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花と豆と病のはなし 04

蟻が思うこと 「ホワイトソースって自宅で作れるもんなの……?」  半分感動したような、でももう半分は呆れたような口調だったから、僕も苦笑を零して首を傾げた。 「簡単だよ。買ってくるより作った方が簡単なくらい。まあ、デミグラスソースとかはちょっと、自分で作る勇気ないけど、ホワイトソースはね……小麦粉とバターと牛乳温めながら混ぜるだけだよ?」 「いやだってシチューは素買ってきちゃうし。グラタンに至っては作ろうとすら思わねーもん俺。食うのは好きだけどさ。根本的に料理の手順が好きな人間とは考え方が違うんだろうなって思う……」 「うーん好きかなぁ……わりと大雑把だけどね僕ねぇ。出来あがったものを見て『あー今日も頑張って作ったなー』って満足するのは好きだけどねー」 「有賀さんの料理って見た目重要って感じだもんなー」  スワンハイツのキッチンはそこまで狭くは無いけど如何せん寒い。小さなハロゲンヒーターを足元に置いているけれど、レンジを同時に使うとブレーカーが落ちるので、実はあんまり活用していなかった。  部屋の方で待ってていいのに、サクラちゃんは律儀にキッチンまでついてくる。最近は自分で持ち込んだ小さい脚立を椅子がわりにして、壁際にちょこんと座っていた。  膝を立てて頬杖をつくのが格好良くて結構好きだ。もう少しでサクラちゃんと出会って一年になるけれど、いつまでたっても格好良いし可愛いと思う。僕の頭はお花畑のままいかれちゃったのかもしれないけれど、別段不便は感じないし比較的毎日楽しいので問題などない。  牛乳で溶いたソースを煮詰めながら、そういえばラザニアも作ってみたかったんだけど、時間がないなぁとぼんやり思う。ミートソースを作って、ホワイトソースを作って、平たいパスタを用意して重ねるだけではあるけれど、今後の休みと出張と仕事進行を考えると来週からは毎日サンドイッチになりそうだ。  それでも年末よりはいくらか落ち着いたし、冬前にバイトに入ってくれたシナくんのお陰で少しは楽になっている、筈だ。『仕事は早いのにどうして進行がそんなに屑なんですかどMか』としーばちゃんに怒られることも少なくなってきている……と思う。  何にしても自宅でチキンドリアを作って恋人と食べよう、と思えるくらいの余裕はあった。少しずつ水分が飛んでもったりしてくるソースをスプーンでかき混ぜながらコンソメを入れる。ほんの少しハーブと塩を入れて指ですくって舐めると、まあまあ、うん、こんなものかな、適当に作ったし、という味ではあったんだけど。 「サクラちゃん味見」 「んー」  同じように指ですくって口元に持って行くと、大人しく口を開けて僕の指を舐めてくれる。……かわいい。可愛すぎて感想を聞く前に屈んでキスしてしまったんだけど、嫌がりもせずに舌を絡ませてくれるからサクラちゃん大好きだ。 「ん……ふ、…………すんごいなーホワイトソースってホントに牛乳とバターと小麦粉でできてんのな……」 「そうだよ? まあ、随分手順省いて作ったし、面倒でマーガリン使ったし、大した味じゃないけどねぇ」 「え、おいしいじゃん。俺この味好き。……あと有賀さんのキスも好き」  ねーもう一回ってねだってくるものだから、たまらなくなってホワイトソースを焦がしそうになった。サクラちゃんは二人きりだと本当に甘い。年上の男性だと言う事を忘れてしまうくらいかわいくて、今年買い換えた最新のガスコンロの安全装置機能の警告音で火にかけっぱなしだったフライパンを思い出す始末だった。  調理中のサクラちゃんは良くない。でも、そこにちょこんと座ってるサクラちゃんはとても可愛らしいから、できればそこに居てほしい。僕はとても我儘だ。 「……横に立って一緒に料理してくれたらキスもしやすいのに」 「え、やだよ、そりゃ手伝えるもんなら手伝いたいけど、俺ほんと言われたことしかできないし多分邪魔じゃん? あとちゅーばっかしてて多分進まなくなる」 「うーん、恋人とキッチンでいちゃいちゃしながら料理って、夢だったんだよねぇそういえば」 「してんじゃんーいちゃいちゃー。俺なんか歴代最高にいちゃいちゃしてますー。こんなに馬鹿みたいにキスしまくって毎日すきすきしてんの有賀さんだけだよばーか」 「……ドリアとかどうでもよくなりそう。でも僕キッチンで致すのはちょっと違うかな派なので、部屋に戻ってベッドの上に行きたくなるねー」 「あー俺も台所はちょっと……絶対身体痛いし。寒いし。食い物あるとこでそういうの無理かなー。あと普通に腹減ってるから飯食ってからの方が良い」  とても素直なサクラちゃんは、結構思った事をそのまま言う。