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花と豆と病のはなし 05

ビーンズ&フラワー2 「青い……、きれい!」  カウンターにすっと出されたショートグラスを目の前に、そんな頭の悪い感想をそのまま口にだしてしまって一瞬で後悔した。  ああほんと俺ってば頭悪そうじゃん青いってなんだよそのままじゃんもっと気の効いた言葉なかったの、って思うけど何度見てもその小さな逆三角形のグラスに注がれた薄ぼんやりとした液体は青く発光してるみたいで奇麗で、やっぱりきれいだなぁっていう感想が先に来る。 「楊貴妃というカクテルです。青いのはブルー・キュラソー。桂花陳酒を使うのであまり一般的なバーでは提供されませんが、比較的軽めで飲みやすいものですよ。刻さん、甘いものは平気だと伺いましたので」 「あ、好きです甘いの。すごい、花みたいな香りがしますね。あと、果物の甘い匂い。オレ、中国系のカクテルってハジメテです、っていうか、そもそもあんまりお酒に詳しくないんだけど……」 「好きなものを、好きなように楽しく飲めばよろしいんですよ。詳しく細やかに嗜むのも酒の飲み方のひとつですけどね、ひたすらビールで酔うまで飲むのもまた一興。そして絡むもまた酒の魔力のたまものですねぇ。酔いは出会いを広げますのでね。今日は閑古鳥で私だけで申し訳ない」  カウンターの中の美人さんが、そんな風にふわりと笑って首を傾げるもんだから、うっかりどきりとして慌ててしまう。  違う違うあのねオレは本当に倉科厨で倉科クン以外目に入らないくらい馬鹿みたいに惚れてるとか浮気とかそういうの絶対しない自信しかないけど、でもほらキレイなものには見惚れちゃうでしょ人間そういうものでしょ? オレだけじゃないでしょ? 「え。いや、あの、そんなことないです。オレこそその、アゲハさんを占領しちゃって、申し訳ないと言うか……でも、いろんな話が聞けて楽しいです。図々しくお邪魔しちゃってすいません……」 「いえいえ。また来てくださって嬉しいですよ、ぜひとも常連様の仲間入りをしていただきたいくらいです。鷹栖様のお知り合いと伺ったので、まあどんな強面が来るのやらと思っていたら、まぁまぁ奇麗で可愛らしい方で。たまには良い縁を連れてくるものだなと感心致しましたよ」  不思議なチャイナ風内容のお店のカウンターの向こう側で、黒髪をゆるりと結んだチャイナ服の美人なおにいさんは、ふわりとした笑顔のままゆったりと喋る。  実はその件の鷹栖さんという人にも、この前初めて会ったんだけど。いや倉科クンはオレの元彼ごたごた騒動中に御縁があったっていう話なんだけど、オレはあの時ひたすら高級ホテルに慄きながら一人待機してたし、結局顔を合わせたことはなかった。  どうやらヤのつくご職業のそれなりに偉い人だと言うことしか知らない鷹栖さんからお呼び出しされたのは先週の事だ。場所はちょっとうちからは遠い『鳥翅』というバーで、その内容は例のユキヤさんとまりん嬢のその後の続報的な話だった。挙式は済ませたらしいんだけど、なんかこう、ここにきてユキヤさんがまりん嬢のヤンデレ成分に気がつき始めてしまったらしい。  そんで、もしかしたら決死の覚悟でまりん嬢の目をかいくぐり脱出とかしちゃったらオレのとことか倉科クンのとことかカヤちゃんとことかタマコさんとこに来ちゃうかもしれないし、一応一度関わってるからには鷹栖さんの方も良く見とくけどっていう、話だったんだけど。  その話を家に帰ってからバイト帰りの倉科クンに伝えたところ、結構ガチで軟禁されそうになった。うはぁ愛されてるやばいうれしいでもバイトいかないとうちの店長死んじゃうからって何とか納得してもらったけど。怖いとかじゃなくて嬉しいどうしようって思っちゃうからオレって駄目だ。あと倉科クンも結構だめでかわいい。  まーまー、いつも通り生活してればそんなに怖いこともないかなーって思ってたのに、そう言う時に限っていつも通りじゃない事案が発生しちゃう。  