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第8話

 呆れたように呟かれた勝呂の言葉の刹那、海に落ちる直前まで急降下した妖魔は、海の手前で体制を整え今度は真っ直ぐに二人の方へと飛んできたのだ。  それも物凄い速さで。  勝呂はふっと息を吐きながら立ち上がると、向かってくる妖魔に向かって左手を翳し、目を閉じた。と、小舟の周りに波が立つ。次第にそれは小さな揺れから徐々に大きくなっていき――――  妖魔が船に触れるか否かの処で強い風が船を揺らす。牡丹はその風に、牡丹は思わず目を閉じた。 「気をつけなさい温羅」  勝呂の赤い髪が揺れ、船の揺れが収まると同時に牡丹は目を開いた。勝呂は立ったままだが、いやそれよりも。 「なんだそりゃあ…っ!」  温羅が跨っていたものに仰天した。橙の体、赤い鶏冠やそこまでは確認できていたからいいが、その顔はまた別物だった。 「これは虎か?」 「これが本来の姿なんだそうだ。名は鴉。まぁ、天狗みたいなものだろう」 「天狗……天狗!?」  温羅は冷静に答えながら船に戻り、妖魔―――――鴉はぐにゃりと形を変えた。確かに伝え聞くような天狗の姿だ。と、牡丹は内心ため息をついた。鬼とはこんなにも種類があるのか、いやそれよりも冷静すぎる。と。  黒衣をまとい、黒い翼に天狗の様な仮面を付け、海の上を飛んでいる、人型の何か。本来なら森や林あるいは神社仏閣のような場所にいると聞いたことがある。 「温羅、それをどうするのかな?」 「連れていく。これは人に飼われて居たらしい。主を捜していると」  温羅は語る。小さな声で。しかしすぐに口を噤んでしまった。勝呂はまぁいいかと答え、牡丹に船を出すように目配せをする。動き出した船の後を、確かに鴉はついて来て居た。振り向かずとも翼の音が聞こえる。 「で、都に向かうのか?」 「そうだねぇ……」 「何も考えちゃいなそうだな……」  煙管を咥えたまま空を見上げる勝呂はどこか上の空だ。温羅は無言で海に手を突っ込んでいるし、鴉は喋る気配すらない。 「まぁ、そうだね……まず都へ行っておくれ。見たいものがある」 「わかった」  海に橙が光り、夜の帳が降りる。近場の岸を見つけ船を停めると、降りると同時に勝呂は船を沈めた。 「沈めるのか?」 「鬼の匂いが強いと危ないからね」 「鬼のね……」  都の外れ、提灯の灯りすらない正しく闇だ。枝垂れ柳が風に揺れる。ザワリと辺りがざわついたのが肌で分るほどだ。 「妖は匂いに敏感だからね。鬼なら特に」  勝呂の瞳がぼぉっと光る。それは嫌に幻想的で、それでいて確かな不気味さも併せ持っていた。都で聞く鬼の逸話とは違うまるで人間の容姿をした鬼。牡丹は息を止めてしまっている自分に気づき、勝呂から視線を逸らす。 「で、今夜はどうするんだい?宿でも探すのか?」 「人間に世話にはなりたくないが………とりあえず今後について考えたいからね」 「そうか……って、天狗……いや、鴉だったか?お前さんはどうするんだい?」  思わず忘れそうだった。あまりに闇に溶け込んでいるから。牡丹は頭を掻きながら鴉に聞くが、鴉は答えることなくみているのか見ていないのか分らない仮面を牡丹に向ける。  ―会話にならない。  ふぅと息を吐きながら牡丹は温羅を見る。こちらはすでに眠そうだった。とりあえず宿を探すかと牡丹が一歩前に出ると、空気が揺れる。  ――――――キシリ  何処かから梁が軋む音が聞こえた。しかしここは海の近くだ。梁なんてない。  勝呂がふと上を見上げ、煙管を咥える。 「さて、あれは――――陰陽師の式だね」 「陰陽師………」 「私はばれないだろうが、温羅と鴉は難しいね……」  匂いが強すぎる。勝呂は困ったように呟き、煙管の灰を地面に落した。 「囮でも準備しようか。さて人の子よ。宿だ宿」  幸いにも船着場が近いおかげで比較的早く宿はとれた。まずは牡丹と勝呂だけで宿に入り、襖から温羅と鴉が入る。いくらなんでも二人を表から入れるには目立ちすぎた。  畳に、寝間は比較的広く、縁側からは月が臨める。やっと休めると牡丹は胡座をかいて座り、勝呂はその正面に同じ様に胡座をかいた。鴉は壁際に立っている。 「疲れてたのか…すぐ寝たなぁ」  敷かれていた布団には温羅がすよすよと寝息を立て眠っている。こう見ればあどけない顔立ちをしている。それでもやはり綺麗なのだが。 「この子にかけられていた呪いは鬼封じだと言ったろう?アレは力を封じるものでもあり、同時に守るものでもある。温羅は特別なんだ。この子は七日しか起きていられない。そして、また眠りにつく。百年の眠りに」 「―――――それは、温羅だけ?」 「―――――鬼と人は、共存が難しいからね」

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