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第19話

 祭の喧騒もなければ、人影もない。ただ延々と続くその道を歩き、こぎれいな木戸門の前で足を止めた。 「………普通に平屋だな」 牡丹が頭の後ろで手を組んで半ば呆れたようにそう呟いた。 「罠って匂いしかしないけど」 少しばかり先には一本の細い木が生えておりその中心には赤いひもが巻き付けてある。その赤いひもは長く、地面を伝いながら奥の方へと続いていた。 「………温羅少し下がっていなさい」 勝呂が温羅の前に立ち、左腕を翳しながら小さくそう呟いた。  赤いひものその向こうに、僅かに光が見えたからだ。あそこに何かいるのだろう。 「鴉、短刀を」 勝呂の言葉に、声なく鴉が短刀を手渡した。勝呂はその短刀を手に取ると、赤いひものその向こうめがけてまっすぐに投げる。 一寸の狂いなく飛んで行ったその短刀は、音もなくすぐさま投げ返された。その短刀は鴉が綺麗に受け取り、懐に収める。 「――――あぁ、やっぱり」 昏い昏い闇の中から現れたのは、一人の少年だった。長い赤い髪を垂らしたまま、その瞳は一枚の布に隠されている。真っ黒なその布には、赤色で何か模様が描かれていた。 「音無」 勝呂の声に、その小さな肩がわずかに揺れた。 「――――柘榴が、お前を心配していた」 温羅とそう背丈も変わらない、小さな少年だ。ただその身に纏う戎だけが重すぎる。淡い青の狩衣に黒い狩袴には細い金糸で装飾が施されていた。覗く足首にも。その首にも不思議な色の模様が肌に刻まれている。 腰に携えたその刀は、音無と呼ばれた少年の身の丈ほどある太刀だ。けれど音無にはそれを抜く気配はなかった。 「音無」 勝呂が名前を呼ぶたびに、音無の肩がわずかに揺れる。 「勝呂、あの子供は―――」 温羅の言葉に勝呂がそうだね、と呟いた。 「………あの子は、お前とは違う意味で特殊でね」 困ったように笑う勝呂は、懐から赤い紙を取り出した。 赤い紐の巻き付けられたその木の傍までゆっくりと歩いてきた音無は、そこで足を止めた。音無の長い髪が風に揺れて、温羅は小さく息をのむ。 「音無、翁は死んだよ。お前がここにとどまり続ける理由はもうない」 勝呂がゆっくりと赤い紙を手放すと、ゆらりと風に乗って音無の手がそれを掴んだ。  その紙を手にした瞬間に、音無が小さく口を開き、けれど何かを発することなく閉じる。  その瞬間、葉っぱの一つも生えていなかった木が、ぱきりと音を立てた。 ぱきり、ぱきり。 折れるわけでもなく、枯れているわけでもないその木は、次第に芽を付けていく。急速に育ち始め、地面をめくりあげながら幹までもが太く、大きくなっていく。その様は、さっき見たあの万年桜と同様に、薄紅色の花を咲かせた。 「――――――なるほど」 勝呂が腕を組みながらつぶやき、温羅はその顔を見上げた。その木までの距離はわずかだ。音無は手にした赤い紙を、布で隠された瞳でじっと見つめている。 「何が成程なんだ」 ひょっこりと温羅の隣に立つ牡丹が訊ねれば、勝呂は音無を指さした。 「この桜は、音無の意識を封印するためのものだ。あの子は強い。本来ならば陰陽師ごときに使役できるような子ではないんだよ」 「あの赤い紐は?」 「あのひもは青天目の式だろう。ここに私たちが訪れた事も、今音無に何が起きているのかも筒抜けのはずだ」 「なら、勝呂も温羅もここからは出た方がいいんじゃないのか」 牡丹の言葉に、勝呂はもう遅いと答えた。温羅はまっすぐに音無を見つめたまま、動こうとはしない。 「――――――あいつは、生きているんだろう?」 ぽつりとつぶやいた温羅の言葉に、勝呂は頷いた。 「もちろん。生きている。意識を抜き取られてはいるけれど、確かに目の前にいるあの子は、生きているよ」

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