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帰還
天幕の外が騒々しくなり始めたのは、赤い大地がさらに赤く染まる日暮れの頃だった。幕越しに村の代表に声をかけられブラッドたちが外へ出ると、生温い風と土埃が肌を叩いた。
馬に跨がったヘリオススの戦士たちが、村の民たちに囲まれ称賛の声を浴びている。彼らの褐色の身体は自らのものではない血に濡れていた。
ツチ族を蹴散らし村へ辿り着いた戦士たちを渋い表情で眺めるブラッドは、その数が当初よりもわずかにだが減っていることに気づく。
「数が少なくなっていないか」
「ツチ族との戦闘で倒れたのでしょう。我々ダイハン族は勇猛ですが、ツチ族も一筋縄ではいきません」
辿り着いた戦士たちは、戦闘に長けたダイハンの中でも一際勇猛果敢な男たちということだ。馬から下りて村の民たちに歓迎される戦士たちの中には、ツチ族の男の首を高々と掲げるユリアーンの姿があった。彼の戦功に村の若い女たちが色めき立つ中で、逞しい黒馬から下りる王の姿もある。馬の背にはもうひとり乗っていた。
「誰だ、あれは」
王が他者を同乗させているところなど見たことないが。ブラッドは隣に立つヤミールを横目で見るが、彼も首を傾げている。
王の黒馬に乗る男――いや少年は、ダイハン族の褐色の肌をしていたが、見慣れない顔だ。ヘリオススから旅をしている戦士や従者の中にはいなかった筈だ。
様子を窺っていると、集まった大勢の民たちの前でクバルは声を張り上げて話し始めた。民の目が少年に集まっている。
「彼は他のダイハンの村の出身で、ツチ族に捕らわれていた者のようです。ツチ族に寝返ったふりをして此度の襲撃に追従し、ツチ族を騙し我々ダイハンの勝利に貢献したと」
「へえ……」
馬から下りた少年の肩を叩き、村の民たちが労いの言葉をかける。降りかかる称賛の声に快く返す少年は、遠くから様子を窺うブラッドたちの存在を認め、人々の中を抜けてこちらへ近づいてくる。
彼は大きな天幕の前に立つブラッドたちの正面で立ち止まると、小さな口を開いた。
「肌の色が違う。あなたが我々のアステレルラですか」
少年は流暢な共通語を話した。
ブラッドの肩ほどまでの背丈しかない少年は、自らと容姿が異なる金髪と白い肌の男を仰ぎ見る。
ヤミールやカミールよりもいくつか年下らしい少年の身体は未発達で、ある程度筋肉はついているが薄っぺらい。赤い瞳の嵌まる目は大きく、猫のように目尻がつり上がっているが、少年らしいふっくらとした柔らかい輪郭で威圧的な印象はない。
少年の問いに両眉を上げたブラッドは、幼さの残る顔を見下ろしながら口を開く。
「まずは自分から名乗るべきじゃないのか?」
「大変失礼いたしました。俺は、アルと申します。長くツチ族に捕まっていました」
「王が話しているのを聞いた。俺に何の用だ」
無愛想に尋ねると、アルと名乗った少年は大きな目をぱちりと瞬いてブラッドを見上げる。ダイハン族はみな黒髪を長く伸ばしているが、耳ほどの長さで切り揃えた少年の黒髪が温い風にふわりと揺れる。
「ヘリオサ・クバルが迎え入れたアステレルラは、異国の男性だと聞きました。あなたの姿を見つけ、ご挨拶に」
「俺への挨拶は必要ない」
「あなたのヘリオサは俺を再びダイハンに迎えてくれました。同じ馬の背中に乗せてくれました。感謝しています」
「俺の、ヘリオサじゃない」
ブラッドが感謝されることなど何もない。少年に施したことはクバルが行ったことで、ブラッドには無関係だ。アルは、夫のクバルがした行為の感謝を妻に述べているだけだろうが、ブラッドには不愉快だった。
思いもしない否定だったのか、アルはきょとんとしている。
「失礼なことを、言いましたか」
「……アステレルラはお疲れです。あなたも疲れているでしょう。休みなさい」
「あなたたちは」
「アステレルラにお仕えする者です」
ヤミールがやんわりと口を挟むと、少年は素直に「わかりました」と頭を垂れてから細い足で走り去る。戦士たちを歓迎する民たちの中に混じると、数人の村の男たちとともに住居の集まる方へ歩いて行った。
「十をいくつか過ぎたばかりのガキだろう、戦士たちと一緒に戦ったのか」
「元来、戦いに秀でているのでしょう。ヘリオサ・クバルもそうだったと聞いています」
クバルの幼少の姿は容易に想像できないが、戦いや殺しに長けていたというのは大いに納得がいく。
他の戦士たちと同じように血濡れの身体で戻ってきた王は、ユリアーンを始めとした腹心たちとともに今も村の民たちに囲まれている。
「俺が殴ったことで怒っていると思うか」
「ヘリオサが怒っているのなら、それはアステレルラに殴られたことではないでしょう」
「俺が戦おうとしていたことに、か」
「大丈夫です、アステレルラ。今夜は、私たちがお教えした通りに」
「……わかった」
不意に、王の視線がこちらへ向けられる。その赤い瞳の中の感情は、離れた場所からでは読み取れなかった。
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