ、勿部ナガルだよ?」
――勿部ナガル。
自己紹介されたわけじゃないし、出演者のリストに名前もない。しかし『鎌屋平良の同行者』としてこの場に存在している彼は確かに、誰がどう見ても勿部ナガルだ。勿論おれは、勿部ナガルの事を知識として知っているし、こいつが共演NG出しまくっている要注意怪談師であることも知っている。
聞く人間を選ぶ怪談師・犬縞鬼灯と、誰も共演したがらない狂気の怪談師・勿部ナガル。
この二人の一対一の怪談会。
……いや、まあ、そりゃみんなそういうの好きなんじゃないの、と思うよ。正直見てみたい、と思わなくもない。しかし、そんなものをおれの独断で決行するわけにはいかない。
無理に決まってんだろ馬鹿なのか。の一言を、上手い事オブラートにつつむ方法を画策していると、今まで鎌屋先生以外とは一切会話をしなかった男が、ぱかりと口を開いた。
勿部ナガルはなんというか――すべてのパーツが無駄にでかい。横に長い口もその例外ではなく、まるでアメリカ産のパペットのように気持ち悪い程綺麗にでかく口が開く。
「怪談、語っていいの?」
そしてがくん、と首が落ちそうな勢いで傾げる。それはコケティッシュを通り越して、普通に不気味な仕草だ。無表情だった顔には、いつのまにかうっすらと狂気的な笑顔が浮かんでいる。
「ほんとうはさぁ、面倒くさいこと嫌いなんだよねぇー。でもまぁ、『お願い』されたから、仕方ないかぁ。ね、タイラさーん、おれ喋っちゃっていいんでしょ? は? なに? え、わかってるってば、おれ嘘も約束破るのも嫌いだからー」
いや、勝手に決められると困る――そう言いかけたおれと、勿部ナガルの視線がバチッと重なった。
「………………」
しばらくじっと見つめられ、怪物に睨まれた獲物のように動けなくなった。
視線が外された時、思わず息を吐く。
勿部ナガルはゆっくりと、部屋の中の全員を眺めた。まるで、初めてそこで鎌屋平良以外の人間を認識したかのように。
「……あ、これちょっと面倒かも。タイラさん、やっぱさっき帰ったほうが良かったかもねぇ、わはは」
笑う度に、狂気が増す。うなじのあたりが、妙にぴりぴりとした。
さすがの犬縞も、急にご機嫌に話し始めた勿部ナガルの様子に呆気に取られている。しかし気を取り直したように犬縞が口を開こうとした時、ぐるん、と勢いをつけて勿部ナガルが身体の向きを変える。
犬縞の方ではなく、おれと椿くんの方に。
「語るのは構わないんだけどね、タイラさんのご要望だし。でもさぁ、おれの怪談ってちょっと面倒なんだよね。下準備が必要なわけ。いま、この状況をどうにかしたいなら、この場所の怪談を知らないといけない」
「…………何を、言って、」
「きみたち、どっちも目が良いみたい。説明するの面倒くさいから、ちょっと見ててよ。これは知り合いの作家の話なんだけどさぁ」
そうしてその場に立ったまま、勿部ナガルはおれと椿くんに向かって唐突に怪談を語り始めた。
あまりにも突然すぎて、何が起こっているのかさっぱりわからない。それは全員同じだったらしく、あの犬縞すらも口を半開きにして唖然としていた。
それはとある作家の半生の話だった。
生まれた時から家に『ママ』がいる。それは母親とは別の存在だ。この世に未練を残して死んだ隣人の女から、理不尽に呪われた一家。死んで尚救われない父親、命を少しずつ削る母親。それは、彼の人生にふりかかる呪いのような霊障だ。
「その人、今でもその家に住んでるんだけどね」
笑う男がそう言った時、彼の後ろの壁が蠢いた。
思わずそちらに視線が飛ぶ。ちらりと見てから『しまった、アレは、普通なら見えないものだったのかもしれない』と後悔する。おれと椿くんはうっかり反応してしまったが、犬縞がそれを気にするような素振りはない。
「家から出ようとしても、女は追いかけてくるんだって。気合の入ったストーカーっぷりだよねぇ。仕方ないから今は、同居人を募ってさ、どうにか自分に降りかかる呪いを薄めようと必死に抵抗してるらしいよ」
おれの視線が、今度は椅子の上で横になっている鎌屋先生の方に飛ぶ。
無視をしたかったが無理だった。あまりにもはっきりと、鎌屋先生を覗き込む背の高い女の姿が見えた。
この話の主役、つまり『呪われた作家』とはまさか、鎌屋先生の事なのだろうか。じゃあ、あの先生の顔をぐうう、と覗き込んで笑っている女が――。
「そのはた迷惑な女の幽霊の名前はね、キシワダトワコって言うんだってさ」
おしまい。
そう言った勿部ナガルが、鎌屋先生の上に何かを振りまく。キラキラと光る、白い粉――あれは、塩か?
