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蟻と距離(有賀×桜介)

一週間というのは七日も朝昼晩が巡るのだと、三日目くらいにようやく有賀は実感した。 「七日だよ。七日。ねぇ、ほんとびっくりだ。七日っていったら有名なのは蝉の一生だよ。本当に七日で死ぬのかなんか知らないけど、虫からしてみたらそのくらい長い期間なわけでしょう」 『大丈夫だよあんた人間だから安心しろ死なないから』 慣れない街の駅前のホテルの一室で、珍しく缶ビールを片手に携帯に向かって愚痴るも、電話向こうのサクラは苦笑いで応じてくる。 一週間の名古屋出張だと告げた日には酔っぱらっていたせいかもしれないが、あれだけやだ寂しいと言った癖に、いざ離れてしまうと耐えがたいのは有賀の方だった。 別に、四六時中一緒に居たいわけでもないし、実際毎日会ってるわけでもない。 有賀の仕事には多忙な時期と比較的暇な時期で緩急があったし、サクラの方も常に同じ量の仕事があるような職業では無い。夜遅くまで持ち帰った電化製品の修理をしていたり、顧客の家で点検をしていたりもする。従って、一週間うっかり顔を見ないことも、あるにはあった。 しかしそれは日常の中でこそ許せる距離である。 実際に物理的に数百キロ離れてしまうと、どうにもこうにも人恋しさが襲ってくる。 今回の出張の主な目的である合同企画に有賀自身乗り気ではない、ということも帰りたさの要因ではあったが、とにかくサクラの声が聞きたくて、初日から遠慮なく電話を続けている。 サクラは無理な時は無理だと言うし、寝る時は寝るから切るぞと言って勝手に切ってくれるので、有賀は思う存分甘えられる。本当にさっぱりした男でありがたいと思うが、たまには寂しいと零してくれてもいい、とは思う。 「しなないかもしれないけどひからびるよ。しかも中二日仕事入って無くて自由に過ごしていいとかもう、ほんと、そういうの嬉しくないわけだよ。あのね、ほんとね、あまりにも辛いから一回帰っていいかなってうちの社員にお伺い立てたんだけどね、社長の自費で移動するなら金銭的には構いませんがそうやって無理な移動をされて結局体調を崩されては困るので大人しく名古屋観光かホテル満喫してくださいって、なんか知らないけど怒られた。理不尽。理不尽だよもー……」 『いや正論だろ……心配してくれてきっちり管理してくれて、超優秀な部下じゃん』 「優秀すぎる。優秀すぎて最近僕より仕事してて良くない。奥方が身重なんだから早く帰れって言ってるのに今日の出張だって自分が行くとか言いだして困ったんだよね。僕がこんなに彼を慮っているんだから一時サクラちゃん補給帰宅くらい許してくれたってね、バチは当たらないと思うんだよね。駄目かな?」 『俺は別にだめじゃないけど、あー、それ怒られるでしょ有賀さん。やめときなよ、あんまり体強い方じゃないじゃん。俺も心配だから落ちついてそっちに居ろって。仕事はかどってんの?』 「そっちも微妙だよまったく。みんな考えてること別だし纏まらないし司会がどうにも適当だから困るったらない。でもしゃしゃり出てじゃあキミがまとめてねって言われても困るから、どうにかやり過ごしてさくっと帰ろうっていうね、久しぶりに屑みたいな思考回路で仕事に臨んでいて自己嫌悪もそろそろすごい」 実際、横のつながりというか付き合いで無理やり巻き込まれたようなものだ。 それなりに仕事をこなしてはいるが、一般的に名前が売れているわけでもない有賀の事務所に声がかかったのは、新年度会も兼ねて、というようなどうでもいい目的も含まれていたらしい。 初日に開かれた懇親会という名目の飲み会は散々で、代わる代わる酌に現れる女性陣を当たり障りない言葉で押しのけるだけで三時間が過ぎた。飲んでいる場合ではない。 というかヘタに酒を飲んでうっかり言質でも取られたら困ると思いひたすらお堅い実力派男性デザイナーの横で現代日本におけるデザインの概念講義を聞いていた。