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花と骨(有賀×桜介)
有賀さんは基本的にはザルだ。
これは本人も周囲も分かっていたし、本当に水のように酒を飲むので、どこが限界かなんて全くわからない。二日酔いの経験もあまりないとのことで、それは大変羨ましい体質だなーとぼんやりと羨望に近い気持ちを抱いていたりもした。
ビール二杯でふわふわしてしまう俺からしてみれば、日本酒をどんどん飲み込んでいく有賀さんはウワバミだ。妖怪の領域だと思う。
しかしいくら次の日二日酔いが襲ってこなくても、正体を無くして迷惑を掛けることがなくても、一応酔うことは酔うらしい。そういえば元々体も精神も頑丈な方じゃないし、ただ単に酒には強めっていうだけの駄目な大人だということをうっかり失念していた俺も多分、悪かった。
その日の有賀さんは珍しく酔っていた。らしい。
そういえばしんどい納期付きの仕事がひと段落してやっとゆっくりできる、と言っていた。ろくに休憩も取っていないところに流し込んだ酒は、結構リアルに回っているんじゃないかと思う。
あまり顔に出ないし、言動にも出ない。ちょっと体温が高くなって目がとろんと潤んで色っぽくなるくらいで、ろれつが回らないなんてこともないし足取りもしっかりしていたから、あ、やばいこいつ酔ってると思ったのはベッドの上でお互い全裸で重なり合って柔らかいキスをした後。
執拗に俺の胸を弄る有賀さんに抗議したあたりだった。
「ちょ、……もう、いいでしょ、……ぁ、……乳首、好きなの……っ?」
「んー……サクラちゃんのからだはぜんぶスキだよ。すごくかわいい。ここね、ぎゅってつまんで捏ねると、サクラちゃんの腰がびくんってする。舐めるのも好きだし。……僕に舐められるの、イヤ?」
「いや、じゃない、けどさー……有賀さん基本うまいし、そら、気持ちいけど……やっぱり男としては、触ってもらいたい部分が別にあるわけで、そこばっか弄られるとなんていうか、こう、不思議な気分になっちゃうし、ええと、……気持ちいけど焦らされてるみたいな、早くそこじゃないとこ触ってよっていうか、そういう地味な苛立ちというか……っぅ、ん、だから、ぁ……っ、ひとのはなし……っ聞、ん!」
「……だって、かわいい」
最近やっと気がついたが、有賀さんは酔っていると言葉遣いのセンスがとんでもなく甘くなる上にアホになる。普段はうまい言い回しでじわじわ告白紛いの言葉を並べ立てるけれど、頭が回っていないととにかく『かわいい』を連呼する。
俺だって有賀さんかわいいって思うから、別に嬉しくない言葉じゃないんだけど、流石に数十分単位で乳首弄り倒されて、その上かわいい連呼されると俺のことなのか乳首のことなのかわからなくなる。
淡泊そうな顔してておっぱいマニアだったんだろうか。ふわふわの女子の乳の代わりに俺の平たい胸をどうにか弄って慰めているんだろうか。そんなどうしようもない事まで考えてしまうほどしつこい。
しつこすぎていい加減にしろと喘ぐ合間に耳を緩くひっかいてやると、びくんと体を揺らして止まる。恨めしそうに見上げてくる顔が、ちょっとかわいくてずるい男だと思った。
「有賀さん、ほんと、耳弱いよなー……この前、舐めた時びくびくしててすんごいかわいかっ、……っ、ん……っ!?」
「だって、サクラちゃんの舌使いがえっちなのが悪いよ。僕のことばっかり言うけどね、サクラちゃんだってどっかそういう、どうしようもないとろこってあるでしょう? ……耳はそうでもないけど、脇腹結構好きでしょう」
「脇腹は誰でも結構弱いんじゃないかと思……つーか俺、比較的ノーマルなセックスしかしてこなかったので、あんまり開発はー……」
「ふぅん。じゃあ、サクラちゃんのからだ、まだ結構真っ白って事か。僕がいっぱい悪戯していろいろ実験していいとこ見つける楽しみがあるってこと?」
「……体はともかく耳が痒いんだけど……有賀さん酔ってるでしょ」
「若干。ふわっとする。サクラちゃんかわいい。すき。全身舐めたい」
「お、おう。別に、止めないけど、あんまり変なとこ開発されるのもちょっと恐怖……、あ、待っ、足! 足、駄目!」
「……え。もうヒット?」
流れる動作で移動した有賀さんの手が、左の足首を掴んだところで思わず叫んだ。