まあ、それは僕も同じなんだけど、こうもストレートにご飯食べたら致しましょうかみたいな流れになると流石に恥ずかしいような気もして、自分で仕向けた癖にちょっと恥ずかしくなった。  まだお昼なのに。いやでも久しぶりにゆっくり会ってるわけだし、まあ、そういうのも悪くないのかも。なんて言い訳みたいにだらだら考えつつ別のフライパンで玉ねぎを炒めていると、聞き慣れない着信メロディが鳴る。僕の携帯じゃなくて、サクラちゃんの携帯だ。 「……あ、ごめん、ちょっと出て良い?」  サクラちゃんは仕事の用事もトモダチの用事も、一応僕に断ってから出てくれる。僕も僕でなんとなく、別に相手が誰だって『いいよ』と言うのだけれど、さらりと着信相手を確認するのがいつもの事だった。 「んー、いいよ。誰?」 「亮悟」 「りょ…………………え?」  一瞬誰? そんな人サクラちゃんの飲み友達に居たかなぁ鈴木さん田之中さん達幸さんシノさんあたりは把握してるけど誰だそれって思い返してからハッとした。  …………え。りょうごってシナくんの下の名前だったんじゃない?  シナくんの名前って『倉科亮悟』じゃなかった?  普段は事務所全員シナくんって呼んでいるけれど、タイムカードはフルネームだし、勿論書類関係は全部フルネームだし、一応僕は雇用している側なのでその名前はよく目にする。  そういえば、最近仲良くしてるみたいだなーと、薄々気がついてはいた。別にサクラちゃんは交友関係隠したりしないし、シナくんとも時々どうでもいい私生活の話をしたりもする。  スタジオの給湯室の換気扇が壊れた、と、絶望的な顔でうちの事務所で煙草を吸っていたシナくんに、サクラちゃんを紹介したのは一月の半ばくらいの事だったような気がする。シナくんは本当にいい子で、僕はかなりお気に入りだった。お気に入りの年下バイト君と、自慢の恋人が仲良くなるのは比較的好ましいことだと思っていたのだけれど。 (…………りょうご……)  思わず玉ねぎを炒める手が止まってしまい、また消火センサーに怒られた。  何の用件だったのかはわからないけれど、結構仲良さそうに相槌を打ち、気心知れた様子でじゃあ水曜にねとサクラちゃんは通話を切る。 「……え。今の、シナくん?」  そっと振り返って質問をぶつけると、当のサクラちゃんは特別気にした様子もなく爽やかな笑顔で『うん』と頷いた。 「そうそう。なんかねー、来週あそぼーよって話で……ほら有賀さん来週仙台行かなきゃって話だったじゃん。じゃあ俺暇かなーと思ってさー年甲斐もなく夜通しゲーム会」 「なんか、随分仲良くなったね……?」 「いやー亮悟かんわいくてさー。素直だし、良いやつだし、結構ガチで懐いてくるじゃん? そういや俺あんまり年下のトモダチっていないし。まわり同級生とオッサンばっかだし。桜介さんかっこいいーって懐いてくれるのすんげーかわいいじゃん?」 「おうすけさん……え、サクラちゃん桜介さんって呼ばれてるの? シナくんに? 桜介さん?」 「え。うん。だめ? ……ていうか繰り返さないでよちょっとびっくりするから」 「桜介さん」 「……何、有賀さんもしかして嫉妬なう……?」 「………………僕だって年下男子なのに」  え、ずるい。亮悟だなんて。いやそりゃ僕はサクラちゃんが『有賀さん』っていう時の声とか発音とかすごく好きでその呼び方気に入ってるし僕は僕で『サクラちゃん』ってあだ名気に入ってるし今更桜介さんとか呼べないけどさ恥ずかしいし。でも、僕の中の我儘な部分が「なにそれずるい」って言っている。  ちょっと膨れながらひたすら玉ねぎを炒めていたら、背中に急にサクラちゃんが抱きついてきた。……びっくりした危うく悲鳴を上げそうだった。 「なにそれ滅茶苦茶かわいい……っ!」 「え。……え? そう? そう、かな……ちょっと拗ねてるだけだけど。いやあのね、別にサクラちゃんとシナくんが仲良しになるのは良いし僕の出張は仕方ないし僕格闘ゲームわかんないからいいんだけど、ええと……えーずるいなー……僕もサクラちゃんに気安く呼ばれたいじゃない」 「将人って? ……呼んでもいいけど一々俺が恥ずかしくなりそう。だってさー亮悟はトモダチじゃん? でも有賀さんはコイビトじゃん」 「わかってるんだけど、やっぱりずるい」 「ふはは! もーぐずってる有賀さんめっちゃかわいいー、あーもーどうしようすんげーかわいいやばい」  なんだか僕の嫉妬はサクラちゃんのツボにハマってしまったらしい。すごく嬉しそうにぎゅうぎゅう抱きしめられて軽率にテンションが上がってしまいそうになる。全くもってかわいいのはサクラちゃんの方だ。 「有賀さんその料理さ、温め直ししてもウマいタイプ?」 「……まあ、問題はないと思うけど。あとはご飯炒めて耐熱皿に乗せてホワイトソースのっけてチーズのっけて焼くだけだし。温め直しっていうか今現在中断可能だけど」 「じゃあさー、ちょっとだけベッドいこ? ね? そしたら一緒に風呂入って飯食って、その後ちゃんとえっちしよ?」 