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キスとパンツ(シナ×トキ)

変態ホイホイだという話はきいていたけれども。 「……つらい…毎日つらいよう……」 ぐったりとした声を出すトキチカさんは、すっかり消沈した状態で玄関先に迎えに出たおれにしなだれかかって来た。 細い体を受け止めてぎゅっと抱きしめつつも、眉が寄ってしまうのは仕方がない。 「あー……またあれっすか。例の客っすか。ヨーグルトとコンドームの」 「そう……ヨーグルトマン……本日お買い上げはアロエヨーグルトでございました。そして本日はおパンツをプレゼントしていただきました」 「着実にエスカレートしてんじゃないっすか。まあとりあえず靴脱いで。メシ買ってきました? おれ帰りに食ってきちゃったけど」 「うーん……サンドイッチ買ってきたけど、あんま食う気起きないー」 へろへろしているトキチカさんの額に軽くキスすると、ちょっとだけ安心したように表情を崩してお返しのようにほっぺたにキスを返してくれた。 こういう小さな可愛さにまだまだおれは慣れてなくて、ぐったりしてるトキチカさんには申し訳ないけどほんの少し幸せな気分になってしまう。 と、同時に、こんなくそかわいい人に迷惑を掛けまくる変態野郎に殺意が沸く。 トキチカさんはいつものパーカーとトートバックを部屋の隅に置いて、フローリングにぐったりと座る。 この前ノリで買った、人をダメにするソファーにだらーっと乗りかかるのがかわいいけど、最近はおれじゃなくてそっちにばっかり凭れかかるのは若干よろしくない。 玄米茶入れたマグカップをテーブルの上に出して、自分には珈琲を入れた。 「一昨日はパンツの色きかれたって言ってませんでしたっけ」 隣に座って頭を撫でると、目を細めて唸る。 「そうなのよね。うっかりパニクって答えそうになったしなんだったらオンナノコでもないしパンツの色くらい別にいいのかなって思ったけど、やっぱなんか気持ち悪いから濁して笑って誤魔化したんだけど。そしたら本日はパンツプレゼントですよーもうやだつらいー」 「え。まさか受け取ったんですかパンツ」 「そんな馬鹿な。いりませんって結構本気で拒絶しましたよこえーもん。でもカウンターに置いてかれたからさーもうどうしようもないじゃないの。しゃーないから捨ててきたけど学生バイトが面白がって中身開けちゃってそしたらティーバックですよーもーやだー」 「……まあ、似合うか似あわないかっつったら、似合うとは思いますけどそういう想像されてるって思うだけでマジでムカつきますね」 「倉科クンお顔が怖い……」 「言っとくけどガチで切れてますよ、トキチカさんにじゃなくてコンビニレジに毎度毎度ヨーグルトとゴム買いに来てトキチカさんにセクハラかましてくる変態にですよ。もー……あー。あー」 なんか変な人に気に入られたっぽい、という相談というか報告を受けたのは二週間前くらいの事だと思う。 自分一人で悩まずにすぐに伝えてくれたのは嬉しいし、ありがたいし褒めたいと思う。まあ、普通のことなんだろうけど、トキチカさんのコミュニケーション能力というか他人信用スキルの低さから考えると、隠さずに話してくれただけでも感動もんだ。 毎回ヨーグルトとコンドームを買っていくその中年男性は、トキチカさんがレジにいると必ず声をかけてくるようになり、その上セクハラというか性的な発言をするらしい。 トキチカさん自体はその変態オヤジに見おぼえもなく心当たりもないという話だったけど。 対人商売してればまあ、変な人に目をつけられることもあるだろうし、しゃーないだろう。変態っていうやつは案外多い。これはおれ自身もレンタルDVD屋でバイトしてるからわかる。 世の中には言葉も通じないような人間がいる。 しかし電車に乗れば高確率で痴漢に会うし、飲み屋街を歩けば酔っぱらいにからまれるし、もうなんつーか本当にこの人は変態ホイホイだなって身を持って実感した。 でも自衛しろって言ってもできるもんでもないだろう。 もうしゃーないんだろうって割り切って、とにかく何かやばそうなことがあったらすぐに知らせろという約束だけはしっかりとした。 これが彼女とかなら、全力で職場に乗り込んで変態をとっつかまえることができるんだろうけど。生憎と恋人は生粋のトラウマ持ちのゲイだ。 職場に乗り込んでいって強制カミングアウトさせるわけにもいかない。 「……そんなバイトやめちまえって言えるほど稼いでない自分の人生恨む……」 「え。なにそれかっこいい。