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ウサギさんと怪しいおクスリ
「理くん、ちょっといいかな」
「嫌です」
ノックもなくいきなりドアを開けるなり誉先生が胡散臭い笑みとともにそう言ったので即座に否定した。
大体この人がちゃんと名前で呼んでくる時はろくなことが無いんだ。
というかそもそもドアには鍵をかけていたのにどうやって開けたんだこの人。
「例の薬が出来たんだけどさ」
一方で、誉先生は俺の言うことなんて完全無視で無神経に部屋の中に入ってくる。
仕方なく動画編集の手を止めて顔を上げると、彼は胸ポケットから薬包を取り出した。
「例の薬?」
「あれ、お義父さんから聞いてない?」
「聞いてないですね」
「全く、ひろッピもうっかりしてるなあ。
ほら、君のパートナーの翔くん。
前に学くん、バイト先の先輩だったんだってね、に、催眠掛けられて幼児退行してる間に開発されちゃった事件あったでしょ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
唐突且つ情報量が多すぎて理解が追いつかない。
「そもそもですが、何でその話、貴方が知ってるんですか」
「ん?満から聞いたよ。
吉高満は知ってるよね?君と玲くんの出身中学で
保健医をしてたでしょ。
でね、満は学くんのお兄さんなんだよね」
「はい、知ってますけど……。
誉先生は満先生と知り合いなんですか」
「うん、元彼」
駄目だ、一つずつつっこんてたら話が進まない。
俺は諦めて本題以外はスルーしようと心に決める。
「いや仮にそうだとして、お兄さんが何でそんな弟の犯罪の話を貴方にするんですが。
普通そういうの隠すでしょう」
「犯罪ってほどじゃなくない?普通やるよね」
「普通やりません、倫理観どうなってるんですかあなた」
というか、その事件のせいで翔さんはタチが出来なくなってしまって、俺がどれだけ落ち込んでるか知ってるくせによく平気で抉ってくるな。
このサイコパスが。
「でね、そこから着想を得て、気軽に服薬者の精神を退行させられる薬を開発したんだよね」
「そんなとこから着想を得ないで下さい。
って、え?何を作ったって?」
「気軽に服薬者の精神を退行させられる薬」
「気軽に退行させちゃ駄目でしょ。
というか何てもん作ったんですか、犯罪ですよ」
「失礼だなあ。
トラウマ療法の一環として、催眠治療は認知されているし、その中でも退行催眠はトラウマの原因を探るのにも効果的なんだ。
ただ、現時点ではリラクゼーションの域を出ないというか、やっぱり施術者の実力や、施術者と被施術者の信頼関係とかでぶれちゃって効果が安定しないんだよね」
「つまり効果の出方が人によるってことですね」
「そう。君は聡いから理解が早くて助かるよ。
で、この薬によって、誰でも確実に、そして的確に治療を進められるようになるってわけ」
「……念の為に聞きますけど、認可取れたんですか?」
「ん?なにそれ、そんなの必要?」
「いや、必要でしょ。倫理観どうなってるんですか」
ああ、こんなのが我が国の脳神経外科学会の有望株だとかマジで終わってる。
録音しておいて雑誌社にでもタレコミでもすれば社会貢献になるなと本気で思う。
誉先生はそこまで話すと顎をしゃくる。
来いということだ。
どうしようかと思ったが、誉さんの背後の天井から義父のサムズアップがニュッと逆さに出てきたので諦めて付いていくことにした。
歩きながら、俺は誉先生に念の為聞いてみる。
それがやぶ蛇だとはわかっているが、良心から聞かずにはいられなかった。
「しかも薬が"出来た"って言ってましたけど…」
「うん、動物実験で十分効果が確認できたよ」
「その動物には、人間も含まれますか」
「ふふ、ウサギさんまでだよ」
その一言に嫌な予感がした。
彼が向かっている先も、撮影用の部屋の方だし。
誉先生は、マンションとプレートがついた部屋の前で止まった。
「で、今まさにそのウサギさんが治験中なんだけど…」
そして、そう言いながらゆっくりドアを開いて中に入る。
気が進まなかったがあとに続くと、グスングスンと鼻を啜る音が聞こえた。
姿は見えないが、間違いなくあの白い人、カイさんの声だ。
部屋の中に入った瞬間、俺の背後からベッドに向けて強いライトが照射された。
あまりにも強い光だったので一瞬何のことかと思ったが、特に何でもなさそうなので撮影用かと思い直して一旦無視することにする。
「カイ、出ておいで」
「…っ、ほまれ!」
誉先生がまるでペットにそうするように声をかけると、ソファーの裏からヒョコと白い頭が現れた。
「おや、泣いちゃったの?
