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蟻と蜜言(有賀×桜介)
サクラちゃんはお酒に弱い。
それは本人も理解している周知の事実だったし、勿論僕も把握している彼の特徴の一つだった。
アレルギーがあるわけでもないし、弱いと言ってもビール二杯くらいは普通に飲めるらしい。
最初に僕と出会った時は、あれは色々な要因が重なって相当無茶な飲み方をしていたようだけれど、基本的には自分の飲める量をきちんと見極めてお酒を楽しむことができる、大変大人な男だった。
仕事柄、または上司の趣味柄どうしても、飲み会に引っ張られていくことが多いサクラちゃんは、酔うと言ってもふわふわするなーくらいの陽気なテンションに留まっている。
だから僕も特に心配などすることも無く、週末ごとの町内の飲み会や上司との飲み会、果ては友人との飲み会にも、多少の嫉妬はさらりと隠しながらも笑顔でいってらっしゃいと見送っていた。
そもそも大体は一緒にどうかと誘われるのに、まったくもって片付かない自分の仕事が悪い。嫉妬などお角違いだ。
その度にサクラちゃんは苦笑して、じゃあ飲み会終わったら泊りに来るからそれまで頑張れとキスしてくれるからどうにか我慢もできるし、ああもう本当にサクラちゃんは僕に甘いたまらないと思う。
とにかくその日もヒトの良いサクラちゃんは週末の友人一同飲み会に引っ張られて行ったらしく、彼氏様も是非と言われた僕はやはり、納品先の急な仕様変更連絡の為自宅でパソコンに向かいつつ、その電話に断りを入れていた。
サクラちゃんが僕の家のインターホンを押したのはぎりぎり、日付が変わる前くらいの時間だった。
すっかり作業に集中していた僕は、夕飯も忘れて最後の仕上げにかかっていた。合いカギは渡してあるのに、サクラちゃんは結構な比率でインターホンを押す。それに応じて鍵を開けて、迎え入れるのは嫌いじゃないので別にいいけれど、その日よっこいせと扉を開けた瞬間急に抱きつかれて流石にびっくりして変な声が出そうになった。
「さっ…くら、ちゃん、どうしたの、え、うそ酔ってる、の?」
「……あー。酔ってる、かも、しれない。なんかすっごい飲んだ気がする、ふわっふわするー。ありがさんただいまー」
「うん、おかえりなさい。珍しいこともあるもんだね、まあ、水でも出すから靴脱いでおあがりよ。抱きついてたら動けないでしょ」
「ゆずはちみつのみたい」
「……中々コアなもの要求してくるね。ゆずないから、蜂蜜檸檬で勘弁してちょうだいね。ほら、鍵閉めるから、こっちきて」
抱きついたまま離れようとしない酔っぱらいをどうにか引きずる様にして部屋の方に移動する。
僕の方が上背はあるけれど、多分体力とかはサクラちゃんの方が上だろう。身長のおかげでどうにか引っ張ることができたけれど、少し頑張ったせいでもう息が上がりそうになる。
随分とふらふらな珍しいサクラちゃんを座らせて、レモンを絞るより先にまず水を飲ませようとしたら、また抱きつかれた。
嬉しいことこの上ないが、如何せん水が零れそうで恐ろしい。普段はあまり物を散らかさないように善処している部屋ではあるけれど、今日は自宅作業のせいで資料やら何やらがそこらじゅうに散らばっていた。
押し倒してきそうな勢いに、とりあえずストップをかけ、水だけ机の上に避難させる。
ついでにそっと紙の束を壁際に押しやり、酔っぱらいにずるずると引きずられながらもどうにかスペースを確保した。容赦のない健康な働き盛りの酔っぱらいは恐ろしい。
「さーくらちゃん、あのー……ぎゅうぎゅうされるのは、嬉しいんですけどね? お水飲まないで平気なんですかね。後で気持ち悪くなって、大変な事にならないんだったら、別に、いいんだけどさ。ていうか本当にどうしたの。飲み会でなんか嫌な事でもあった?」
