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おけいこ(カイ&ユノ)
会議が長引き、午後の訓練に遅れてしまった。キャロルはため息をつきながら、城内の演習場へと向かう。
陰鬱な気持ちを切り替えるため、早く体を動かしたい。そう思った矢先、
「副隊長!」
そう向こうから血相を変えて駆けてきた若手隊員の顔がキャロルの気持ちをより陰鬱なものにさせた。
「あいつらがまた!
もう、副隊長、何とかして下さい」
そして彼から続いた言葉にキャロルは二度目の大きなため息をついた。
それは、まるで鳥のように軽やかに空へと舞い上がった。
その銀色の髪が高い陽の光を受けてキラキラと光る様はあまりにも美しく、神々しい。
……が。
その瞬間、彼はいつも小脇に抱えているクマのぬいぐるみを大きく振りかぶった。
次いで頭部が2つに割れて、クマの口がグワリと大きく開かれる。その口内は深淵のように黒く、むき出しになった大きな牙がキラリと光らせると、頭だけがブクブクと膨らみ、物凄いスピードで地上の方へと食らいついていく。その口から血に飢えた獣のように滴る体液は、腐った血液のようにどす黒くて、赤い。
その持ち主である銀髪の青年、ユーノは半ばクマに引っ張られ滑落しながら、左手の剣を構える。それが落とす視線の先は、彼の主であるカイだ。自身の溢れ出す魔力に真っ白な髪を揺らしながら、声を張り上げる。
「だから上に逃げんなって。
いつも言ってんだろ、バーカ!」
そして彼は煙草をくわえたまま、ユーノの着地をまたずフワリと浮いた。
同時に迫ってくるクマの口にめがけて右手を振り上げる。
ガブリ、という音とともにクマはカイの腕に食らいついた。その白い腕を牙が捉え、血しぶきを上げる。腕から流れた大量の血液は、その足先を伝って直ぐに大地に血溜まりを作った。
そしてユーノは捕らえた主をめがけて、構えていた剣を振り下ろした。
甲高い音が響く、剣はカイが張った結界を破れない。
「!」
ユーノが体勢を崩した僅かな隙を捕らえ、カイは左手でユーノの首を掴んで絞め上げた。
ユーノは足をジタバタとさせて抵抗していたが、やがて動きを止めた。
一方で、やっと開いた青い瞳でカイを睨みつけている。カイもまた赤い瞳でそんなユーノを見つめている。
しかし、その間もカイからは血は流れ続けている。クマの牙の合間から時折見えるズタズタの腕は、骨がむき出しでまさに皮一枚で繋がっている、そんな状態だ。
取り囲む騎士団員たちが、ヒッと息を呑む
しかし当の本人であるカイは全く意に解する様子も無く、
「上じゃもう他に逃げ場ねーんだよお前は。
飛べねーんだから」
と、なんてことのないようにそう言い聞かせた。が、その瞬間、首を掴まれ宙に浮いたままユーノは身を大きくよじる。
そして次の瞬間には、カイの脇腹めがけてそれを振り下ろした。
肉と骨が潰れる音と同時に、カイの脇腹から大きく出血する。
しかし彼は動じない。変わらずユーノを締め上げたまま赤い瞳を細めた。
「う、うう」
ユーノは苦痛に顔を歪めながらも、剣を推し進めようとするがあまりにも体勢が悪くそこから先には一向に進まない。
「おい、これが稽古だって?」
「殺し合いの間違いだろう」
2人を取り囲んでいた聴衆がざわつき始める。
キャロルもあまりの惨劇を前に気分が悪くなってきた。何が稽古だ、下手をしたら訓練で死人が出る。そう思い2人を止めようと一歩出ると、それを手で制する者があった。騎士団長、アースである。
彼はキャロルにゆっくり首を横に振って見せる。だからキャロルは息を呑んで2人を改めて見た。するとその瞬間、カイの右手に装着された魔道具の赤い石が強く発光した。
壮絶な衝撃波とともに、ユーノの体が後方に吹っ飛ぶ。ユーノが地面が強く地面に叩きつけられて、ボールのように三回バウンドしたのを見届けて、カイは静かに地に降り立った。
同時に聴衆の誰かが悲鳴を上げた。
カイの腕の肘から下が綺麗に無くなっていたからだ。見やれば、倒れたユーノの横でまだジタバタと暴れているクマの口からその先がはみ出ている。
くわえられたままの部位はモグモグと咀嚼しているように見えるが、大丈夫だろうか。
キャロルが息を呑んだ所で、ゆっくりと聴衆から歩み出たのはアース騎士団長だった。
彼は元々騎士団長を務めていたのだが、内戦に巻き込まれこのカイが率いる魔族軍の捕虜となり、この度の協定を経て復職した。異色の経歴を持つだけあって、彼の肝の座り方はマトモではない。
