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第17話

 人と鬼の血は交わることがない。反発しあい、何か他の血を混ぜない限りは形を成すことすら危うい。それははるか昔からの理のようなものであり、確かな事実だった。 人と鬼が交わる時点で、禁忌にも近い。その上子を成したとなれば、そこでその子は堕胎する運命にあった。  はずなのに。 温羅はこの世に生まれ、そしてその瞬間から呪わている。 母であった紅も、父である勝呂も、すべてを知っていて、理解してそれでも、温羅を選んだ。それはきっと、二人の得手勝手であり、間違いであると気が付きながらも、やめなった、自己欺瞞なのだろう。 「私も紅も、お前に隠すことを選んだ」 勝呂は小さくつぶやいた。何を言っても、今の時点では言い訳にしかならないだろう。 そうわかっていても、いずれは温羅に話さなくてはいけない事だ。それはわかっていた。それでも、話せなかったのは自分の弱さなのかもしれないと勝呂は心で叱咤する。今、目の前にいる温羅は、酷くかなしそうな瞳をしていた。  あの咲き誇る木の下に牡丹を一人残し、少しだけ二人で話がしたいとすぐそばの角を曲がった先にあった壊れかけた腰かけに座り、勝呂は言葉を紡いだ。 「………母様は、俺をあの場所に封印するとき、謝っていた。ごめんなさいと」  分からなかった、その言葉の意味がそこにある。温羅は勝呂から視線を逸らし、胸に手を当てながらうつむいた。 「母様は、俺の所為で死んだのか」 「違う」 「っ何が違うんだ。だって、あの時、母様は………」 こうするしかないと、泣いたんだ。  人のまじないは、鬼には触れることすらできないからと。自分が封じることで、俺を守り、勝呂を守り、そして、 「――――母様は、俺が、俺を生まなければ、あのまま天寿を全うして、幸せに死ねたんじゃないのか」 「温羅」 「………………俺が、あの村を、滅ぼしたんじゃ、ないのか」 「…温羅」 「鬼封じのまじないをしたのは、俺が危険な存在だったからなんだろう?なら俺は、……俺が、」  あの優しくて強く、それでも弱かった、母を 「殺したんじゃないのか」  どんよりとした空気が肺に溜まっていく。そんな気がして温羅は息を吐いた。あぁ、嫌だなと漠然としながら思った。 「温羅、紅は温羅を愛していたし、お前が殺したんじゃない。あの時は、本当にああするしか他に手がなかった」 「―――なんで、なら、……どうして母様は俺を」 「紅は、私の元に人身御供として来る前に、ふもとの村で婚姻していた」 この話すら、温羅にはしないと二人で決めた。しなくてもいい、伝えなくても、誤解されたままでも、どれだけ自分が恨まれても構わないからどうか秘密にしてほしいと、そう紅が勝呂に告げたから。 けれど、このままでは、温羅の中に闇がたまってしまう。勝呂は温羅の頭を撫でると、もう一度優しく名前を呼んだ。 「その旦那が、お前を殺しに来たんだ」 それを防ぐために、あのまじないは行われた。 「紅は、お前にまじないを施したから死んだんじゃない。死ぬしかなかったから、最期にお前を守ったんだよ」 「――――なに、」 「紅の旦那であった人の子は、鬼の里に来る前にもう―――――鬼に堕ちていた」  人の事は人に。鬼の事は、鬼に。人のまじないは、鬼には破れない。触れもしない領域だ。 「だからこそ、お前をあそこに封印し、果てた。お前が殺したわけではないよ」 「俺を、守るため?」 「紅はね、温羅。お前を産むと決めた時にはすでに病気だったんだ」  ―――――短い命ならば、好きに生きましょう。私は、きっとこの子を産んで、勝呂様と少しでも長く生きていたいです。 「生きてほしいと、願ったのは他でもない、紅の意思だ」 勝呂は温羅の頭を撫でていた手を滑らせて引き寄せると、そのまま抱きしめた。温羅は震える声で小さく何かをつぶやいて、勝呂の背中に腕を回すと、ぎゅうぎゅうとその服を掴む。よくよく考えてみれば、温羅はまだ幼い子供のようなものだ。 「………温羅」 「父様は、………ずっと俺の父様だったんだって、忘れてた」 「―――――――その呼び方も、懐かしいね」 くすぐったそうに笑った勝呂は、落ち着いたら戻ろうかと温羅の頭を優しく撫でた。

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