14 / 75

日課*性描写

 食事が済んだ後の流れは決まりきっている。ヘリオススでも、巡回中の村にいてもやることは何ひとつ変わらない。  宛がわれた天幕で、ヤミールとカミールが水を沸かし狭い浴槽に湯を張る。ブラッドはふたりに入浴の手伝いをされながら身体を清める。風呂を浴びるくらいひとりでできると主張しても彼らは下がらない。王の命令だと言って聞かなかった。  甲斐甲斐しく世話をされ身体の垢を落とした後は、衣服を身につけず、王と女王のために用意された天幕でクバルを待つのが日課になっていた。おぞましい日課だ。 「……ん、っ」  王が来る前に王を受け入れる準備をしておく必要がある。入浴後もふたりの僕はブラッドから片時も離れることはなく、花の香りのする香油を用意して準備に取りかかる。最初こそ指を突き入れられる度に冷や汗を浮かべていたブラッドだが、毎日のように王の一物を咥え込まされている秘孔は指程度の違和感には慣れつつあった。 「っもういい」  ベッドの上で呻いた声は僕の耳に確かに届いた筈なのに、身体の中を掻き回す指が抜かれることはない。横向きになったブラッドの身体の背後からその脚を広げ、香油でしとどに濡れた窄まりに細い指を突き入れるヤミールは夜風のような声で囁いた。 「まだ二本しか入っていません」  その二本の指が、ぐぐ…と開き肛門の縁が広げられる。これから受け入れるものの大きさの苦痛を軽減するようにとの配慮だが、事前にどれだけ解そうとクバルから与えられる苦痛はいつも変わることがない。 「いらん、何本入れても、同じだ……」 「いけません、アステレルラ。辛いのはあなたです」 「構わねえって言ってる……ッ」  中で蠢く指の腹が、腸壁を引っ掻きながら外へ出ていく。ちゅぷ、と小さく水音を立てて引き抜かれた指は、今度は質量を増やして再び中へ侵入してきた。 「は、あ」 「集中してください。私の指がわかりますか?」 「う……、三本入れたな……ッ」  香油の滑りを助けに、三本に増えた指がゆっくりと奥へ奥へ進んでくる。苦しげに息を吐くと途端、別の者のひんやりとした手が下腹に添えられた。 「ん、んっ……」  ベッドの縁に腰かけたカミールの手が、緩やかに起ち上がっていたブラッドのぺニスをなぞる。兄と酷似したしなやかな手に濡れた竿を扱かれ、堪らず吐息を漏らす。緩慢に、しかし心地よいほどの力で握られぐちゅぐちゅと擦られると、広げられた脚の内腿が引き攣れたように震える。  彼らは性技に長けている。その事実は十日で嫌と言うほど思い知った。  腹の内側を探るヤミールの指使いは、悔しくも的確と言えた。ブラッドが痛みを感じないよう徐々に後孔を開き、快感を拾う場所を覚えては不規則に刺激する。たえきれずブラッドが悲鳴を上げる前にヤミールの指は戯れをやめ去っていく。カミールにいたってもそれは同じだった。  射精させるのが目的ではないのだ。前戯と称していいのか、クバルを受け入れるまでのふたりの愛撫は確かにブラッドを翻弄している。  性行為に慣れているのはダイハン族の慣習だからなのか、女王の僕の仕事の一部として教育されたものなのかは定かではない。それを尋ねるのは、屈服を示すような気がしてできないでいる。 「ぁ、あ、ッ……!」  中で折り曲げられた指が腹側の一点を捏ねるように執拗に刺激すると、下腹から脚の付け根がじんじんと甘く痺れ、堪らず足が毛皮を蹴る。女王になる以前は、ここが気持ちいいのだと知りもしない場所だった。刺激されると思考が奪われそうになる。女王に貶められながらも自分はアトレイアの王子なのだという自尊心や毅然とした心を、その時ばかりは保つことができなくなる。 「いい、もう、ッ……抜け」  自分の切羽詰まった聞き苦しい声にもすでに慣れてしまった。だがヤミールは中への刺激をやめない。 「十分だって、言って、……!」  ぐっと視界が狭まり、頭が何も考えられなくなる。これ以上はおかしくなる。声にならない声で僕へ主張するが、彼らは聞き入れない。後孔を使うことは苦しいことではなく、気持ちいいことなのだとブラッドに教えるためにふたりはそうしているのだ。  出したい、射精したい。それしか考えられなくなった時、唐突に甘い刺激は離れていった。 「ッ……、?」  背後に衣擦れの音がする。霞む視界を瞬かせると、ブラッドの前方にいたカミールは佇まいを正して背を向け頭を垂れている。きっとヤミールも同じ姿勢を取っていることだろう。  それは王の来訪を意味した。 「ヘリオサ」  王に敬服する僕の凛とした声。天幕の入り口にクバルが立っていた。  急速に頭の奥が冷えていく。蝋燭の明かりだけが唯一の光源である天幕の中でも、クバルの表情が死を運ぶ処刑人のように冷酷であることがブラッドにはわかっていた。  やや褪せた白の下履きに覆われた股間は確かに布を張って勃起していた。ブラッドと同じように「事前の準備」がなされた状態なのだ。王の顔に興奮の色は一切見られず、冴え冴えとした血色の瞳がブラッドと女王の僕たちを睥睨していた。  クバルがこちらへ歩み寄り、固いベッドの上に乗り上げてくると、ふたりの僕は王へ場所を明け渡すよう左右に避けた。  