「んー……飲み会は、楽しかったよ。ちょっとみんなと集まる前に、よくわかんない番号から着信があって、うっかり出たら昔の男だっただけでさー……しつこくて切れなくてすんごい面倒くさかったんだけど、もうすんごい一生懸命頭使って笑顔でやわらかーくもう電話かけてくんなっていうのをオブラート三十枚くらいに包んで伝えるの、めちゃくちゃ疲れてさー……」
「昔の……、ああ、新條さん? カメラマンの?」
そういえばそんな男が確かに居た。
先日サクラちゃんをディナーに誘った際に、うっかり遭遇しその上サクラちゃんを桜介と呼び更に口説くというとんでもない行いに及んだ為に一応釘を刺したのだけれど、やはり、あまり効いてはいないらしい。
ああいう輩は『キミが言わなきゃバレナイよ』と、平気で言うイメージがある。偏見と嫉妬が多大に混じった感想だけれど、当たらずとも遠からずというところだろう。
「そー。もー、だからおれはーありがさんのだって言ってるのにさー。ヒトの話きかないんだもんあのスケベ顔。すっげー疲れてね? めっちゃ愚痴りながら飲んだら酔っちゃって、そんでありがさんに会いたくなって、もうだめだって思って、……仕事中だって知ってたのに、ごめん」
しおらしく僕の上に乗っかりながらも項垂れるサクラちゃんは、とんでもなく愛おしく、仕事など一気にどうでもよくなる僕はやはり子供だ。
幸いにも作業は終わりかけていたし、きちんと保存もかけてある。後は明日起きてからでも問題はない。これは言い訳ではなく事実なので、心おきなく僕はサクラちゃんに笑いかけた。
「仕事はね、ほとんど終わってたんで平気だから、うん、まあ、謝らなくても。僕もそう言ってもらえるととてもうれしいので、問題はないけどね」
「ほんと? 俺、邪魔してない? じゃあさー、酔っぱらいの我儘、きいてくれる?」
「ん? うん、別にいいけど。サクラちゃんが我儘だなんて珍しいね。ゆず買ってこいっていうの以外なら、善処するけど、何?」
「えっちしよ」
「………………幻聴が聞こえたきがする。なんだって?」
「せっくすしたいです。有賀さんと。酔っぱらった俺とすんの、嫌? あーでも、ちょっと、風呂入ってる余裕ないから、最後までできない、でもなんでもいいからしたい。有賀さんとエロいことしたい」
「……心臓がおかしくなるよ。ちょっとサクラちゃん黙りなさい」
「だって、ん……ふ、…………っ、」
「――………、っ………ね? 僕でよければ、いくらでもお相手しますから」
何かまだ言いたそうな口を、自分の口でふさいで熱い舌を絡めて吸って、至近距離で囁けば、とろりとした瞳ですきと言われて僕の方こそ溶けそうだった。
サクラちゃんがこんな風にがつがつと求めてくるのは珍しい。別に、普段からカマトトぶってるわけでもないし、ベッドに入ればそれなりに積極的だけれど、甘い言葉を意図的に吐くタイプでもない。
もっぱらその仕事は僕の物で、だからこんな風に、押しかかられて求められるのは初めてかもしれない。
耳に痒い遠回しな言葉も好きだけれど、直接求める卑猥な言葉も嫌いじゃない。というか、たまになら大歓迎だということを今知った。
格好良くお姫様だっこで持ちあげたかったところだけれど、勿論インドアな僕にはなかなか難しい。仕方なくまた引きずる様にふわふわしているサクラちゃんを立たせ、どうにかベッドまで移動した。
暫くは蒲団を直接敷いて寝ていたけれど、一々片づけるのも面倒でパイプベッドを適当に購入したのは先月のことだ。これがまた、非常にギシギシとしなる。普段はそう気にならないけれど、致している時の音がどうにも気になるとのことで、より一層サクラちゃんはこの部屋でそういうことをしなくなった。
今日は恐らくお隣のサラリーマンも帰宅している。
普段ならば場所を変えて、というところだが、サクラちゃんの方に余裕がないらしい。
