25 / 54
花と豆と病のはなし 06
花と蟻と豆のはなし
思い返せば、言われてみればそうだよなっていうか何でおれ気がつかなかったんだ? ってことばかりで、自分の想像力やら観察力やらの貧困さに笑いが出る。
社長と桜介さんってやたら仲良い割に趣味が一緒だとは思えないし、よく一緒に居る割に何したかとかそういう話きかないし、いやまあそれは歳も違うしおれと桜介さんが格ゲーとかしてだらだら遊んでる事をわざわざ社長に言わないのと一緒かなって思ってた。
やたら仲が良い。モノの貸し借りの頻度が多い。そんでお互い結構ガチな恋人が居るっぽいのに全く女の影がない。
桜介さんちには結構行ってるし、歯ブラシ二本あるのは見てるけどさ。メイク落としとか洗顔とか、そういう女子特有のものは確かに見当たらなかった。
冷静に考えれば絶対に気がついた筈だ。そもそも桜介さんの字ってサクラじゃん。なんでおれはそれに気がつかなかったんだろう。いやでも桜介さんラインの表示名カタカナだしそう言えば字面であんま見ない……くっそ、微妙に用心深いところが小憎らしい。
桜介さんとトキチカさんがどんな話してたかとかおれは知らないけど、まあ流石に反応見てたらこっちもバレてることくらいはわかる。彼氏が迎えにくるんです的な流れだったんだろうなって思うし。うん。
でもトキチカさんがそういう話するのって稀な気がして、やっぱ桜介さんの兄貴力はすげえと思ったし、だめだおれまだ混乱してると思って髪の長いなんか奇麗なおにーさんにすいませんウォッカストレートでくださいってお願いした。
「おや、お強いですね彼氏さん。何やら込み入ったお話のようですけれど、奥の席に移動してもいいんですよ?」
「あー……いや、まあ、ご迷惑じゃなかったらここでいいっす……桜介さんの馴染みの店ですか?」
トキチカさん挟んで座る桜介さんに声をかけると、歯切れ悪い答えが返ってくる。動揺しているのはおれだけじゃないらしい。
「あーうーん、えーと、俺っていうか……有賀さんの?」
「あー。社長好きそうっすわ確かに……一人黙々と酒飲んでそう。カウンターの端とかで。似合いすぎててむかつきますね」
「や、うん、似合うよ、似合うしあのー……悪い亮悟どっから話したらいい?」
「いや大概察してます。すいませんうっかり動揺してちょっと思考が固まったんですけど、今じわじわそらそうだなんで気がつかなかったんだおれアホかって思い直しているところです。……そういやこの前気のせいかなって思って流したんですけど、気のせいじゃねーよ指輪それペアっしょ……」
おれが指摘すると、桜介さんは気まずそうに左手をそっとさする。薬指の指輪は、社長が仕事中にしてるやつと一緒のデザインだ。
シンプルなものだから良く見ないとわかんないけど、絶対ペアだって確信している。
「亮悟が一緒に居る時は外してたんだけど何で気がつい……」
「風呂場にあった。顔洗った時にみた」
「……気をつけよ……いや他に人家にあげたりしないけどさ……」
大変気まずそうな桜介さんは、甘そうな青い酒をずるずると舐める。言葉にしてやっとどうにか落ち着いてきて、はてなマーク飛ばしまくってるトキチカさんの頭ぽんぽん叩いた。
一人でバーで待ってるっていうから、それも結構心配していたんだけど。結果がどうあれ、一緒に居てくれたのが桜介さんなら何の心配もない。ナンパとかの心配もないし、例の槇野が追っかけてきてもガチでタイマン張っても勝ちそうで怖いくらいだ。タマコさんと同レベルで頼りになり過ぎる。
「すいません、トキチカさんおいてけぼりにしちゃいましたね。えーと……紹介します。こっちの爽やかなお兄さんは、おれのバイト先のデザイン事務所社長の有賀さんの彼氏さんで、そんでおれのゲーム仲間でよく遊んでもらってる三浦桜介さんです。ちなみに社長とホモだって今この瞬間に知りました」
「ごめん……ごめんって亮悟……あーもう恥ずかしいこんなはずじゃなかったんだ……いやでもときくんの彼氏亮悟だったらそらかっこいいよ自慢の彼氏だよわかるよ……そりゃ彼氏自慢するよ……」
あーあー言いながら桜介さんはカウンターに突っ伏してしまう。どうやらおれよりもダメージがデカイらしい。トキチカさんはようやく面倒くさいおれたちの事情を理解したらしく、なんかごめんみたいな視線送って来たからぐりぐり頭撫でといた。トキチカさんは全く悪くないし、パニックにはなっているけど別に怒ってはいない。
