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花と夏(有賀×桜介)
有賀さんちのポンコツクーラーがついにぶっ壊れたのは、梅雨も明けてないのに真夏並の猛暑日を記録した七月はじめのことだった。
「だから新しいのにしろって言ってたのに」
里倉のおやっさんが優しさで貸してくれた年代モノの扇風機の風は生ぬるい。
部屋に籠もった空気をかき混ぜるだけで、涼しいというより余計に暑いような気がする。
窓辺の日差しを避けるようにベッドによりかかってぐったりしている有賀さんは珍しく、微妙に薄着だった。
半袖が異常に似合わないから、という理由でいつも七分袖のトップスをさらりと着こなしているのに、さすがに今日はお洒落よりも生命活動を優先させたらしい。
黒のシンプルなタンクトップから覗く腕や首はうっすらと汗ばんでいる。暑さでぐったりしつつ汗を滲ませる様は、個人的にわりとえろい眺めだなーと思いつつ、すました顔で団扇を仰いだ。
「だって、まさか、こんな、急に壊れるなんて思ってもみなかったんだよ……こんなときに限って今村さん不在だし勝手にクーラー買い換えるわけにもいかないし……」
「うーんスワンハイツふっるいからなー。土壁だし。どうにか補強すりゃなんとかなるだろうけど大工事な予感すんだよね。まあ、今村さんが旅行から帰ってきたら聞こうよっていうかもう俺んち来たらいいじゃん……」
「やだ……サクラちゃんのお隣さん土日は彼女さんが入り浸ってるじゃないの……お隣さんの声が聞こえるってことはこっちの声も聞こえるわけでしょう。思う存分いちゃいちゃできない休日なんて僕はイヤです暑さとサクラちゃんならサクラちゃんをとります」
「いや俺は別にいいけどさー……職場もドアあけっぱだし結構野外作業多いしなれてるし。でも有賀さんもう生命維持でせいいっぱいじゃんいちゃついてる場合じゃないじゃん」
「……夏の最初はいつもだめなんだよ……八月くらいになってくるとね、いい加減体もなれてくるんだけど」
まあ、それはわからんでもない。
毎年なんだかんだ言ってくそ暑い日本だ。毎日最高気温を記録するような土地で育てば、いい加減諦めもつくし耐性もできてくる。
もうこれは今日は適当に寿司でも買ってきて夕飯は終わりだなーとぼんやり思う。スワンハイツの台所環境はなかなかに劣悪で、とても有賀さんを立たせる気にはならない。
それこそぶっ倒れそうだ。
倒れてもらっては困るし心配だし、さっきからぬるいスポーツドリンクを無理矢理飲ませている。まるで病人だと笑うもんだから、似たようなもんじゃんと笑い返した。
「貧血持ちの薄幸の美青年~って感じだよなー」
「貧血……貧血は、そうねわりとこの時期恐いけどね。薄幸は違うでしょう。僕はそこそこどん欲に幸せむさぼってるよ。今だって僕のわがままにつきあって暑い中一緒にうだうだしてくれる素敵な恋人と一緒だし」
「暑くて頭おかしくなっても痒さはかわんねーのな。……素敵な恋人は正直今眼福だなーとか思ってるけどさ」
ぱたぱたと団扇を動かしつつ、正直にむらむらしてます発言をかますと、有賀さんのきれいな眉がぐっと寄った。
不審げなその顔も結構好きだ。つう、と首筋に伝う汗がまたえろい。
「眼福……え? 僕、ぐったりしてるだけじゃない?」
「ばーか、それがえろいのー」
「えろい、かな……?」
「はい想像してー。汗まみれでぜえはあしつつぐったりしてる俺を想像してー」
「……あ。えっちだ」
「ほらみろ。な? もうさー、ぐったりしててかんわいーしさー暑くてぜえはあしてて今日の有賀さんずっとやばい。危ない。もうちょい有賀さんが元気だったら容赦なくおみだらな運動につきあわせてたわ」
なーんてね、と笑うつもりだったのに、有賀さんがちょっと恥ずかしそうに目を逸らすもんだから、うっかり息をのんでしまった。
「…………別に、いいけど。具合が悪いわけじゃないし……」
「え」
「え?」
「……え。死なない? 大丈夫?」
「死なないでしょ。ていうかいっそもうそういうことしちゃった方が暑さ忘れるんじゃ、ちょ、サクラちゃん落ち着いてお顔が完全に雄、待っ、ちょ……ん……っ!? っふ、ん……っぁ、」
「んー……ふ、しょっぱい……もーまじ夏の有賀さんやばいえろいかわいいしんどい」
「いやかわいいって言ってくれるのわりと嬉しいけど先にシャワー……」
「さっき入ってたじゃん。つか朝から二回も入ってたじゃん。いーよもう、有賀さんなんか別に体臭きついわけでもねーし、どうせ汗かくんだからさ」
ずりずりと。
ベッドに押し倒す勢いで乗り上げて唇を奪う。キスの合間に抵抗するみたいに後ずさりやがるから、逃がすかこのやろう気分で太股挟み込んで腰を掴んだ。
湿った肌が不思議と興奮に繋がる。気持ち悪い筈の汗が、こんなにえろく感じるのは、愛とか恋とかそういうもののせいかもしれない、なんて思いながらも本能が顔に出ていたらしく有賀さんが苦笑した。
もう、なんて言いながら緩く笑うのが好きだ。なんだかんだと有賀さんは俺を許してくれる。その妙な懐のでかさが愛おしくて、押し倒してるのに胸がきゅんとした。
「サクラちゃんはさ、なんていうか……急にえっちな生き物になるよねぇ。でも、そういうのちょっと嬉しいかな。さわりたいって言ってもらえるの、僕は結構嬉しいし」
「だってかんわいいし。好きだし。俺有賀さんと素っ裸でいちゃいちゃすんの超好きだし。こんなさー別にかわいくも細くもないただのゲイといちゃいちゃしてくれる有賀さんに毎日感謝してるし毎日すんげー好きだなって思うよ」
「え。サクラちゃんかわいいよ。僕、サクラちゃんの身体、かっこよくて好き。あとさわってる時の顔がねー、こう、何とも言えず官能的でくせになる。……サクラちゃんもしょっぱい」
「暑いからね。さっきシャワーしたけどね。まあ、暑いからしゃーないわ」
暑いからセックスしようか、なんて笑うとあははと笑った有賀さんは汗ばんだ肌をすりあわせて最高にえろく笑った。
あー。その顔、やばい。俺のその、理性とか本能とかがいろいろやばい。この人は本当に自分がどれだけ性的かってわかってないんじゃないかなって思うよほんと。
梅雨まっただ中なのに蝉の声が聞こえる。
あー夏だ。風鈴があれば完璧だ。今度里倉さんちにあった風鈴をもらってこよう、と思いながら。
「……あっつ……」
ふれた唇の熱さに笑って汗まみれの服を脱いだ。
その三時間後。
「……ごめん。ほんとごめん。反省する。してます。ごめん」
「いや……楽しかったんでいいです……体力ない僕が悪いです……」
うっかり暑さと有賀さんのえろさにぶっとんじゃってやりたい放題しちまった俺は、ぐったりとベッドに沈む有賀さんを仰いでいた。
end
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