その瞬間、ふっと女の姿が消えた。
おれは……おれは一体、どんな顔をしていただろう。怪訝? 呆気? それとも、興奮していただろうか。隣に立つ椿くんも、鎌屋先生の方を見て呆然としていた。勿論彼にも、あの女が見えていたのだろう。
おれたち二人の反応を満足そうに眺めた勿部ナガルは、ひどく嬉しそうに、うははと笑う。
「やっぱりきみたち、思ってたとおり、目が良いね。おれ、今回ちょっと運がいいかもー。てわけで、どっちか手伝ってほしいんだよねー」
「どっちかって、えっ、何……」
「おにーさんは、あー……神事? 関係? かなぁ。おれ神様系とは相性悪いんだよね。そっちのきみは、」
ナガルの視線が椿くんに固定される。人は笑う時、目を細める。それなのに勿部ナガルは、最大限に目を見開き、ひどく嬉しそうに笑った。
「わはは、いいね! きみ、すごく、目が良い! それに、丈夫だ!」
やばい、終わった。
ただでさえハプニング目白押しだったというのに、本当に最悪なものを引き当てた、そう思う。
ヤバいヤツが、一番巻き込んだらヤバい子に目をつけた。その瞬間だった。
「いや、手が必要なら、おれが、」
思わず庇うように前に出る。しかし、勿部ナガルはもうおれの方を見もしない。
「え、いいよ、この人に決めたから。ていうかおにーさんさぁ、その体質だと結構この場所きつくない?」
地味目な体調不良を暗に言い当てられ、またもや動揺してしまう。おれは気にしないふりに関しては、それなりにうまい筈なのに。なんでバレたんだ。いや、こいつだからバレたのか?
「…………そんなことは」
「丁度いいや、タイラさんの看病でもしててよ、置きっぱなしにすんのもちょっと不安じゃん? ちょっとお家探索してくるだけだからさ。そっちのきみはおれのお手伝いねー。おれさぁ、残念ながら目はそんなに良くないんだよねー」
「え、あ、はいっ」
いやいやいや。なに馬鹿素直に返事してんの、椿くん。
後で怒られるのはきみだし、きっとおれも一緒に怒られるに違いない。きみの後ろには誰が居ると思ってんだよ、呪い屋だぞ。
離すものかという気持ちで彼の腕をガッと掴む。しかし、振り向いた椿くんは苦笑するばかりだ。
「……オギスケさん、具合悪いんしょ? さすがにオギスケさんまでぶっ倒れたらやべーから、マジで休んでた方がいいと思う」
「でも」
「あと、わりと切羽詰まってると思うんすよね。早めに動いた方がよさそう、っつーか、打てる手は打っといたほうがいいんじゃ? っていうか」
そう言った椿くんは、犬縞には聞こえないような小声で、『たぶんここ、孤立してますよ』と囁いた。
……いやいや。
いやいやいや、何言ってんの、きみ、と……突っ込みたいがふと、何度かけても通話音すら聞こえなかった119番を思い出す。
「…………まじで……?」
「実はさっきからちょいちょいくろゆりさんに連絡試みてるんですけど、一切繋がらないんすよね。あの人からレスポンス無い時って、大体どっちかがヤバい時っす。こっちか、あっちの、どっちか。んで、たぶん今回は『こっち』がやべー方でしょ」
「…………まじかよ……じゃあ、さっき車で出てった子たちは……」
「……ちゃんと山から出れてたらいいっすよね」
頭が痛いどころの話じゃない。いよいよ、ガチで人命が関わってきやがった。なんなら己の命も危うい気がしてくる。