ただこんな身近におれ以外のホモが潜んでいたことに動揺は隠せない。すげえ、ホモって案外いるのな。うっかり、ホモはひとつの街にひとカップルがせいぜいだと思いこんでいた。この確信がどこからきてたのか、良く考えたらまったくもってわからない。
そんな先人ホモだったことが発覚した桜介さんは、心なしか赤い顔でまだ唸っていた。……照れてる桜介さんって初めて見たかもしれない。いつだっておれといる時は頼れる兄貴って感じで、ちょっと残念だったり抜けてたりするとこもあるんだけど、あんまこう、へなへなしてるって事が無いから変な感じだ。
あー社長の前だとこうなんのかって思ったら、なんかこう、何とも言えない気分になる。
「あーどうしよ有賀さんやべえごめん、ていうか亮悟どうしよういっそ呼ぶ? 事務所もう閉めたっしょ? いっそ有賀さん呼ぶ?」
「呼んでもいいっすけど。……おれちょっと辛く当たる予感しかしない」
「え、なんで? 隠してたから?」
頬杖ついたまま首を傾げる仕草とかおれそんなん見たこと無いっす桜介さん。なんなの。それ絶対恋人向けの顔でしょちょっと秘密バレて警戒心薄くなってるっぽくて、なんかかわいいのが余計にこう、ちくしょう社長みたいな気分になる。
「ちげーっすよそんなんどうでもいいっすよ正々堂々ホモですって言われてもひかねーけど、そういうのは人それぞれやっぱあるし堂々としてるのが正義ってわけじゃねーし、そうじゃなくて、そうじゃなくて……! おれ今、理想の兄ちゃん取られた感半端ないんす……!」
「……なにそれかわいい。でも有賀さんのことも好きっしょ?」
「好きだけど……! 好きだけど社長は尊敬する男なんです。だからなんか、どんな女性と付き合ってても結婚しててもいいんすけど、違う、桜介さんは遊んでくれるにーちゃんだったの……! 社長の事もすきだけど! ちげーの!」
もう完全に兄貴取られた気分だ。ずるい。社長まじでずるい。
おれが好きなのはトキチカさんだし一緒にいちゃいちゃしたいのもトキチカさんだし絶対にそれは変わらないけど、すげえ仲良い親友とかすげえ好きな親戚のにーちゃんねーちゃんが結婚するって言った時、多分こういう微妙にもやもやした気持ちになると思う。
本当に理想の兄ちゃんなのに。実際俺には歳の離れた兄貴がいるし、特別仲悪いわけじゃないけどあんま趣味が合わないから一緒に遊んだ記憶もない。普通に家族として仲はいいけど、やっぱ一緒に馬鹿して笑ってくれるような人だったら嬉しいし、その理想を形にしたみたいな人が桜介さんだった。
多分相手が女性だったとしても実際目の前にしたら、ずっるいなって気分になってたと思う。それが人柄知ってる社長だからこそ、憎さもひとしおだった。
「…………桜介さんってもしかして面食いっすか……」
「うわぁばれた……。うんそう~イケメンだいすき。まあ、今は有賀さんが一番好きっていうか他はどうでもいいけどね。あの人の良いところってイケメンなとこっていうかちょっと駄目なとこだけど」
「ガチでのろけられた……くそ、攻撃力たけえ……でも桜介さんのでろでろした顔わりとレアだと思うとこれもアリかなって思っちまう……」
「亮悟あれだよな? 結構俺の事すきよな?」
「好きっすよめっちゃ懐いてるつもりでしたけど伝わってません? おれね、夜中に呼び出されても切れずに駆けつけるのってトキチカさんか桜介さんかカヤさんか社長かってくらいですからね」
「あれ。唯川君は?」
「ひじきは一回切れてからかけてつけてやらないこともない」
「……亮悟なんで唯川君にはツンデレなん?」
そりゃだってうぜーからだ。ちょっと褒めるとすぐ調子に乗るから基本的に褒めないことにしている。割とおれはあいつのこと嫌いじゃないけどそれも言わないことにしていた。うぜーから。
ていうか、あーそうか、うん。……そうか桜介さん社長とホモなのか。
もうさっきからずっとそう言い聞かせてるのに中々実感がわかない。だって社長と桜介さんって別に同じ空間に居てもごく普通の友人って感じだし、まあ、ちょっと微妙に仲良すぎる夫婦感はあったけど、まさか本当に夫婦だとは思わなかった。
お互いそう言えば『一生ものの人がいる』とか『奥さんみたいな人がいる』とか言っていたことを思い出す。それってつまり有賀社長的には桜介さんのことで、桜介さんは社長のことだったわけで、そう考えると羨ましいカップルのようにも思えた。