バイト先のオーナーの別店舗が一気に三人だか四人だか、いっせーので仕事辞めちゃったらしくて、うちの店だってアホみたいに店長が残業してるのにオレがヘルプで他店応援に回されることになってしまった。  いつものバイト先なら倉科クンの仕事場と近いから、迎えに来てもらったりとかもできたし、タマコさんとこで時間つぶしたりもできたんだけど。微妙な距離感のヘルプ先の近辺にあったのは偶然と言うかなんというか鳥翅という、この不思議なバーだった。  鷹栖さんの馴染みだというアゲハさんはすごく奇麗な人で、いつもアジアテイストな服を着ている。事情を何処まで知っているのかは知らないんだけど、一応ここは安全ですよと言われたし、いやオレは普通に自力で帰っても良かったんだけど、夜は危ないからっていうジェントル精神しかない倉科クンがバイト終わりに迎えに来てくれる算段になっている。  珍しく早番で入ってたから、まだ夕方なのにオレは鳥翅でお酒を舐めることになってしまったわけだった。  鷹栖さんいわく、まりん嬢は海外事業開発関係で夫のユキヤさん共々来月にはイタリアだかスペインだかに移住するらしい。まーそれまでの辛抱という話で、倉科クンは毎日の迎えを心に決めたみたいだった。  ……過保護。でも嬉しいからお迎えまで素直に待っちゃうオレもどうかと思う。  それに、普段はタマコさんのバーにしかいかないから、他のお店って新鮮でおもしろい。好きなカクテルの傾向はありますか? って一応訊かれたけどうまいこと応えられなかったオレに、アゲハさんはさくっと青白い中国カクテルを出してきた。  楊貴妃なんていう大層美人な名前のカクテルは思っていた以上に甘くて、でも飲みやすくて不思議な甘い香りがした。 「……ほんとだ甘い。もっと、アルコールが強そうな名前なのに」 「美人というものは性格がキツイものと決まっていますからねぇ。そのイメージはわからなくもない。刻さんはとても性格が柔らかい美人さんですけどね? このお酒のイメージにぴったりじゃないですか。麗しい青が似合いそうなのにふわりと甘いお方じゃないかなと思いますよ」 「え。え、え?」 「……あー。アゲハ君がイケメン男子口説いてるー」  面と向かってなんかすごく恥ずかしい事言われて、えええなにこれどう返したらいいのスマートな大人の対応と正解はどれ!? ってあわあわしていたら、後ろから男の人の声がかかった。  びっくりして振り返ると、絞った照明の下でこっちに向かって歩いてくる人が見える。ロックバンドっぽい黒いパーカーを羽織った男の人だった。  その人は慣れた様子でオレの隣の隣の椅子に腰かけると、気をつけてねと笑いかけてくる。笑顔がなんか、すごく優しい人だ。 「この奇麗なおにーさん、多分タラシ属性だから。うっかりしてると食われるよー」 「まあ人聞きの悪い。私なんて大変無害な蝶ですとも。どっかの蟻と一緒にしなさんな」  気安い雰囲気で応じるアゲハさんの様子を見て、常連さんなのかなって思う。この前鷹栖さんと喋った時は人払いがしてあったのか、あんまりお客さんが居たイメージが無い。  パーカーのおにーさんはにへへと笑ってソルティドックを注文した。 「……おや珍しいですね。サクラさん、酔ってらっしゃる?」 「土曜の夜なんか大概酔ってるよー午後から付き合わされて大変だよ。オッサン達は昼酒大好きじゃん。あ、ていうかごめん俺邪魔した? アゲハ君本気で口説いてた?」 「めっそうもない。お相手がいる方をタラシ込むほど人間腐ってませんよ。刻さんは恋人さんのお迎え待ちの時間つぶしで私とお話してくださっていただけ。……刻さん、こちらサクラさん。うちの数少ない常連を掻っ攫って行ったつれないお方です」 「代わりに俺が来てんじゃん。ええとときくん? はじめましてこんばんは、たまに暇だとこの辺うろうろしてる人です」  にっこり笑われて、思わずうわわと慌ててしまう。アゲハさんは美人、という感じだけど、サクラさんは男前って感じで、うっかりドキドキしてしまいそうだ。  