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第3話

 しんしんと雪が降り積もる。 格子窓から見える社の屋根からはつららが幾つも確認できる。 それ程までに寒いのに、少年は震える事もなく、ただ見つめて居た。降り積もる白をただ静かに。 「よく降る雪だね」  赤い髪の鬼が嗤う。少年はまた床へと視線を落とし、自分の傍にある白い物に目を向けた。 「もう百年ほどになるか…お前がここに封印されてから。母の事は、……人間の事は、嫌いになっていないかい?」  その問いかけも、少年には答える術はない。赤い鬼へと視線を戻し、けれど直ぐにうな垂れながら瞼を閉じる。  ――――梁が軋む。  百年も手入れされて居ない神社の境内だ。それはもう、腐りはていつ崩れ落ちてもおかしくはない。  人もおらず、放置されているこの百年の間にこの島は変わった。 「さて、お前は本当に紅に似て無口だね…いや、喋れないのだったか」  くすりと嗤う赤い鬼は、少年に背を向け空を仰ぎ見た。真白が降り、空に広がる青は厚く淀んだ雲に隠されてしまっている。 「人の子は恩を知らないね…助けてやって居たと言うのに。挙句、勝手に滅ぶとは滑稽な話だ」  哀しそうに呟く赤い鬼に視線を向けた、その刹那。  ―――――シャラン…  少年の耳に鈴の音が木霊する。  シャラン、シャラン、チリン。聞いたことのない音色に、少年は静かに瞼を閉じる。赤い鬼は、睨みつける様に前方へと視線を泳がせた。  ――シャラン、シャラン、チリン。 シャラン、シャラン、チリン。 徐々に近づいて来る鈴の音と土を踏む足音。 「……人の子が来たね」  赤い鬼の言葉に、少年はうっすらと目を開けた。 「さて、迷い込んだか…何をしに来たのかな」  煙管をクルクル回しながら、赤い鬼は少年へと目を向けた。 分かるのは、この島に住む人間はもう居ないと言う事実だけだ。足音を立てている人間はおそらく外から来たのだろう。そうで無ければ、人妖か。  シャラン、シャラン、チリン。  澄んだ音が、ピタリと止んだ。少年は顔をあげ、赤い鬼の背中を見つめる。  赤い髪が、風に揺れる。 「何の用だい?人の子、ここは鬼の山だよ」 「知っているさ」  少年にとっては、赤い鬼以外ではじめて聞く声だ。しんと静まり返った山によく響く声。けれど、直ぐに目を閉じた。 「只の興味で来てはいけないのかい?」 「興味とは、人の子にも変わったやつがいるものだね…」 「何、只…親が鬼は情が深いと言っていたから。それを聞いて育った。それだけだ」 「名は?」 「無い」  赤い鬼はその答えにくすりと笑い、煙管を加えながら腕を組む。少年は赤い鬼の向こうにいる男を見やり、逸らす事なく見つめた。  女物の黒い着物を緩く着ており、その柄は白や金の牡丹が裾に静かに浮かんでいる。 「人の子よ、興味できたならば今直ぐ立ち去れ」 「―――――あんたの後ろに居るのは?」  男は赤い鬼に問い、赤い鬼はにんまりと笑いながら煙管をクルクルと回す。 「この子は温羅だ」 「うら……?」 「鬼の子だよ。人の子であるお前には関係ない」  牡丹柄が雪に映える。少年は―――――温羅は男を見つめた。 ―――梁が揺れる。  音が少しづつ大きくなっていく。キシリキシリと言う音から今ではギシリと、大きく歪む音が社に響く。  温羅はふと天井を見上げる。僅かではあるが確かに天井が沈んできているのが確認できる。  ―――ギシ………  一際強く軋み社自体が揺れる。これはまずいと温羅が自覚した瞬間に辺りは一気に白に包まれてしまった。 「温羅!」  赤い鬼が声をあげるが、温羅は手足の自由が利かないどころか口すらきけない。そのような状態で社が崩れるこの事態だ。死にはしないだろうが多少の傷は負うだろう。  木々も揺れ、ザワザワと枝葉に積もった雪を地面に落としていく。 「こりゃあ……大丈夫なのか?あの鬼は」 「―――人よりは頑丈にできている」 「しかし、あんたに名前はないのか」 「人の子などに教えるものか」  その答えに男は苦笑しながら崩れた社を視界に入れる。跡片もない、という状態はこういう事を言うのだろうかと一人心で納得しながらふと溜息をついた。

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