おれはまだ、そこまで自信を持ってトキチカさんと一生添い遂げますって言いきれない。すんげー好きだし、全力で守るって心に決めてるけど。でも、まだ勇気が無い。トキチカさんの人生引きずる勇気が無い。
それをきっちりと言葉にして覚悟してるのって、相手が男でも女でも、やっぱり格好良い。
格好良い大人すぎて、結局おれが二人を好きなことには何の変わりもなかったし、なんだったら微妙にもっと好きになってしまったような気がする。散々ひじきやトキチカさんのことチョロいチョロいと思ってたけど、おれもあんまり変わらないのかもしれない。
人を好きになることっていうのは、割と簡単だ。それを持続していくのは大変で、でもおれの周りの人間は良いやつばっかりで、さらりとタラシ込んで行く。
有賀社長も、桜介さんも、唯川も、カヤさんも、タマコさんも、トキチカさんも。やっぱ好きで、これって恵まれてんだろうなって思った。
人生楽しい事ばっかじゃないけど、おれは割と、自分の境遇に感謝している。ちょっと駄目で、でも愛おしい個性的な大人ばかりだ。
なんとなくもう桜介さん幸せならどうでもいいやという極論にまでいきついたところでやっと吹っ切れ、もう面倒くさいから社長呼んじゃいましょう改めて自己紹介しましょうという流れになった。
有賀社長は基本的にあんまりリアクションが派手な方じゃないけど、想定外の事態に弱めだ。馴染みのバーに揃った桜介さんとおれと、そしておれの恋人にどんな反応を示すのか、いっそ楽しくなってきた。
桜介さんがにやにやとメールしている間に、こそっとトキチカさんに囁きかける。
「つーか、トキチカさん彼氏自慢とかしてたんすか。まじで。なにそれ聞きたい」
「え!? え、だってサクラさんが『彼氏かっこいい?』って訊くからそんなんかっこいいって答えるじゃん……! かっこいいの塊じゃん倉科くん!」
「相変わらず盛大なフィルターっすけどまあ嬉しいからいいや。桜介さんとトキチカさんっておれからしたらすげー不思議な組み合わせなんすよね……他にどんな話してたの?」
ふと疑問に思って、軽い気持ちで質問しただけなんだけど。
なんかトキチカさん一瞬でぶわっと赤くなって、ええとええとと慌てだして、え、ちょ、待て待てあんたら何の話してたの?
「トキチカさん? ……え、ちょっとマジで何の話……」
「亮悟には言えないえっちな話だよなー?」
慌てるおれに、にやにやした桜介さんが横やりを入れてきた。その答えに固まっていると、真っ赤になったトキチカさんがあわわと身を乗り出す。かわいい、じゃない、どういうことだ三浦桜介。
「え、いや、違、わないけどなんていうか倉科クンに引かれそうな話っていうか、ひひひ、ひみつ……!」
「いやいやいやいや。反応がアレすぎて逆に気になりますちょっと桜介さんうちの人に何してるんすか」
「なんもしてないって。仲良く猥談してただけだし」
「わいだん!? トキチカさんが!?」
「ノーマル男子にはわっかんないお悩みがあるのよーねー?」
「え、え。トキチカさん悩みとかあんの? それおれじゃ相談のれないかんじのやつ?」
ちょっと本当に不安になってきて、結構真面目に聞いたのに、トキチカさんは赤い顔でぶんぶん首を横に振る。
いやいやそのリアクションつまりどっちだ。イエスかノーで答えてくださいかわいいけどさ!
「おれには言えないけど桜介さんには相談できることがある、と……」
「違、いや違わな……ああ、あのね、もうほんと些細なことだから、ほんと、たいしたことじゃないっていうかっ」
「じゃあ教えて?」
「……………………っう―――――無理……っ」
くそ。かわいいことしか分からない。
でもトキチカさんが懐いたのが桜介さんで良かったとか、そんなよくわかんない安心の仕方をしてしまった。おれのまわりホモ多いなって、それはびっくりしたけどさ。
別に、桜介さんの人格や社長の性格が変わるわけでもない。多分この先もおれは桜介さんと遊ぶし、社長とだらだらと仕事をしていくんだと思う。結局いつも通りに落ち着いてしまうんだろう。
ちなみに。後にひじきの恋人も男だったという事実を知り、あいつの腹にパンチ一発ぶちこんだのは別の話だ。
【花と豆と病のはなし/END】
2015年くらいに出した同人誌のログでした。
ともだちにシェアしよう!