ついでにそんな風に迫られたら僕の方の余裕もきれいさっぱり無くなってしまう。自慢ではないが、我慢は得意な方ではない。お隣さんには今度お詫びの気持ちを込めて肉じゃがでもおすそ分けすることにして、サクラちゃんの少し汗ばんだ服を脱がせて自分もシャツを脱いだ。
「……ありがさん、ちょっと、ふとった?」
そんな僕を見上げて、ベッドの上のサクラちゃんが容赦なく笑う。
「わぁ。これからえっちなことしようっていうのに、ムードも何もないつっこみ、嬉しくないねぇ。……煙草やめたらちょっと、その分何かつまんだりってこと増えたけど、多分そんなに体重は変わって、ない……筈だけど、どうかな、最近測ってないなぁ。もし僕がぷくぷくになったら、サクラちゃんに捨てられちゃう?」
「どうだろうなぁ。俺、ありがさんの顔すんごい好きだけど、でも、なんか最近は、全部好きだなーってほんと思うからなぁ。ふかふかした感触のありがさんも、すきかもしれない。でも、こんなの有賀さんじゃないって、思っちゃうかもしれない」
「ふかふかって恐ろしい響きだね、まったく。こんなの違うって捨てられないために運動しようって今心に決めました。サクラちゃん、寒くない?」
「さむくないよ、寒くないから、はやく、触っ……ひ、ん……っ、ぁ、ありがさんの、手、つめた……っ、」
「サクラちゃんがあっついんだよ」
汗ばんだ首筋を舌で濡らしながら、爪の先で線を描くように鎖骨から胸に指を這わせた。
いつか乳首の先ばかりを弄り続けていたら怒られたけど、今日はもしかしたら理性など吹っ飛ばして声をあげてくれるかもしれない。いつももう少し弄っていたい、と思うのに、そこばっかりいやだと止められてしまうのが残念だった。
サクラちゃんがとろっとろに溶けている今のうちに、好きなことやっちゃおうか。きっとサクラちゃんは記憶を無くす事は無いし後で大変怒られる気がするけれど、目の前に出された御馳走を前に、僕の理性もぐらぐらと揺らぐ。
何度か乳首をひっかき、親指の腹で捏ねまわすと甘い声が上がる。
気持ちいい? と訊くと素直に良いという答えが返ってきて、僕の体温をまた少し上げた。
「は、……ぁ、ぐって、潰されるの、きもちいい、けど……」
「こう?」
「ん……っ、……ふ、そう、でも、……もっと、いいとこ、触ってほし……、ね、ありがさん、じらすの、やだ」
掠れた甘い声が耳の奥に入り込んで、そのまま呼吸を止めてしまうかと思った。
はしたなく尚且つ情けないことに、腰のあたりに直に響く。思わず覆いかぶさり息を吐いたのは、興奮を鎮める為だった。情けないというか、恥ずかしい。
「…………酔っぱらいサクラちゃんの威力とんでもないね。ああもう、ばか。ちょっと……声と言葉だけで相当なものなんだけど、それ、あー……ばか……」
「え、なに……、ひ、ぅ……あっ!? ん……っ、あ、だめ、待っ……」
「はやくって言ったのに、だめなの?」
「違、……あ、やだ、違うくて、……ッ、ありがさんので、擦って、ほし……っ、あ、何ソレ、いじわ、る、ばか」
「サクラちゃんがえっちなこと言うから、僕が動揺しちゃったの。……まったくもう、こんなに耳に甘いセックス経験したら、唾液まで甘くなっちゃいそうだね。明日、朝、ちゃんと僕の顔見てキスしてね?」
「あ、堅……、手、いいから、そのまま……っ、ん、は……、それ、すき……っ」
甘い顔で甘い声を洩らすサクラちゃんの御所望通り、僕の物と重ねて握って腰を揺らして擦りつけると、気持ちいいのか、手の甲を口に押し当て声を洩らす。
かわいいし、気持ちいいし、最高に扇情的な光景だ。
こんな風に男性の身体に欲情する日が来るとは思わなかった。今も、身体の一部に興奮するというよりは、触った時のサクラちゃんの反応に興奮する、といったところだけれど、それにしてもかわいすぎて辛い。
