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第7話
勝呂は隣に立っている温羅の頭を撫で岸に着いている船を見やる。古いが、これでも海を渡ることは出来るだろう。ジッと船を見つめながら思案顔の勝呂に思わず吹き出した牡丹は勝呂の肩を叩きながら笑いを噛み殺して居た。
「嗤うな、こら。」
「いや、あんた…っ」
「失礼な人の子め」
「いや悪い…っ」
牡丹は小さく息を吐き笑いを止めると、ふぅと腰の手を当てながら首を左右に揺らす。背伸びをしながら二人の鬼を見比べた。
容姿はまるで違う二人だが、その雰囲気だけはどこか似ていた。温羅は少しばかり強気なほうだが。
「ほら、乗れよ。漕ぐから」
「お前がか?」
「温羅には出来ないだろう」
「………馬鹿にするな」
「やってみるか?」
牡丹の言葉にムッとしながらも温羅は首を横に振った。
「おや」
「時間はかけていられない。この島から早急に出なくては、勝呂に迷惑がかかる」
「勝呂に関わる事には素直だねぇ」
「馬鹿にするな。後、」
「ん?」
「勝呂に手、だすなよ人間」
温羅は棘を指すようにそう告げると小舟に乗り込んだ。牡丹は額に手を掲げながらうーんと唸った後、勝呂も乗り込んだのを確認して、山を一瞥しながら船を漕ぎ出した。
温羅は初めて見る海に興味津々な様で、覗き込んだり手を入れてみたりと遊んでいた。それだけを見ているとただの世間知らずな子供に見えなくも無いなと牡丹は無言で船を進めていく。この分なら夜になる前に本土につく事は可能だろう。
つらつらと取り留めのない事を考えながらふと空を見上げると、何かが頭上をクルクル回っているのが視界に入り、牡丹は一旦船を止め空を仰いだ。
「アレは…」
「あれは妖魔だよ。鬼の異種だ」
牡丹は勝呂の言葉にありゃぁでかい。と呟きながらすぐに船を漕ぎ出した。上の方から咆哮が絶えず聞こえる。妖魔が啼いているのだろう。
「さて、あれが気になるのかな?人の子よ」
「――いや、あれが気にならないのはおかしいんじゃないかい?」
鳥にしてみれば大き過ぎるし、色も形も都では見たことがないものだ。逆光で殆どの色は黒く見えるが、微かに羽の端の方は橙に光っている。尾は紐上のものが四本あり、其処は赤色だ。
「不味いぞ?」
「不味いぞ…って、…いや、食べねぇからな!?」
「何だ違うのか…」
些か残念そうに呟く勝呂に、牡丹はため息を吐いた。
「………」
不意に温羅が立ち上がり、無言で空を見上げた。被っていた笠がカタンと落ちて音を立てる。少しばかり揺れる小舟を転覆させない為に牡丹は反射的に座り込んだ。垣間見えた温羅の目は金ではなく、赤に光る。血の様に鮮明な赤だ。
「人の子、そのまま動くな」
勝呂は何か察したのか温羅に手を伸ばしかけた牡丹を制し、そのまま黙り込む。
「温羅、いっておいで」
勝呂はニコリと笑い、温羅は目が赤いまま船底を蹴り空に舞い上がる。ゴッと凄まじい風に船が揺れ、牡丹は傾いだ勝呂の体をその腕に抱きとめた。
―――温羅と同じだ。
勝呂も背丈自体は牡丹と同じくらいある筈なのにとても軽い。
「離せ人の子。気安く触るんじゃない」
「―――――悪い」
勝呂に睨まれ、牡丹はすぐに腕を離した。
ふと差した陰に二人は空を見上げる。
空に舞い上がった温羅は妖魔に一直線に飛び乗り大きく広げられた羽にしがみいついた。
黒い髪が空の光に反射して銀に光り、妖魔の体がぐらりと傾いだ。そのまま真っ直ぐに海へと落ちていく。
「あれはいいのか?」
「そうだね、あまり………よくはないね」
「あまりって、いや、あれ………落ちてくるぞ?」
「そうだね」
温羅は泳げるのだろうか。そんな些細な疑問に、牡丹はただ落ちてくる温羅と妖魔を見つめる。妖魔の色はやはり橙の体に赤い鶏冠。尾は赤黒く、先のほうが鮮やかな赤色だった。
今二人が乗っている小舟よりは明らかに大きな体躯を持ち、その背中には確かに温羅が乗っている。
「さて、どうしたものかな……」
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