くるぶしをぎゅっと握られて、びりびりした感覚が腰に来る。そう言えば昔っから足に触られるのイヤだった。体育の授業の体操じみたやつとか、もう本当に最高に嫌だったのを、こんなところで思い出した。
「やっぱ止めてもらっていいですかちょっとそこは嫌な予感しかしない、ばか、舐め……っひ、……ぅ、やだって、言って、……っ」
「ん……サクラちゃんの足首の骨、奇麗で好き。ここ、感じるんだ?」
「…………っ! あ、ばか……! ちょ、骨……だめ……っ」
足首を舐められて、その上くるぶしの骨を掴まれたままこりこりと刺激される。なんだこれアホかと思うくらいに、腰にくる。興奮する。嫌だと思うのがどうやら俺の理性部分だけらしく、若干元気な愚息の反応が悲しいかな、俺の身体の興奮具合を表していて結構死にたくなった。
「ぁ……ッ、……っ、ぅー……、」
痒い。くすぐったい。でもそれがいい。すごくいい。焦らされているみたいな焦燥と、じりじりする痒い快感がつま先から脳みそまで一気に届く。こんなくすぐったい刺激じゃなくて、それこそもっとがっつりと気持ち良くなりたくて、でも足首だけじゃそれは得られない。
それなのに有賀さんは足首を離してくれない。
指から舌を這わせて、両足首を握ったまま、きもちいい? って見上げてくる顔が最高にえろくてもうわけがわかならい。王子様みたいな顔で、俺の足を舐めて足首攻めしてくるお前一体なんなんだ馬鹿って罵倒したいのに、俺の口はやだとやめてと一緒にひいひいとした息しか出ない。
興奮も手伝って、若干声も上擦る。それがさらに、足元の男を煽っていることは分かっていたが、どうにも声は止められない。
意地の悪い男の指と舌は、足の甲の骨もくまなく刺激する。
駄目だと首を何度振っても許してくれなくて、正直もう辛くてついに思いっきり蹴ってしまった。
「……っ、う、わ、……え、そんなにイヤ?」
「イヤだって、言っ……ていうか、やりすぎ、何事も、限度が……あー……ごめん、顔に入ってないよ、な?」
「うん。避けました。……もうちょっと、じっくり責めたかったんだけど」
「やだってば。いや、まあ、気持ち悪いとかじゃないし、ええと……悪くは無い、んだけど。さっきからさ、変なとこばっかりずーっと舐めて弄って触りまくってて、もう、俺しんどいの。……言わせんなよばかー……」
「え。言わせるのが良いんじゃないの。言ってよ、ねぇ」
顔を覗きこむ様にずり上がってきた有賀さんの首にへなへなと抱きついても、誤魔化されてはくれなかった。くそ。
普段はちょろいくせに、ちょっと酔うとゴリ押ししてくるから手に負えない。我儘をいう子供みたいでかわいいけど、その分こちらが羞恥心に耐えなければならない。
恥ずかしいのも快楽の内だ。それはわかってるけど、口を開くまでの決心が辛い。恥ずかしい。明日絶対弁当作ってもらう。そう決心して、ぎゅうと抱きしめたまま耳元でいかせてよって言ったのに、有賀さんは甘く低い声でとんでもない選択を迫って来た。
「うん。口がいい? 手がいい?」
「………………………………………………くち」
「サクラちゃんのえっち」
「うっさい。だって気持ちいいんだよ。手も好きだけど、有賀さんの舌どうなってんだって感じで、ぁ……、ふ……っ、………それ、イイ……ほんと、どうなってんの……」
「きぎょうひみふ」
「咥えたま喋んなばか」
俺のそれに舌を這わせながら、幸せそうに笑うイケメンというのは、どうにも倒錯的だと思う。それでも好きだから仕方ない。俺は有賀さんが好きだし、有賀さんが俺の事イヤと言う程好きなのも知っている。
相変わらず焦らそうとする悪い舌に、結構本気で焦らすなと声を上げると、嬉しそうに笑われる。もう何をしても多分かわいいって言われる領域に入っているんだろうなと呆れたけど、まあ、別にそれでもいいかと思い始めた。
結局俺も、有賀さんがかわいいから。
「うふふ。僕ねぇ、サクラちゃんが真っ赤になりながら、してよばかって言うの、だいすき」
「知ってるっての酔っぱらい」
酔っぱらいに散々弄られた代償に、明日起きたら弁当作ってもらって、夕飯は春巻きとえびシューマイにしてもらおうと心に決めた。
End
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