ちょっと待っててって言ったでしょ」
「誉、おそい、から…っ」
彼はそう言うと、その場でウワンと泣き出す。
「遅いって、たった5分くらいだったよ」
「だってオレここ知らないし、眼鏡もないし、こわいし」
「……困ったウサギさんだね」
「オレちゃんと待ってたのに、誉ぜんぜん褒めてくれないし!」
「わかったよ、そうだね。
良い子に待てたね、お利口さんだったよ」
いやカイさん、こいつも大概様子が大変おかしい。
基本的にカイさんは誉先生を毛嫌いしている。
それは自分が誉先生に一番愛されてると思ってたのに、別の人と結婚したからという非常に女々しいと言うか、正直どうでもいい理由だったはずだ。
なのにこんな駆け寄って、抱きついて、イイコイイコしてもらってニコニコの笑顔になってるとかなんかもう悪い夢でも見てるんじゃないかってくらい気持ち悪い。あと本当にどうでもいい。
「ま、理くん、こういうことだよ」
「いやどういうことだよ」
思わず素の言葉が出てしまったが、誉先生は気にせずベッドに腰を下ろし、膝に乗せたカイさんの頭を愛おしそうに撫でながら続ける。
「このウサギさんに例のアレを投与した結果、見事に俺が好きで好きでたまらなくてちょっと性に興味を持ったばかり且つメンタル的には処女の頃の15歳カイくんを再現できました」
「誉、何言ってんの?」
いやホント何言ってんのこの人。
今回ばかりはカイさん(15歳?)と同意見だ。
というか、この人はカイさんが15歳のときから執着してるってこと?
普通に気持ち悪いし、なんだか聞いているだけで頭が痛くなってきた。
「でね、この薬のスポンサー様に還元をしなくてはいけなくてさ」
なるほど、話が読めてきたぞ。
俄に嫌な予感がする。
「最高のNTRを撮りたいっていうオーダーに応えなければならないんだ、僕たち」
そして、まさに予感的中だ。
「いや俺は無関係でしょ」
「それでね、段取りなんだけど」
「頼むから俺の話を聞いてもらえますか?」
「聞かないよ」
「とうとう聞かないってハッキリ言っちゃったよこの人」
「とりあえずカイは可愛いお耳を塞いで待っててね」
「??、わかった」
カイさんが素直にそれに従うことにまず驚いた。
普段のカイさんなら誉先生が左を向けと言っても右を向くレベルで言うことを聞かないから、薬による退行というのは本当なのだろうか。
「ま、簡単なんだけど。
理くんとカイのセックスから、僕も入って3Pの流れだよ。カイは当時処女だからそれを踏まえて攻めてね。あ、ちなみに当時僕がいつも眠らせて勝手に開発してたからフィジカル的には非処女だよ。だから、15歳のカイでも信じられないくらい感じると思うよ。
心に決めた僕以外に抱かれる嫌悪感と恐怖心、そして処女特有の恥じらいと、その割に貪欲に快楽堕ちしちゃうところが見どころの一つだね」
カイさんオタクが早口でごちゃごちゃ言っているが、そもそも誉先生とカイさんと絡むなんて絶対やりたくない。
絶対断ってやる。
そう心に決めて口を開く前に、誉先生は先手を打ってきた。
「そういえば、翔くんは学くんに開発されたせいで君を抱けなくなっちゃったんだよね。
ちなみにだけど、この薬を使って雌の快楽を知る前に戻したらどうなると思う?」
「なっ」
誉先生は悪い顔で笑む。
「まあ、聡い君ならこれ以上言わなくてもわかるよね?」
勿論だ、というか話を聞いている途中からそう思っちゃっていた。
そうしたら、もしかして、先輩、俺のこと抱けちゃったりするのかなって…。
「き、汚いですよ」
「そう?君は願いが叶う、僕は治験数を増やせる、WIN WINだと思うけど」
「だ、大体、そんな怪しい薬を大事な先輩に飲ませられる訳無いでしょう」
この返しは頭に浮かんだいけない自分の欲を制するためでもあったが、誉先生はそれを易易と打ち砕いてくる。
「自慢じゃないけど、カイは血圧、血糖値、尿酸値、肝機能、コレステロール、心臓に肺、上振れか下振れかはあるけれど、全ての数値は大幅にNG。更に持病の先天性白皮症で免疫不全、喘息持ちで検体としては超ハイリスク。
そんな彼に半年間、15回に渡り本薬を投与したけれど、特に大きな副作用は見られていない。
翔くんはこの前勝手に調べたけど、大きな花丸をつけてあげたいくらいの健康優良児だね。
しかも十分に若い。
ま、所見は問題ないと断言するよ」
「勝手に調べないでくださいよ。
というか好きな人がそんなハイリスクだってわかっててよくそんな怪しい薬を投与しますね。
モラル死にすぎじゃないですか?」
「ま、どんな状況になっても僕、絶対治せちゃうし。それに苦しんでるカイもなかなかいいもんだよ」
「最低だ…」
「愛する人を守るためには、時には最低な男になる覚悟も必要だよ、理くん」
「いやいい話みたいにまとめないでくれます?
普通にかなりやばいレベルで最低ですよ?」
よし、やっぱりこいつは怪しい。
ものすごく惜しいけど今回は諦めて他の手を模索しよう。
そう思った時、今度は天井の隅っこからカメラが降りてきた。
お義父さんだ。
うるせえゴチャゴチャ言わずに何でもいいからやれ、という意思表示だ。
「……………わかりました」
非常に不本意だが、お義父さんには逆らえない俺だ。
肩を落としてそう応えると、誉先生はニッコリと笑って言った。
「君ならそう言ってくれると思ったよ。
あ、そうそう、カイにはオプションサービスで、君のことを事前に刷り込んでおいたからね」
「は?」
誉先生は左手人差し指を立てて続ける。
「理くんが君のお兄さんだよって」
つまり、兄(俺?)✕弟(カイさん)NTRからの、彼氏(予定、誉先生)乱入でおしおきセックス?
「ややこしいですね」
「ちなみに、お兄さんの名前は航だよ」
俺はげっそりと肩を落とした。
もうこんな生活、本当にやめたい。
心からやめたい、そう思った。
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