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第2話
「紬(ツムギ)入るよ」
ノック音と共に扉が開かれ、部屋に入ってきたのはここの店でスタッフとして働く奏多(カナタ)だった。
「苦しくない……?」
「……別に」
頭にのばされた手を叩いて跳ね除けると、俺は奏多を睨みつける。
手の甲をさすりながら、元気そうでよかった……と安心した様子で話すコイツを見ていると無性にイライラしてくる。
きっとそれは同じ店で働いているのに、βというだけで身体を売らない仕事が出来る奏多に嫉妬しているからなんだと思う。
「お前さ、いつも俺の所ばっかり来るけど暇な訳? 他にも俺みたいに働いてる子いんだから、そっちの様子でも見に行けよ」
「紬の所に行っていいってオーナーの許可も取ってあるから大丈夫」
相変わらず眉を垂らして、困った様な表情でへへっと笑うコイツに更に腹をたてる。
「あっそ。それなら勝手に、ひとりで話してれば。俺は寝るから」
これ以上目の前にいるコイツのことを考えたくなくて、俺は布団を頭まで被るとその中で身体を丸め、背を向ける様にして眠った。
しばらくして、トン……トン……と一定のリズムで背を優しく叩かれる感覚があったが、俺は何も言わずされるがままになっていた。
--数時間後。
日も暮れてきたので、俺は店にでる準備をはじめる。とはいえ着ていた服を脱ぎ、男の相手をするためのあの暗い部屋に向かうだけだ。普通に考えれば可笑しい事だけれども、俺にとってはこれが当たり前になっているから何も感じない。
扉を開け廊下に出ると、壁に寄っ掛かりながら俺を待つ奏多と視線がぶつかるが、すぐに逸らされてしまう。
(何その反応……。俺の身体が汚いって言われてるみたいでムカつく)
ひとりで不貞腐れていると、奏多に腕を掴まる。速足な彼の速度に合わせ、俺も急いで歩き出す。
「--っ! ……とっととあの部屋に向かいますよ」
俺たちΩが脱走しない様に監視として、部屋の行き来はこうしてスタッフが同伴することが義務付けられていた。
(こんな格好で逃げれるわけないじゃん……)
こういった決まりを思い出す度に、ここのオーナーも客と同じで狂ってることがよく分かる。
「今日の1人目は、紬にとっては新規のお客様となりますが、この店の常連さんです。すでにこの部屋へ通しているので、粗相のない様に」
耳まで赤くして俺と全く目を合わせない奏多は、そのまま早口で仕事の説明をしてくる。
「はいはい、分かってますよ……ふああ〜」
どうせいつもと変わらない、そう思って余裕ぶっていた俺は暢気にあくびをする。
「着きましたよ。そのような態度、お客様の前ではしないように! いいですね」
「はいはい」
「はぁ〜、まったく。……巽(タツミ)様、失礼致します。本日ご相手をさせて頂く紬を連れて--」
客に呼びかけながら奏多が扉を開けた瞬間、俺の心臓が今までにないくらいの速度で脈を打ち、身体中の血液が沸騰するかのように熱くなる。
「っ!!」
立っていることも辛くなり、その場にしゃがみこむ。
「紬っ! 大丈--ゔっ!」
「待っていたよ。私の可愛い可愛い……運命の子」
巽と言う男は俺を助けようとした奏多を突き飛ばすと俺を抱きかかえ、扉と鍵を全て閉めてから部屋の中へと入っていった。
目の前にある獲物を狙うかのような巽の表情に身体を強張らせながらも、頭の中は扉が閉まる前に見た真っ青な奏多の顔でいっぱいだった。
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