しどろもどろに自己紹介をしてもサクラさんは爽やかに頷いて、『ときくん見た目よりかわいいねー』なんて言ってくる。なんだこの店はオレに優しい世界なのかなんなのホントやめて違う浮気とかじゃないでもオレこの店好きかもって軽率にテンション上がった。 「サクラさんがお暇だというのはアルが仕事にかまけてるときでしょうに。あの仕事馬鹿は恋したところで結局仕事馬鹿なんですから全く……サクラさんも甘やかさずにたまには遊び歩いてはいかがです」 「あはは、さらっと怖い事言うよねアゲハ君―。いやーでも俺もうそういうの無理だわ。なんかこう、変なのばっかり釣るしさー。浮気して愛想尽かされて捨てられたーなんて事になったら結構ガチで人生打ち止めしちゃいそうだから大人しく馴染みのバーで飲むだけに留めます」 「おや純愛。……アルにこんな出来た恋人ができるなんてまあまあ、未だに驚きですよ。あのふわふわしたストレート男をタラシ込んだサクラさんもすごいですけどねぇ」 「うふふ。俺の他に男を知らない男っての、なかなかいいよ?」 「まあ怖い。蟻より蝶より怖いのは蜜まきちらす花ですねぇ。ああ、そういえば刻さんのお相手もストレートじゃぁありませんでした?」 「……えっ!?」  なんとなく仲いいなぁ大人って感じだなぁと思いながらぼんやりしていたから、いきなり話かけられてびっくりしたし、「あ、ストレートってそっかノンケのことか!」って今更ながらに思い当たってサクラさんを二度見してしまった。  え。えー……見えない。全然お仲間には見えない。  そう思ったのが顔に出ていたらしく、かっこいいにやにや笑いをされてしまう。うー全然見えない普通のおにーさんなのに……。 「隠してるからねー。齢三十年にもなればねーうまいこと生きていけるようにもなりますよ。まあ、元々そんなにガツガツ男追いかける方でもなかったし。でもそういやがっつりストレート男子とこういうことになったのって初めてかもなーって」 「あ、オレも、です。……バイは居たけど」 「居た居た。自称バイね? でもああいうのって結局節操ないだけでさ、別に好きになってくんないよねーちょっと普通の人と違うことしてきもちいいことしたいだけじゃね? って感じでさー」 「わっかります……! めっちゃわっかります!」 「あ、ときくんもあれか。男運ない面食いタイプか」  俺も俺もと笑われて、あああどうしようサクラさんかっこいいし話しやすいししかもオレもしかしてゲイの知り合いって居ないんじゃない? 初めてなんじゃない? もしかして生まれて初めてのゲイ友達できちゃう? できちゃうのこれ? ってお酒のグラス両手で支えながらきらきらした目で乗り出してしまう。  えーだって、こんなの初めてだ。オレは大概タマコさんのバーにしか居ないし、出会いを求めてふらふらしてる時は、友達じゃなくてやっぱりそういう相手にしか出会わない。そもそもノンケだろうとゲイだろうと友達を作ろうなんていう気持ちが皆無だし。オレのトンデモ精神状態に付き合ってくれるのはカヤちゃんとタマコさんだけだと思っていた。  倉科クンに出会って、ちょっとだけ生活が落ち着いたせいかも。今も別に、積極的に友達作ろうとか思わないけど、昔のオレだったらこんな風に話かけられても自分の事で精いっぱいで、はあそうですかーとかつまらない返事に努めて、そそくさと帰っていたかもしれない。  どうしよう倉科クンのおかげでゲイのおにーさんとお友達になれそうです。  サクラさんはすごく人懐っこい素敵な笑顔でソルティドックの淵の塩を舐めながら、彼氏くんかっこいい? って訊いてくる。うわーうわーそういう話したの、本当に初めてだ。思わず倉科クンの顔思い浮かべちゃって熱くなる。 「かっこいい……です、ええと顔がとかじゃなくていや顔も好きだし絶対に格好良いけど、なんか、すんごい優しくてめっちゃ譲ってくれるから。結構年下なのに、オレの方が甘やかされてて」 「あ、年下彼氏くんかーじゃあそれも俺と一緒。