いやうん、大丈夫だって、多分、ああいうの今まで結構いたし、なんとなく逃げるの慣れてるし、あと倉科クンがあーそのーええとーほらーアレっていうのもー結構ほら心の余裕……」 「アレってなんすかちゃんと言ったらいいじゃないっすか」 「…………コイビトって響きちょっと恥ずかしいよね?」 「恥ずかしがりつつ言うトキチカさんがかわいいんですよ。あーもう今日もくそかわいい……ていうかそのソファーそんなにアレですかね良いですかね好きですかね。おれより好き?」 「……くらしなくんはおつきあいはじめると甘くなるたいぷ……ときおぼ……」 真っ赤になりつつもソファーから身体を起こしておれの膝に乗ってくるのがもうかわいい。かわいいかわいいうるせーって言われても知るかと思うくらいかわいい。 飽きもせずにキスを繰り返していると、くすぐったいのか恥ずかしいのかぎゅっと抱きついてくる。 かわいい。 「ちょうかわいい……あーほんと、宝くじでも当たればその金でトキチカさん家に閉じ込めておくのにな……」 「え、こわいこわい。やだよ、お金があるなら旅行とか行こうよ。オレさーお付き合いしてる人とご旅行とか経験無いわけでつまり憧れちゃうわけで」 「それは宝くじ当たんなくても行けるでしょ。そういうの早く言ってくださいよ、こっから冬じゃん……あーでも冬の温泉も良いっすね。ついでに雪の中の撮影も一緒に、」 「それすんげー寒いやつでしょ知ってるってのー倉科クンの写真って基本自然に埋もれさせられるじゃん枯れ葉とか水ならまだしも雪はやぁよー」 「べつにもこもこコートとマフラーとイヤーマフに包まれたトキチカさんの撮影でもおれは構わないです」 「それ仕事につかえんの……?」 「使いません。個人的コレクションにする」 「……オレのアルバムもう三冊目でしょ知ってんだよ……?」 あれ、隠してたのにバレテターって感じで笑いつつ、実はあと二冊仕事場に隠してる事は内緒にしておいた。流石にキメエと思われそうだ。 でもトキチカさんは一々おれのツボで、動いてるだけで楽しく観察していられる。基本デジカメはいつも持ち歩いてるから、家でも外でもいつでもどこでも写真は撮れた。 はにかむみたいに笑う顔もかわいいけれど、パン頬張る顔とかも良い。眠くて半目で海洋生物のドキュメンタリー映画を見てたりする時も良い。最高にかわいい。 そんな些細な写真が増える度に、あーもう幸せにしよう、なんて新婚旦那みたいな気分になって人生頑張ろうと思える。おれは年下だし、まだまだガキだし毎日バイトみたいな仕事の繰り返しだけど、ちょっとずつ前に進めてるかなって思うし。 とりあえずおれは仕事がんばって、そんでトキチカさんはどうにかパンツ贈呈の変態から逃げてほしい。 爪伸びたね、なんて言いながら手を弄りつつ、指の間をなぞった。 「あー……自衛も兼ねて、リングとか買います?」 「え。え? ……リングって、指輪?」 「そう、シルバーリング。まあ、そんな高くないやつで、あんまり重い意味とかないような、でもどうせならペアリングがいいなーとか。てかそういうの、うざい方? 平気な方?」 「…………………嬉しい方」 なんだか知らないけれど感極まってしまったらしく、トキチカさんがちゅ、と小さくキスしてくれた。 なんかそういうの結構貰ってそうなのに。 という疑問というか素直な感想を伝えたところ、非常に気まずそうに視線をそらしながら唸っていた。 「いやね、あのねー……もらう、っちゃぁ貰うんだけど、最後に返せって言われるしオレも基本別れると全部燃やすタイプだしあとなんかこう、一緒に買いに行ったりとかそういうのはしたことなくて、いきなりぽいってもらう感じはあったけど。相談されたのハジメテよ」 「あー。あれっすよね。トキチカさんの元彼連中って結構ブルジョアっすよね。でも多分おれが一番トキチカさんのこと好きなんで。そこは自信持ってるんで、ってちょっとちゃんときけし」 「やだーみみがぁーとけるー!」 そんなことを言いつつ耳をふさぎながら笑うのがかわいくて、とりあえず明日帰りにアクセサリーショップ覗いてみようと思った。 パンツとゴムの変態の処遇は、カヤさんにでも相談してみようと思う。まさかまた本物のヤクザさんを出してくるとは思わないが、おれよりはまともな案を出してくるだろう。 「ティーバックよりも紫のボクサーパンツの方がおれは好き」 「…………ときおぼ」 何度目かわからないキスをして、何度目かわからないけどまたかわいいなちくしょうって思った。 End

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