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第12話

「今夜の宿だ」 そこは古びた寺だった。朽ちた木があたりに散乱し、今にも崩れ落ちそうな。 しかし、柱は互いを支え合うように不自然な形で留まっていた。これも一つも術なのだろうかと温羅は首を傾げるが、直ぐに背後へと降り立った鴉を振り返る。 「さて…柘榴。詳しく話すか、無理やりがいいか。選ばせてやろうか。私はとても親切だろう?」 勝呂が笑う。柘榴はおとなしく伏せをしながら耳を垂れた。 「さっきも言いましたが、僕には知らない事の方が多いんですよ?旦那」  耳を垂れたままで観念したように口を開いた柘榴の耳を興味津々と言った様子で触りながら、温羅が口を開いた。 「知ってることを話せばいいんじゃないのか」 「―――――それはまぁ、仰る通りで…」 「なら話したらどうだ。このままだと勝呂に喰われるぞ」 柘榴の耳を撫でながら温羅がそう言えば、柘榴は短い悲鳴を上げてからそろそろと勝呂を見上げた。その表情は「冗談ですよね?旦那」とでも言いたげだ。 「それはお前の出方次第だね。喰っても私は構わないよ?でもお前はまずそうだから、皮だけ剥ごうか」  二コリと笑い、勝呂が腕を組みながら柘榴を見下ろす。また短い悲鳴を上げると、ぷるぷると頭を振り、温羅の手を逃れすぐさまその肩によじ登った。 「話します!話しますから!その殺気はしまってください!」  本気で怯える柘榴に、勝呂は噴き出すように笑うと、分かったよと答えた。牡丹も鴉も、ただそのやり取りをじっと見つめている。 「それで?お前の主の名は?」 床に胡坐をかいて座る勝呂が、いまだに温羅の肩から降りない柘榴にそう尋ねる。 崩れかけの寺の出口には逃がさないとでも言わんばかりに鴉と牡丹が立っていた。 「―――――青天目、蓮華殿です」 「………それは、まずいな」  柘榴の答えにそうこぼしたのは、勝呂ではなく出口で腕を組んで立っていた牡丹だった。 「まずい、とは?」 「なばため、と言う陰陽師については話をよく耳にする。だが、ここ暫くは行方をくらましているんじゃないのか」  勝呂の問いに答えながら、牡丹は柘榴をまっすぐに見つめて首を傾げた。 「都に今いる陰陽師は青天目がいなくなった後釜だろう」 「………そこの御仁はよく知っておいでで…」 「――――噂話は町娘が一番知っているだろう」  意味ありげに微笑む牡丹に首を傾げる温羅とは対照的に、勝呂は成程と呆れたように笑った。 「人の子の方が、柘榴より役に立つかもしれないね」 「そそそそそそ、そんなことはありませんよ旦那!僕だってちゃんと任務をまっとうして――――」 そこまで言いかけ、柘榴ははたと口を閉ざした。しまった、と言う表情を浮かべて温羅の肩からかけ降りる。 「柘榴」 「っひ」 「―――――お前、温羅を連れ去るように言われてきたね?その陰陽師から」 勝呂の言葉に、温羅が首を傾げた。大方、自分が連れ去られる理由が皆目見当もつかないからだろう。その危うさを、勝呂だけが知っている。  否、勝呂だけが知っている方がいいのだろう。他に警戒が強まっても悪目立ちしてしまう。 勝呂はため息を吐くと、温羅の肩からかけ降り逃げようとしていた柘榴の首根っこを掴んでいた鴉を手招いた。 「っだだだだだ旦那!僕だってこんな事をしたわけじゃないんですよ!?でもほら!殺されたくないじゃないですか!」 「その青天目と言う陰陽師は何処にいるんだ?」 「そっ、それは!」 分かりやすく目が泳ぐ柘榴に、勝呂はにんまりと笑いかけると、鴉の腰にかかっていた短刀をすらりと手に取った。ぴたりと首筋にあてながら、同じことを問う。 ひたりと銀色に光るそれに自分の顔が移りこんで柘榴は縮みあがりながら耳としっぽを垂れた。体の四肢から力を抜き、うぅと唸る。 「柘榴」 「―――――僕は、死にたく、ない」 柘榴が小さく声を吐き、勝呂は笑顔を崩さない。殺すことにはためらいなんてない。あの島を出たのも理由なんていたって単純だ。あの島にはもう鬼も人も棲む事は不可能だ。他の霊山に鬼たちは移り住んでいるし、そこに行くのもいいだろう。けれど、このまま平穏な暮らしを送るにはこの都の存在が大きな懸念だ。温羅の噂を流したのは恐らくその陰陽師で間違いない。けれどその理由が分からない。 「お前が素直に吐けば命は取らんさ。私だって別に殺したいわけじゃない」 「―――勝呂、俺が何か問題なのか?」  温羅が目を瞬かせながらそう呟いた。

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