「オギスケさんも見たっしょ、さっきの、えーと……除霊? なのか? あれ。この人たぶんめっちゃ変な人だけど、悪意があるようには思えないし、たぶん一番どうにかしてくれそうだと俺は思う」
「それは、まあ、そう……そうか……?」
「あっちの人に頼みます?」
そう言った椿くんが視線だけで暇そうに足をぶらぶらしている犬縞を指す。後ろの韮咲さんが何かしら話しかけているが、相変わらずDV彼氏仕草で生返事をしていた。いや……あれはマジでただの馬鹿だろう、と信じ切っているのでおれは、もう本当に仕方なく、椿くんの腕を離す決意を固めた。
最悪な二択だ。だが霊感はあれど除霊なんぞ微塵もできないおれは、他人に――勿部ナガルに頼るほかない。
この決断が最善だったのかどうか、あまりにも悩みすぎて胃が痛くなる程だ。
「え、何? なになに、怪談会続行じゃないの? 次僕の番的な感じなんじゃ?」
一人で乗り気な犬縞と一緒に置いていかれるの嫌だな、と思うものの、確かに鎌屋先生を置きっぱなしにするわけにはいかない。
爽やかに振り向いた椿くんは、
「さーせん、ちょっとトイレ休憩っす!」
と晴れやかすぎる笑顔で告げ、颯爽と勿部ナガルの背中を押して出て行った。尚、勿論この廃墟のトイレなどすでに使用できない状態だ。尿意を催した場合は、外で致す他ない。だから廃墟は嫌なんだよ。つか男はいいが、女はマジでどうすんだよ……。そういうところを考えていない天海ディレクターへの怨嗟が間接的に徐々にチリツモしていくばかりだ。
こうして、部屋の中にはおれと鎌屋先生と犬縞と韮咲さん、この四人が残された。
……少し、気が抜ける。
その瞬間、気づかないふりをしていた体調不良がどっと体にのしかかった。
地面に直で座り込む。はーっと息を吐くと、すぐ隣にあった鎌屋先生の頭が少しだけ身じろいだ。
「……先生、大丈夫っすか? 水とかいります?」
「…………おと……」
「ん?」
「おと、しませんか…………?」
うん。……そういやこの人、暫定さっきの女に一生呪われている作家だったっけ。
幽霊やら神仏やらに囲まれている人間は、どうしてか霊感が強くなる、とおれは推測している。例えばくろゆりさんの近くにいる椿くんとか、たとえば『はなめ』に憑かれている更くんとか。
きっと鎌屋先生も、望まない霊感を持ち合わせているのだろう。
もうどうにでもなれ、と思い、普段は知らないふりをしているすべてを一度受け入れる。知らないふりが得意すぎるおれは、事実を口に出すときに少し、躊躇してしまう。それは基本、おれにしか見えていない、聞こえていないものだからだ。
「あー。音ってどっちです? なんかギシギシいってる方? それとも、ドンッ、ってうるさい方?」
おれの言葉に、ひどく息がし辛そうな鎌屋先生は小さな声で『どっちも』と呟いた。
見える人、感じる人というものは、実のところ希少な同士だ。
こんなところで出会いたくなかったなーと思いながら、さっきまで撮っていた映像を暇つぶしがてら再生しようとして、五秒で止めて電源を落とす。
その映像の中には、音に加えて、カメラの前で正座している白い服の女がばっちり映っていた。
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■2025.10.12 J.GARDEN58で発行した同人誌の一部です。BOOTHで頒布してます。
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