それもあまり有賀が興味を持つ内容でも無かったが、女子の恋愛話よりは幾分かマシだ。 元々人間が嫌いなわけではないが、群がる大衆は苦手だ。 単品で告白してくれれば、真剣にお付き合いするかお断りするかという判断をするが、生ぬるいちやほや感とぎすぎすした下心が見えている女性陣の塊は、なかなか怖い。 これならばまだ、スワンハイツ飲み会の『とりあえず若い男の子かわいいわ』気分の奥さま方の方が優しいと思える。 飲み会はどうにか乗り切ったものの、女子の猛攻をさらりとかわしたのが逆に災いしたのか、翌日から変なファン集団が出来てしまった。久しぶりに、そう言えば自分は顔がそれなりに整っているんだったと言う事を思い出す。 サクラは有賀の顔について、普通に好みだとは言うが、とりたてて褒めたりはしないし、最近は面倒で駄目な有賀がかわいいとしか言わない。とんだ趣味だとは思うが好きでいてくれる分にはもうなんだって構わないと思っている。 最近はご老人や近所の奥さま方とばかり顔を合わせていたものだから、自分が結婚適齢期の良物件だということを忘れていた。 「もう、毎日どうでもいい話ばっかりだし、アフターに絶対誘われるし、断る文句も面倒になってきてね、お付き合いしている人が嫉妬深くて女性とご飯NGなんですって言っちゃったよ……ごめんサクラちゃん僕はサクラちゃんを悪い女にした……」 『え。いや、別に良いけどさ。それで有賀さんが獣の手から逃れられるならいくらでも言い訳にしなよって思うけど、っていうか、むしろしてよ。それと、異性とご飯とか、友人か仕事関係以外俺許さないよ。なにそれ駄目に決まってるでしょ』 「あ、ほんと? 僕そのくらいには愛されてる?」 『ほんとです。だめです。その対応で正解だし事実です問題ないです。ぜんっぜん心配してないからあえて言わなかったんだけど、浮気とかしたら第三者交えて会議だから。俺二人きりだと殴るか泣くかするから多分』 「わぁ……怖い。かっこいい。僕ちょう愛されてるね。あ、どうしよう今ちょっと元気になった。乗り切れる気がする。終末まで乗り切れるきがする」 『それ、昨日俺が「すきっていったげるからがんばれ」って言った時も同じこと言ってたけどな』 からからと笑う、電話越しの声が気持ち良くて自然と有賀も笑いが漏れる。 やはりサクラは良い。気持ちいい。言葉も気持ちいいし、空気感が自然で、有賀は息がしやすくなる。別段今まで息苦しい世界だなどと思ってはいなかったが、なんとなく、少しだけほっとする感覚が好きだった。 『あ。そういえばさ、仕事って金曜まで?』 思い出したようにサクラが問いかけ、有賀もそれに答える。 「いや、土曜の昼まで。そこで解散。多分金曜に飲み会で、土曜の昼からは二次会? みたいなノリなのかもね。僕はいかないけどね。帰りますよ一刻も早く帰りますよ」 『いや帰ってこなくて良いよ、俺がそっち行くから。ていうか岐阜行こう。岐阜。温泉行こう』 「……ちょっと、うん? 何? 旅行代理店の刺客にでもなったの、サクラちゃん」 『刺客になったのはおやっさんだよ。うちさ、祝日は仕事じゃん。ゴールデンウィークフル出勤だったからって、今年に限って変な優しさもらって、月曜まで連休なんだよ。有賀ちゃんとどっかいってこいってさ』 「気が効きすぎて泣くね。怖い。ありがたい。やる気が起きた」 『それ何度目だよ』 笑う声が心地よすぎて好きすぎて、あーもう好きと呟いたら、いつもは聞きあきたと笑う癖に今日は俺もだよと返事が来る。 遠距離とは恐ろしい。結局有賀を子供にするし、サクラを少し甘くする。 「ホームでキスしちゃったらごめんね?」 『マスクしていくわ』 なんだかんだいって、サクラは有賀に甘いので、苦いビールを舐めながら明日もどうにか乗り切ろうと心に決めた。 End

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