ていうかときくんかわいいなおい真っ赤じゃん……やだこれ俺口説いてるみたいじゃない? このあと彼氏君迎えに来るんでしょ? アゲハ君ちゃんと俺何もしてないって弁解してね?」 「さてどうしましょうねぇ」 「ちょ、さっき自分だって口説いてたくせに! 俺にはあんな美人な酒作ってくんないじゃん!?」 「サクラさんお相手にチャイナ・レディなんぞ出したところで楽しくないでしょう、私が」 「ほらやっぱ口説いてたんじゃんー。ときくんあんま酒飲んで酔っ払わないようにな? ちゃんと素面で居て貰って『このおにーさんたちは友達であってやましい事は一切ないです』って証言してもらわないと。つか俺の方にも証言してほしいよ」 「おや、その話は詳しく伺いたいですね。アルはそんなに嫉妬深いです?」  友達って言われてうへへうれしいなってぽやぽやしていると、アゲハさんがサクラさんの語尾に食いつく。  サクラさんの恋人さんは『アル』さんって言うらしい。あだ名かな? 倉科クンもシナって呼ばれてるし、それだけ聞くとナニジン? って感じだもんな。 「あのぼんやり王子、サクラさんのやることなすこと全て寛容に受け入れそうですけれど」 「嫉妬するする。超する。ちょっと仲いい友達の話とかすると結構ぐずる。めっちゃかわいい」 「結局のろけですねぇ。刻さんいいです? こういう甘ったるい大人になると恋に溺れますからね? 少し厳しいくらいが恋愛はよろしい」 「いやーでもアゲハ君は鷹栖さんにきびしすぎなんじゃ、」 「私とあの方の間にはやましいことなど一切ありませんので厳しい厳しくないの問題外」 「……こんわー。ねー怖いねこのおにーさんねー? あ、ときくんグラス空いてんじゃん。アゲハ君なんだっけさっきのなんかタラシっぽい名前のカクテル作ってよ。ついでに俺にも作ってよ」 「チャイナ・レディですか? まあ構いませんが。ゲイが二人バーのカウンターでチャイナ・レディを舐めつつ彼氏自慢というのもなんともこう……まあ、構いませんけれど」  サクラさんには微妙な表情を残して、そして俺には優しく笑いかけて、アゲハさんはグラスを下げてくれる。なんだか申し訳ないなーと思いながら眺めていたら、いつの間にか隣の席に移動してきたサクラさんがこっそりと小声で笑った。 「……構われて嬉しいんだよ。アゲハ君はツンデレだから」 「つんでれ……なんか、かわいいですね」 「かわいいよーまあ俺は最初ちょっと苦手な人だったけど。でも彼、誰に対しても結構フラットだから、そういうとこすごくいいよね。見習いたいなーって思うし」 「え。サクラさんも、なんか、そんな感じするのに」 「どうかなー俺は結構気に入った子贔屓しちゃうよ。多分世界で一番彼氏に甘いし、仲いい友達になら何されても大概許すしなー。いやーなんか初対面の子と色々喋るの久しぶりでなんか楽しいな。ときくんたまに鳥翅来る感じ?」 「え、あ、はい。来週もちょっとこの辺に用事あるんで……滅茶苦茶遠いわけでもないし、その後も用事無くてもちょっと、お酒飲みにきたいかなって」 「わーいいじゃん、じゃあ俺も暇な時顔出すわ。一緒になんか甘ったるいカクテル開拓しながら彼氏自慢しよー。アゲハ君、俺にはビールしか提供してくんないからさー」 「悪口とナンパが聞こえてますよ。全く油断がならない……刻さん、お時間はよろしいんです? 私もサクラさんも宜しくない大人なので、貴方が帰ると申告なさらない限り、お店から出しませんよ?」  そんな風に茶化しながらも、きちんと時間を心配してくれる。アゲハさんもサクラさんも、びっくりするくらい良い人で、これは久しぶりにオレが倉科クンに自慢できる話だなーってわくわくした。  倉科クンからはついさっき、今終わったから向かってますっていう連絡が来ている。本当は迎えだって大変だろうしあんまり個人的に喜ばしい事態じゃないのはわかってるつもりなんだけど、楽しい縁ができてしまってほんのちょっと浮かれてしまっていた。 「サクラさん、刻さんと何をおしゃべりする気ですか」 「えー。いろいろあるんじゃない? ほらなんか、共通点いっぱいあるし。