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蟻と蜜(有賀×桜介)

浴衣というものは素敵だ。 それは最初にサクラの体に触れた日にも思ったことだったが、ビジネスホテルの味気ない浴衣よりも高級旅館の落ち着きのある柄の方が尚、風情がある。 (まあ、脱がすんだけどさ) 今日こそはカメラを持って来てはいたが、悠長に写真撮影している余裕が有賀の方に無かった。 汚さない対策として浴衣を広げるように敷き、その上サクラの自身には余分に持ってきていたゴムを付けようということになった。別に有賀は気にしないが、男二人旅で蒲団を汚しては旅館の方に申し訳ないとしきりにサクラが主張するので、話し合いの結果だ。 妙案だとコンドームのパッケージを開けるサクラからそれをもぎ取り、僕がしたいと申し出ると流石に赤くなって絶句していた。それでも、結局やらせてくれたサクラは、今日はいつも以上に有賀に甘い。 一回口でやってみたかったが、流石にやり方がわからない。そもそもあんなテクニックをお店かAV以外でできる女性は居るのだろうか。そう思いつつゴムを伸ばしながら疑問を口にすると、サクラがさらりと答えた。 「あー……俺、多分できるよ」 「え。……え? なに、うそ。やったことある的なこと? 口で? 他の人にゴムつけるあれ?」 「うん。結構簡単……あ。あーっと、怒った?」 「……僕にも僕の人生がありましたし、サクラちゃんにも恋人が居たのは承知していますし。今幸せなので何の問題もないし。だからね、怒ってはいない、けど、正直くそっと思いました」 「俺、有賀さんのその正直で優しいとこ好きだよ」 優しいだろうか、と、有賀は首を傾げる。サクラは事あるごとに有賀の事を『かわいい、面倒、優しい』と表現する。 面倒というのは重々承知しているが、サクラが悶えて好きだと言う程自分はかわいくて優しい生き物だろうか。しかしそれは、有賀がサクラに対してかわいいかっこいい潔い優しい、と感じている事と同じような感情なのかもしれない。 キスをねだられて、仰向けに手を伸ばすサクラに覆いかぶさるように唇を重ねる。 そのままの体勢で中心をゆるゆると握りしめると、サクラの背中が少しだけ跳ねた。 「……ん、…ふ………ぁ、ちょ、有賀さ、………んっ、つけるなら、早く、つけ、……ぁ、」 「んー。……だって、ほら、ちょっとおっきくしないと、つけらんないじゃないの」 「充分、興奮してんじゃん、久しぶりなんだから、あんますると、……ぁ、っ……やだ、ばか、早く被せろってば……!」 「ていうかとりあえず僕が口でして飲んじゃえば汚れな、痛い!」 「ばっか。結局あんたの入れたら俺のはお留守になんじゃんばっか! もー遊んでないで早くつけろばか。余裕ないって言ってんじゃん好きで死にそうだって言ってんじゃん」 「……どうしたのサクラちゃん。今日リップサービス過剰すぎて、僕がちょっと理性的なもの放り投げて、ひたすら痒い言葉漬けにしちゃいそうな程、嬉しいんだけど」 「言葉漬けにしていいよ、もう。俺だってね、アンタのこと好きなんだってば。……一週間耐えられないとかガキかと思ったよ自分でも」 拗ねたように顔をそむけるサクラの愛おしさと言ったら、それはもう有賀が目を見開いて一瞬止まってしまう程だった。 サクラの事が好きだし、その分自分も好かれているという自覚はある。自覚はあるが、普段サクラは友人のような距離をうまく保つので、二人きりの時にこのように本心を暴露されると、免疫のない有賀はつい、舞い上がってしまう。 それがベッドの上となればなおさらで、興奮と感動が相まって久しぶりに本当に泣きそうになってしまった。ついでにダサくて涙が出る。 へにゃりと自分の上に崩れて落ちてきた有賀にサクラは、一瞬何事かと驚いていた様だが、すぐに表情を崩して甘く苦笑した。 「……有賀さんさぁ、いい加減俺の告白に慣れてよ。そういう、一々うわーってなってるの、可愛くて、俺もうわーってなんの」 「もー……もう、だって、嬉しい。嬉しいし、可愛いし、胸いっぱいだし、好きだし、どうしたらいいのこれ……」 「どうもしないでいいでしょ。普通にその分愛してよ。ていうかゴムが可哀想だから付けてあげて……伸びちゃう伸びちゃう」 サクラに指摘され、にぎったままのコンドームを見やる。 「あーあー……えっちもしたいけど、なんか感動しちゃった。ただただ、サクラちゃんをだっこしたまま、髪の毛撫でてたい、みたいな気分も盛り上がって来た……」 「ちょ、うそ。しよ? いやあの、別に俺もそれでもいいけど、ええと、あの、ぶっちゃけると結構やる気満々で来ちゃったしその、確かに有賀さんがべったべたしてくれるの超かわいいけど、……俺、有賀さんがセックスしてるときのカオすんげー好き」 そんな事を言われてしまえば、有賀もテンションが上がってしまう。サクラは本当に、有賀の扱いがうまい、と、有賀自身も思う程だ。 「いたしましょう」 「…………今日ももれなくチョロいっすね有賀さん」 「いいの。僕ね、サクラちゃんにはチョロく生きようと思ってるから、何の問題もない。僕もね、くるくる変わるサクラちゃんの表情もまったり甘えてくるサクラちゃんの顔もどっちも好きだけど。セックスの最中の、もうだめってがっついてくる時の顔、すごい好き」 「オスですいませんねぇ」 「とんでもない。かっこいい。嬉しい。かわいい。求められるのは気分がいいです」 頬にキスを落とし、するりとサクラのものに薄いゴムを被せ、ついでに内腿を撫でると腰が震える。感度の良さも、とても好きだ。 そのまま何度かキスをして、脇腹を撫でると甘い吐息が上がる。掠れた熱い声がどうにも愛おしい。 「……ん、は……ぁ、っ、……ちゃんと、興奮してきた? ……っ、あ、擦るの、だめ、」 「興奮してるよ。ここ擦ると、サクラちゃん良い顔するじゃない。……ゴムの上からでも気持ちいい?」 「きもち、いいから、ぐりぐりすんの、だめ……っ、良すぎ……んの」 「イっても汚れないから安心だね。沢山持ってるから、何度でも大丈夫」 「……ゴム持って出張でたの?」 「まさか。昨日コンビニで箱買いしました」 「…………かっこいい。すき」 「もっと言っていいんだよ?」 調子に乗って笑う有賀だが、同じように笑うサクラの言葉に、結局沈んでしまうのだ。 「俺さ、ゴム口で付けたことはあるけど、こんなに好きだって言ったの、有賀さんが初めてだよ」 幸せそうに恥ずかしそうに言うものだから。 「…………死んじゃう。モウヤメテ。溺れて、死んじゃうよ」 「腹上死?」 「どうだろう。あー。耳が幸せ死?」 「語呂が悪い。却下」 くすくす笑ってまた口づけをして、甘い気分のまま熱い下肢を擦り合わせた。 言葉の海に溺れてそのまま甘くなる。どんどん、どんどん甘くなる。 それでも二人だけの世界でならば、どれだけ甘くなろうが他人に迷惑を掛けることもないのだし構わないと思った。 End

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