ブラッドが無為な抵抗をしないと知ってから、クバルは天幕へ従者を呼びつけなくなった。背後から押さえ込まずとも女王の務めを果たすことを受け入れたのだと、王は理解している。 「ッ……」  横臥した身体の肩を強引に掴まれ、毛羽立った毛皮の上に俯せにされる。犯す体勢は毎夜同じだ。獣のように腰を高く持ち上げ、背後から貫かれる。  衣擦れの音がしてすぐ、尻のあわいに熱いものが押し付けられる。何の予備動作もなく熱い凶器は狭間を裂いて中へ切り込んでくる。 「ぐ、っ……!」  無理矢理開かれる痛みと圧迫感は、身構えていても減ることはない。下腹の苦しさを逃がそうと意識的にゆっくり息を吐こうとするが、こちらの状態などまったく意に介さない男は熱塊を半分ほど埋めたところから、阻む肉壁の間へぐっと腰を進めた。 「ひ、ぎ……ッ」  食い縛った歯の隙間から悲鳴が漏れる。ブラッドがたえているのをいいことに、クバルは容赦なく腰を打ちつけ始めた。長大なぺニスが抜ける寸前まで腰を引き、乱暴に身体の奥を突く。じゅぷじゅぷという淫猥な音と、悲痛な呻き声が天幕の中に響く。 「お゛ 、あ゛ あ゛ 、ア゛、ッ」  無慈悲な暴力が何度も身を貫く。ヤミールとカミールの手技で申し訳程度に起ち上がっていたブラッドのぺニスは、王から与えられる痛みで萎えてしまった。  クバルが何を考えているのか、ブラッドにはわからなかった。  毎夜、王と女王の営みと称した暴力に曝されながら、朦朧とする頭の片隅で考えるのだ。  彼の行動には意図が見えない。ブラッドを組み敷いて犯したところで満足した風はなく、ただそれが決められたことのように凌辱する。中に一物を突き入れて擦り、射精をするまでの間に性行為の興奮は垣間見えることがない。  だから余計にわからない。性欲処理のための不本意な行為とも言いがたい。溜まったものを出すだけならば相手は女王でなくてもいい。望まぬ行為、と言っていたことが思い出される。  ぶつかる肌と肌が乾いた音を立てる間隔も徐々に狭まる。このおぞましい行為の終わりが見えた。 「ッ……」  背後でクバルが息を詰める。荒々しい腰遣いがぐっと最奥を何度か突き上げ、中に熱い奔流が放たれるのがわかった。埋め込まれた楔が震え、時間をかけて腹の中を濡らす。すべて出しきったらしく、ひとつ長い息を吐いたクバルは萎えた一物をブラッドの中から引いた。狭間から、どろ…と粘液が漏れ出る感覚に寒気がする。  今夜も王の子種が注がれた。だが子が出来る訳でもない。  毛皮に荒い息を押し付けながら、ブラッドは首を捻って滲んだ視界で王を仰ぎ見た。天幕を訪れた時と同じく、何を考えているのか推し測れない、唇を引き結んで無感情を浮かべている。傍らのカミールが差し出した布で陰部を拭うと、クバルはおもむろにベッドを降りた。 「っ、……待てよ」  なぜ呼び止めたのか、自分でもわからない。何を尋ねる気なのかさえまとまらずブラッドはすぐに後悔したが、クバルは肩越しに一度振り返っただけでその場に留まることはなく、一糸纏わぬ姿のまま天幕を出て行った。 「……ヤミール」  ブラッドの汚れた身体を拭おうとする僕に掠れた声をかけると、彼は従順に「アステレルラ」と女王の名を呼ぶ。  僕に訊いたところで、わかる筈がない。教えてくれる訳もない。例え知ったところで、どうするというのだ。 「何でもない」  それだけ呟いて口を閉ざすと、ヤミールは静かに頷いてカミールとともに行為の後始末を続けた。  中に注がれた精液を掻き出そうと細い指が侵入してくる。その動きを感じながら俯せの状態で息を整えていると、不意に思い出した。 「……そういえば、あの男は何て」 「はい」 「ユリアーンのことだ……何て言ってた」  夕餉の際の、クバルの横で薄ら笑いを張りつけていた男のことを思い出す。そして、何かにたえ入るように握り締められた僕の両手も。  ヤミールは表情を変えず後処理を続ける。鉤のように指を折り曲げ、中の白濁を掻き出す。どろりと溢れ出る感覚に背筋が震える。 「大したことは申していませんでした」 「ああ、きっと……下らないことだろう。だが話せ。俺が命令している」  強い語調で言い放てば、ベッドの縁に腰かけたカミールが困惑したように唇をきゅっと噛む。ブラッドの胎内を探るヤミールの指の動きが止まった。 「アステレルラ。彼は言っていました。……彼は」 「構わん。話せ」 「……そこのアトレイアの軟弱男の具合はどうだ、いつ俺たちにも回してくれるのか、と」  躊躇いがちに紡がれた言葉は、想定から大きく外れるようなものではなかった。思わず低い笑いが漏れる。 「それで、王は何て返した」  感情の宿らない血色の一瞥。王はぼそりと低く呟いていた。 「それは……」 「何て返したんだ」 「……」  ヤミールは口を開かない。首を捻ってカミールの方を見るが、彼女も長い睫毛を伏せて首を左右に振った。話さないという意思表示だ。  きっとろくな答えではないのだろう。 「ご自分で、お確かめください」  硬い声音で僕は呟き、胎内に残る精液を掻き出すため再び指を動かし始めた。  ――気に入らない。  ブラッドは鼻を鳴らし、顔を毛皮に伏せて目を瞑った。

ともだちにシェアしよう!