年下ノンケ彼氏持ちのゲイあるあるとか」 「例えば?」 「……どこまでねっとりフェラしていいのかわっかんない、とか?」 「えぐい。却下」 「え!? うっそこれ結構ガチで悩んでんだけど!? え、ときくんこれ駄目!?」 「……オレそれちょっとわかる…………」 「なー!? 悩むよな!? こう、なんていうか引かれたら嫌だけどできることならもうちょいしてたいなこれどうよっていう境界線がわっかんなくて! なんかこうそういうちまちました下世話な悩み結構あんだけど、案外俺そういう友達居なかったから、え、ちょっとマジでいま嬉しい。ときくんアドレス交換しよ、アドレス交換」 「酔っぱらい落ち着きなさいな、刻さんがこっそり引いてたらどうするんです……ほら、お迎えじゃないですか? サクラさんあんまりいちゃついてると怒られますよ」  鳥翅の扉が開くと、カラカラと軽い鐘の音がする。  新しく作ってもらった青いお酒を持って振り返ると、いつものピンク色の髪を今日はバレッタでまとめた倉科クンと目があった。寒そうに息を吐いて、オレを見つけるとふわっと表情を崩すのがイケメンすぎてもうだめだ今日もかっこいい……。  うっかりメロメロし始めるところで、あ、そういえばオレ一人じゃなかったと思い出して、ええとこれ紹介とかしていいのかなって慌てはじめたところで倉科クンの足が止まった。  なんか、すごいびっくりしてる。珍しく目がくわっと開いてる。え、何だろう。オレ何かしたかな? 「……倉科クン?」  恐る恐る声をかけると、ハッとしたようにオレとその隣の席を見比べて、ばちばちと瞬きをした。……そんな顔久しぶりに見た。いやもしかしたら初めてかもしれない。 「あ、えーと……お待たせしましたすいませんトキチカさん、ええと、あれ……で、なんで桜介さん居るんです……?」 「おうすけさん? え?」 「…………うわーごめん……あーそうか、なんかごめんそっか亮悟の彼女ちゃんってときくん…………」 「え? サクラさん?」 「サク………………? は? え?」 「……………………」 「…………………」  あれ。おうすけさんって名前聞いたことある。ていうかたまに倉科クンの話の端々に、ほんとたまーに出てくる気がする。おうすけさんっていうのは倉科クンのバイト先のデザイン会社経由で出会った人で、たまに遊んでもらってるけど浮気とかじゃないんでそういうんじゃないんであの人ちゃんと彼女いるんでって、言ってたような気がするような、アレなんだけど。え。倉科クンと、サクラさんって、知り合い?  何が起こっているのかわからなくて、変なパニック一歩手前で固まるオレと、カウンターに肘付いて頭押さえてるサクラさんと、そっと一歩引いて見守っているアゲハさんをぐるっと見回した倉科クンは、サクラさんとは反対側のオレの隣の席に腰をおろして、サクラさんとおんなじようにカウンターに肘をついて頭を抱えてでっかい息を吐いた。  すう、と吸って、はああああああ、と、吐く。 「……すいません、とりあえず、ショットガンください」  なんだかよくわからないけど、アゲハさんがさっとだしてきたお酒のグラスをダン! っと机に打ちつけて、一気にその酒を飲みほして空のグラスを机に置いて、もう一回息を吐いた。 「くらしなくん……?」 「……すいません動揺しただけです大丈夫、トキチカさん別になんもしてねーから落ち着いてっていうかおれが落ち着きます。そんであのー桜介さん?」 「うん。はい。なんすか亮悟クン」 「紹介します。……おれの彼氏のトキチカさんです」  ……そんな風に言われたのは初めてで、何が何だか全然わかってないけどひいいって赤くなっちゃって、そんで視界の端のサクラさんもなんかわかんないけど照れてるみたいだった。 「うっわーお前かっこいいなぁー……なにそれずっるいの」  ときくんの彼氏イケメンすぎだろ、と、サクラさんに柔らかく笑われた。

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