「……わぁ、おみだら……」 「いーじゃんおみだらで。だって休みだし。俺有賀さん好きだし。かわいいし。あーもうマジかわいいな? やっばいにやにやするー」  うへへって笑うサクラちゃんの方が絶対にかわいいけどね。でもなんか、サクラちゃんがうへへってなってる理由が僕のしょうも無い嫉妬だと思うと、どうもこう、申し訳ないような恥ずかしいような気分にもなる。  アラサーというか、もう三十代もすぐそこだ。専門時代の同期からは続々と結婚報告も来る世代だというのに、僕は恋人が年下のトモダチと仲良くしているからって少し拗ねてしまうくらいには子供で、やっぱり恥ずかしい。  いつか面倒くさいとか言われて愛想を尽かされないように、もうすこし余裕のある人間になりたいものだけれど。サクラちゃんを目の前にすると感情だけが突っ走ってしまうから、そんな未来はちゃんと来るのかなって心配になるだけだった。  なんか、今のところそんな残念な僕もかわいいと言ってもらえるから、そのサクラちゃんの特殊な萌えポイントはぜひともこの先も継続してもらいたいと思う。  うなじと耳の裏にキスを落とされて、くすぐったくて結局フライパンの火は止めた。耳を齧りたがるサクラちゃんを一回引きはがして、ちゃんと正面から腰を抱いて鼻の頭にキスを落とす。すぐにそっちじゃないってねだられて、その下の唇を甘く噛んだ。 「……ぅ、ん……ふ、……うへへ、有賀さんあっつい。……ちゃんとしたい気分になってきた?」 「だって、サクラちゃんが、そんな顔で絡みついてきたら、そりゃそういうアレになります。はーもう……かわいい。キスだけで腰が抜けそうだよ」 「だからベッドいこうって。ね。俺とえっちなことしよ、将人君?」 「………………喜んで……桜介さ、ああだめだやっぱり恥ずかしい……」 「うはははかんわいーの!」  上機嫌なサクラちゃんの唇をもう一回塞いで、キッチンよりは幾分かあったかい部屋に戻って、ベッドに押し倒してからも楽しそうなサクラちゃんはふと思い立ったように僕の首に手を回しながら首を傾げた。  あーその顔かわいいな。見下ろす角度はやっぱりちょっとときめいてしまう。 「そういやさー、なんで有賀さんって亮悟に俺のこと隠してんの?」 「え。……ああ、サクラちゃんが男の人だっていうこと?」 「そうそう。なんかさ、最初っから有賀さんの恋人のサクラさんってどんな女性です? みたいなテンションだったからまさか俺ですとも言い出せなくて、つーか有賀さんって別に俺と付き合ってる事仕事場であんまり隠して無いのに、なんでかなーと思って」  言われてしまうと、そう言えば確かにそうだなーと思う。年末年始忙しすぎてそこまで頭が回っていなかったし、そもそもサクラちゃんとシナくんがそんなに仲良くなるとは思わなかった事もある。 「あー……いや、言い出すタイミングがなかったというか。確かに隠してはないんだけど、もうほら、ウチの事務所内で僕がサクラちゃんサクラちゃんって煩いのは当たり前になってて誰も突っ込まなくなったし年末それどころじゃないくらい忙しかったし、気が付いたらシナくん勘違いしてて。わざわざ訂正するのもな、と、思ってるうちに、サクラちゃんが仲良くなっちゃって、余計にこう……あーどうしようっていう感じでして。……言った方がいいかな?」 「えーどうだろう。引かれない? 亮悟めっちゃ普通の子じゃん? 尊敬する有賀社長と、遊んでくれる三浦さんがホモでしたってさ、知りたくなかった事実じゃね……?」 「やっぱりそう思うよねぇ。……まあ、確かに実際マイノリティな関係だし、ばれたらばれた時に謝ればいいかなって思ってる感じなんだけど」 「いやそれでいいでしょ……わざわざ俺たちの土俵に引っ張り込むことないよ。有賀さんが亮悟好きなのも、俺が亮悟かわいいなって思ってるのも、事実だしさー。あと有賀さんが亮悟にもにょもにょしてんのも、別段本人には関係ないでしょ?」 「…………まあ、シナくんに八つ当たりする程子供じゃないけど。でもやっぱりずるい……」 「ふふふ。もうだめ俺今日ずっーっとそのネタで引っ張れる。やっばいかわいい。……かわいいからキスしたい」  首の後ろに回った腕に力が入って引き寄せられて、何度目かわからないキスをした。  サクラちゃんのキスは熱い。甘くて幸せなキスを堪能していると、子供っぽい嫉妬なんてどうでもよくなってくるから不思議だった。 「どうする? 将人君って呼ぶ?」 「……だめ。一々恥ずかしくなって全然集中できないから、だめ。普通でお願いします……」  へなへなと頬をすり寄せたら、またかわいいと言われてしまった。全くもって僕の恋人も頭の中がお花畑だと思った。

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