ぎしぎしと軋むベッドの音も手伝い、耳でセックスしているような錯覚に落ちいる。
サクラちゃんのいつもより少し高めの嬌声が、溶けた表情が、求める声が、煽る。そうでなくても、求められて調子に乗っているのに、理性なんかで耐えられるわけがない。
結局僕が先に我慢できなくなり、イってしまって、また恥ずかしい思いをすることとなった。
別に、サクラちゃんはそんなことで怒ったりしないし、実際一緒にイキマショウというのは中々無理がある。
暫く放心し、放ったもので濡れた手とサクラちゃんの腹筋を見ていたけれど、唐突にサクラちゃんが僕のものを握りしめてきて正直殺されるかと思った。
「ッ!? ちょ、サクラちゃ……っひ、ぁ、待っ、あの、もうちょっと待ってもらえると、その……っぁ、ばか、だめ、ちょっと、……っ、ん、……――っ!?」
「だって、ありがさん、かんわいーし、えろいし、ね、俺が上になったら、だめ?」
「え。いや、駄目ということはない、けれど、だからちょっとだけ休息を頂けると僕もそれなりに回復、……だから、にぎにぎって、しないの……っ」
「えへへ。かわいー。いくときの有賀さん、すんごいえろくて、ちょうすき。もいっかいいくとこみたい」
「サクラちゃん酔ってるといろんな分野で積極的になるのね」
「きらい? いやだ?」
「好きだよおばか。なんでもしてあげるから、とりあえず水飲んで休憩ください」
なんとか懇願してどうにか離してもらえたけれど、確かにサクラちゃんはイってないし、しんどいかもしれない……と思ったけれど酔っぱらいはそんなこと気にすることもなく僕にキスを求めてきた。
サクラちゃんは、べろべろに酔っぱらうと、本能に忠実になるらしい。
そういえば一番最初に出会った日も相当酔っていた所為か相当エロいお人だったような気がしないでもない。お酒の力というものは恐ろしいものだ。
「サクラちゃん、僕が居ない時にべろべろに酔っぱらったりしたら駄目だよ」
「だいじょうぶ。べろべろに酔っぱらったら、だいたいありがさんに会いたくなるから、日本のどこにいてもあいにいくよ」
「……心臓もってかれるかと思ったよ。なにそれ。かっこいい。サクラちゃんもしかして、僕のことすごい好き?」
「あんたしかいらないっていってんじゃんばーか」
首に巻きついてだからもっと触ってという生物は、本当に愛おしく尚且つ僕は本当にチョロいなと、思いました。
翌朝の事。
「さーくーらーちゃん。ねーもう、ほら、昨日約束したじゃない。ちゃんと起きたら顔見てキスしてねって言ったじゃない。お酒飲むと人間誰しもちょっとほら、あー。アレになるっての、僕はちゃんと理解してますよ? だからそっから出ておいで」
「…………やだ。もうほんと、あーもう、もー……はずかしいしにたい貝になりたい」
「サクラちゃんが貝なら僕はそうね、海の水になってサクラちゃんを包み込む――…ちょっと、ちゃんと聴いてください、今中々恥ずかしいこと言ってたのに、独り言になったらもっと恥ずかしい」
「有賀さんを殴って記憶を抹消させたい」
「え、こわい。ていうか昨日のは本心じゃないってこと?」
「あんたのことはしぬほど好きだよばか。でもそれとこれとは違うんだよばか……。せめて俺の方の記憶消したい……。なにあれ。有賀さん何で止めないの。ていうか腕縛られた時点で抵抗してよ!!」
「え。いや、サクラちゃんがやりたいならべつにいいかなーと思って。まあ、気持ち悪いとかそういうことはなかったよ?」
「ばか! この盲目ばか……!」
サクラちゃんは結局昼までシーツの中から出てこなかったけど、照れて唸る様子は大変愛おしかったので僕的にはまあ、悪くは無い経験だったと思った。
End
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