ちなみに魔族軍においてこのユーノの教育係を務めていたそうで、2人はまるで親子のように仲が良い。
「これは返してね」
ユーノの横で膝をついた彼は、獰猛なクマに向かい穏やか言う。するとクマは咀嚼をやめ、ペッとそれを吐き出した。同時にその頭がしゅるしゅると小さくなり、瞬く間に元のクマのぬいぐるみに姿を戻す。
アースは次にユーノを起こしてやりながら、
「カイ様が言う通りちょっと詰めが甘かったね。大丈夫かな?」
と、優しく声を掛ける。
「うう……。まだ、できる」
「うーん、その怪我じゃ無理かな。
多分肋が逝ってる。
肺に刺さったら流石の君でも大ごとだよ」
「やだ、やだ、まだやる」
「後で俺が稽古つけてあげるから。
また次に頑張ろうね」
「やだ、やだ、できる」
「ま、今日はこれで終いだな。
あの司祭に直してもらえ」
「うわああん」
「泣くな、男の子だろう」
ユーノの横に立ったカイは腕をアースから受け取りながらそう言い聞かせる。
納得がいかないユーノはイヤイヤをしていたが、カイに頭を撫でてもらううちにやがておとなしくなった。
その間、破れた服の隙間からカイの脇腹の出血が止み傷がふさがっていく様子がよく見えた。
カイは息を呑む聴衆をちらりと見た後、慣れた手つきで千切れた右腕を残った上腕に押ししつけた。3秒程そうした後手を離すと、しっかり繋がっている。さらに5秒程待つと指先が動き、10秒待てば外傷が消え元通りである。
「あした、また、けいこしてくれる?」
ユーノがべそをかきながら、カイにそう問う。まるで子どもが甘えているような口調だった。
「明日から暫くアッチに帰るから、その後だな。そんなに膨れるな。
コッチに戻ったらやってやるよ」
「ううう」
「よかったね。
カイ様が帰ってくるまで、また一緒に練習しとこうね」
「ううー…」
そして本当に何事もなかったかのように。
先ほどの惨劇が嘘のように始まった穏やかなやり取りの一方でキャロルはじめ団員たちは戦慄した。
ああ、目の前に居るのは人に見えるが、やはり"化け物"なのだと改めて実感する。
こんなのとマトモに戦って勝てるはずがない。
ましてや、協定の通り共生するなんて無理だ、絶対。キャロルは確信する。
「カイ、全く君はもう、何をしてるの」
するとその時、向こうから声が響いた。
さっと聴衆がサッと2つに割れる。その先に居たのは、国王であるルイスである。
突然の陛下のお出ましに、団員全てが慌てて膝をついた。
彼はその間を足早に通り、真っ先にカイの前に立った。カイはそれを辟易とした顔で見上げながら煙草を吐き捨てる。
「え、血?すごい量じゃないか。
どういうこと?」
「そこのバカに稽古つけてやってたんだよ」
カイは新たな煙草を咥え直しながら横を向く。
「こら、また大切な子にそんな言い方をして……。って、稽古?
殺し合いの間違いではなく?」
「そ、稽古。うるせえな、どけ」
「その上着……また君は自分の身を顧みない戦い方をしたね」
「別にテメェが痛いわけじゃねーんだから、関係ないだろ」
「痛いって言ったよね。
見てるだけで、僕が痛い」
「そんなわけあるか。気のせいの極み。
あーもう、うるせえ、お前らも何見てんだよ、見せもんじゃねーんだよ。散れ、殺すぞ」
「カイ!」
キャロルが一番腑に落ちないのは、この暴虐武人な魔族に異常に甘い国王の態度。
彼が元人間で、国王と旧知の仲であることは知らされているが、それにしたってあまりにも……。
「ちょうどよかった。
陛下のお言葉通り、今の隙に散ろう」
するといつの間にかやんやと言い争いを始めた2人の間からユーノを抱いて抜けてきたアースが声を潜めキャロルに言う。
「こっちに火の粉が飛んでくると面倒だからね。ほら、みんな持ち場に戻った、戻った」
「アース、いたいぃ」
「そうだね、ダルのところに行こう。
キャロル、お願いしていいかい」
「えっ、俺ですか?」
「俺、この後君のお兄さんに呼ばれてるんだよ。この前カイ様が半壊させた商店街の件でね。
あ、君がかわりにそっちに行ってくれても全然構わないけど」
「いえ、ユーノの方でお願いします……」
キャロルは当たり前のように手を伸ばしてきた大きな子供を引き取って、またため息をついた。
キャロルの陰鬱な気持ちは、このキワモノたちに囲まれているうちは、一向に晴れなそうだ。
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