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第14話

「わかっていたのに、な」 「―――――うるさい」  牡丹の言葉に、勝呂が怒気を含んだ声で答え、その場に膝をつく。床に転がっていた柘榴には、まだわずかに息はあった。  それでも、虫の息だ。 「――――柘榴。お前、陰陽師に何を盗られた?妻か?子か?それとも、命そのものか」  柘榴に手をかざしながら言う勝呂の傍らで、牡丹は腕を組み、あたりを見回した。  改めてみれば、古い家屋だ。あの木戸門にしろ、この平屋の梁や壁、廊下や畳に至るまで、この場所にはもうずいぶんと長い間人が住んでいないと見える。けれど、同時に至る所にある消えない黒ずんだシミが気になった。おそらくこれは、血痕だろう。 「―――妻は、あのお方の傀儡に殺され、ました」 意識を抜き取られた、哀れな鬼の子に。 柘榴が消え入りそうな声音でそう呟いた。 「……鬼の子…?」 「僕の、子は、どこに……いるのやら」 知りようがないのです。柘榴はそう答え、ふと勝呂を見あげる。 「僕の……中にあったまじないが、温羅殿を、あのお方のところまで運んだ、筈、……ですから、どうか、」 「喋らない方がいい」 「いいえ、旦那。僕はもう、いいんです。これで、このまま、妻の、所に……いけるの、なら」 だけどできるなら、 「できるなら、あの、鬼の子を、救って、やってください」 いつも苦しそうだ。柘榴はそう言葉をつづけた。柘榴は身の内にまじないがあったと言った。それが温羅を陰陽師のところまで運んだはずだと。それほどに強いならば、その身にまじないを受けた時点で柘榴の命はここで尽きる運命だ。  柘榴自身、それはきっとわかっていた筈で。 「――――わかったよ、柘榴」 「………旦那、」 「なにかな」 「―――――こんな時代に、生まれなければ、僕は、もっと、……もっと、普通に―――」 普通の幸せを。妻も子もいる、ただ、普通のそんな、自分にとって普通の幸せを。 ――――勝呂様、温羅を――――  傷を負ったわけでも、血を吐いたわけでもない。柘榴は綺麗なままで、静かに眠りについた。勝呂はハッと息を吐き、立ち上がると牡丹を振り返り、また息を吐く。 「――――勝呂、」 「何かな、人の子」 「その陰陽師は、………青天目蓮華と言う人間は、何故温羅を狙うんだ」 「簡単な話だよ。……鬼と人の血は、相いれない反発しあうもの。人の子が鬼になる事はあるけれど、人から生まれた鬼の子は、」 あの子だけだ。 「温羅は、鬼であり、人でもある。あの子に陰陽師のまじないも、封印も効かない。中途半端な存在であり、この世で唯一、陰陽師が手を出せない存在でもある」 「温羅は知らないんだろう?」 「知らないさ。教えていないからね。温羅の心は、闇を抱えてはいけない。迷いなく進まなければ、あの子の中の鬼が目を覚ましてしまう」  あと、五日しかない。  その間に霊山に行き、温羅が静かに眠らなければ、どの道この都は沈むのだろう。勝呂はまるで他人事のように考えながら、その言葉は飲み込んだ。 ◆◆◆  声が聞こえた気がした。 苦しいと哭く声が。 「………ここ、は」 見たことのない天井だとぼんやりと理解した。少しばかり重たい頭を振りながら体を起こし、温羅はここがどこなのかを確認するかのように視線を彷徨わせた。 「―――どこだ」 「青天目の家だ」 不意に聞こえた声に、温羅は驚くでもなく振り向いた。その視線の先には狐の面で顔半分を覆い隠した男が立っている。面には目抜きがなく、どこを見ているのかはわかないはずなのに、温羅には、この男がまっすぐに自分を見ているのが分かった。 「―――お前は」 「青天目蓮華と言う。初めまして、お前が呪われた子か?」 肩にかかる程度の黒髪に、真っ黒な着流しを着ていて、まるで喪服のようだ。その身にまとう空気も悲愴に溢れている。  悲愴と、絶望。そして、憎しみだ。

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