35 / 72

放課後デート

 買い物に付き合ってと言われて、向かった先は画材店だった。  そこの入口に尾沢兄が立っていて、どうしているんだと総一さんを見た。 「冬弥とはここで待ち合わせしていたんだ」  なんだ、デートじゃなかったのかよって、何考えてんだ、俺。 「拗ねるな、田中」  口元は手で隠れているが、目はおもいきり笑ってる。面白がりやがって。 「すねてねぇし。尾沢さんがいるって聞いてなかっただけだ」 「そうだったな、言うのを忘れていた」  デートに浮かれていたと、耳元に甘い声で囁かれて、俺はビクッと肩を震わせる。 「な、なっ」  耳を押さえながら顔を離すと、総一さんの目と合って、顔があつくなってくる。 「ちょっと、俺もいるんだけど」 「そうだったな」  やべぇよ、総一さん、気になる相手に対して、いつもそんななの?  尾沢兄のこと、なんでいるんだと思っていたけれど、ここにいてくれてよかった。  中に入ろうと総一さんが俺らを促す。そして、 「どうしても二人と一緒に来たかったんだ」  着いてくるように言われて、後に続く。 「そろそろ、はじめようかと思って」  それを聞いて尾沢兄が嬉しそうな顔をし、背中を軽く叩く。 「そうか、描く気になったか」 「あぁ。あの時、冬弥が心を救ってくれた。そして秀次は描きたいという気持ちにさせてくれた」  尾沢兄は納得だが、俺は何もしていない。 「俺は何も」  ここにいる資格はないと呟くと、 「いや、お前はいるべきだ、田中」  尾沢兄が俺の背中を強く叩く。 「痛ぇよ」  乱暴な励まし方だけど、嬉しいよ。 「冬弥、そして秀次、付き合ってくれてありがとうな」  総一さんが真っ白なキャンバスを手にする。  よかったな、ほんとうに。その瞬間、俺の目頭が熱くなる。 「泣くなよ、田中」  という尾沢兄の方が泣きそうだと思う。 「アンタこそな」 「アンタじゃねぇよ。冬弥さんと呼べ、秀次」  呼び方が田中から秀次とかわる。なんか、認められた感じがして少し照れくさい。 「は、尾沢兄で充分だろ」  と憎まれ口をたたき、そして尾沢兄ではなく冬弥さんと口にした。 「お前ら、俺の前でイチャつくな」  俺を抱き寄せて自分の方へと引っ張った。 「ちょっと、総一さん」 「総一君たら、嫉妬深いんだからぁ」  指で身体を突く冬弥さんに、総一さんの強烈なデコピンがさく裂した。  ひぃ、あれは絶対に痛いやつ。  額を押さえたまま動かない冬弥さんに、総一さんは放っておいて俺の肩に腕を回した。

ともだちにシェアしよう!