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第10話

 勝呂は牡丹を睨み付けながら手を払い壁伝いに座りこむ。はぁと溜息を吐きながら煙管を咥えた。  ――――いつの間にか玄関先に見えた灯りも消えている。 「陰陽師が動いているね。こちらも動いた方が良さそうだ…」 「標的が分かるのか」 「いや、…勘、だよ。人の子。朝になったらたつぞ」  勝呂は立ち上がりながら言うと、寝間へと戻る。いいところで邪魔されてしまったし何より、下手に動かないほうが言いと考えたのだろう。寝間の襖を開け、ハッと目を見張る。温羅の枕元には鴉が立っていた。消した筈の提灯にも灯りがついている。 「鴉…?」 「主、居ない。分からぬ」  天狗は小さくつぶやきそのまま座り込む。仮面の奥の瞳はまるきり見えはしないが、それでも何となく、勝呂は天狗が悲しいのではないのかと思えた。  きしりと、梁が軋む。  勝呂は天井を見上げ、煙管を懐に戻すと鴉を見つめた。 「朝、ここから出る」 「………」  鴉は無言でうなずいた。  …やっと一日だ。島を出てから、やっと。その思いで一杯で他の事にまで気が回らなかった。  陰陽師、勝呂ですら噂でしか聞いたことのない人間だ。狐が化けたのだと言う者も少なくはないが、都はその陰陽師の手が回りきっている。  夜の闇も、朝の光も鬼にとっては全てが敵にも等しいものだと、勝呂は考える。温羅はあまりにも外を知らずに育っているために何も感じないかもしれないが、その分、勝呂がすべてに気を張らなくてはいけない。 「百年鬼………くだらない噂が流れるものだ……」  温羅がその百年鬼だと誰かが気づいてしまったら。もしくは人の子がばらしてしまったら。そう考えるとおちおち寝てもいられないが、寝なければ体力が失われていく。どちらにせよ、勝呂にはきつい状況であることは確かだった。  溜息をついてもはじまらないと、勝呂は温羅の隣に寝そべりながらも天井を見上げた。  ―――――梁が軋む。  もうすぐで、夜明けだ。  温羅は目を醒まし、天井を見つめ、小さく息を吐くと体を起こした。枕元に鴉が立っている。閉められた襖から差し込む光がやけに眩しく感じ、温羅は目を細めた。繋がれ声すら出せなかった頃とは違う。手も足も伸ばせる。声も、日の光を目の当りにする事だって出来る。 「起きたかい?温羅」 「……勝呂…」 「おはよう。動けるのなら、宿を出るよ」  勝呂がその頭を撫でながら言うと、温羅は無言で頷いた。むくりと体を起こし、背伸びをしながら部屋をぐるっと見渡し、首を傾げた。  牡丹の姿が見当たらない。 「人間なら、先に出ているよ」 「そうか」 「動けるかな?」 「……問題ない」  息をはきながら、立ち上がり開かれた襖から見える光に温羅は目をつむる。あの山にも朝日は昇っていたがこれほどまでに眩しい朝日は初めてのものだった。着物を着ながら温羅は隣で袈裟を着なおしている勝呂を見つめる。 「ん?どうした?」 「……いや、なんでもない。すぐたつのだろう?」 「そうだね、出来る限り早く」  焦っている、と言うわけではないが温羅には今のこの状況が危ないのか何なのかすら理解はできていなかった。ただ、勝呂が行動を起こすのだから危険なのだろうと思うだけで、そこに自分の思考は存在しない。角を隠すように笠をかぶり、勝呂を見るともう着替えは終わっていたらしくにこりとほほ笑んだ。 「これからどうするんだ?」 「寺、だね。まずは情報を仕入れながらそこに向かう」 「……?」 「なに、問題はないよ」  そっと頬に手を添えられ、温羅はくすぐったそうに身を捩った。勝呂はくすりと笑い、また裏から出るように温羅と鴉に指示を出す。鴉に至っては気配がまるでないから存在すら忘れてしまいそうだ。勝呂は二人が出て行ったのを確認すると左手の親指の先をかじり、その血で畳に円を描き、その中に何やら書き始めた。 「陰陽師………か、これは因果かな?紅……」 呟かれた声に返ってきたのは微かに聞こえる鳥のさえずりだけだった。

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