33 / 75

短夜*性描写

「な……」  状況が読めないまま、洞窟の天井を見上げるブラッドの真上に大きな影が差す。クバルの淡々とした表情を仰ぎ見て、押し倒されている自分をようやく把握する。 「最初に言っただろう。俺はお前を毎日犯す。お前は毎日受け入れる」  思い起こすのは婚姻の祝宴の日、王と女王の不本意な床入りだった。決闘で戦士を斬り殺した後、血濡れも厭わずに、ブラッドを犯しながらクバルは宣言した。  困惑して声を出せずにいると、クバルが身体の上に乗り上げてくる。 「おい、待て……」  やっと出た制止の言葉も王には意味をなさず、おもむろに伸びたクバルの手はブラッドの腰に巻かれた布の裾に忍び寄った。湯浴みを終えたばかりのブラッドは裸も同然で、太腿を這って腰まで伸びた手が心許ない布を無慈悲に取り去ると、本当に一糸纏わぬ姿になってしまう。今さら裸を見られたところで恥じらうような間柄ではなかったが、まじまじと見つめられると返せと叫びたくなる。  律儀にもこの男は、初夜で交わした一方的な決め事を完遂しようとしている。 「待て待て。俺と寝る必要はもうないだろ」 「なぜだ」 「なぜって、さっき言ってただろ。俺の自由を奪うことは、支配することはしないって」 「これはお前を支配するためじゃない。妻を抱くのは当然の行為だ」 「だ……」  クバルを見上げながらブラッドは言葉を失った。クバルの中では、ブラッドは妻であるらしい。敵国であったアトレイアから嫁いだ、信用できない男ではなく。  伴侶として夜をともにするのなら、クバルが当初宣言したその行為は「犯す」ではなく「抱く」に変化するらしい。 「準備なんかしてねえぞ。ヤミールもカミールもいない」 「ふたりが必要か? 前に自分でやっていた」  覆すことのできない過去の行為を突きつけられて、ブラッドは言葉を詰まらせた。あの夜は、王を手玉に取ることができると僕に言われ、溜飲を下げるために行ったやむを得ない行為だ。 「俺の上に乗ってきたのはお前の方だ。なぜ今さら躊躇う」  今だから躊躇うのだと言ってやりたかったが、できなかった。制止と拒否を口にするブラッドをお構いなしに、クバルはブラッドの片方の膝を掴むと胸につくほど深く折り曲げさせた。唐突に王の眼前に晒された会陰の奥の窄まりに、強い視線を感じる。毎夜、何度もクバルのものを強制的に受け入れさせられた場所だ。そこを乱暴に犯されたことはあっても、抱かれたことはないのだ。 「やめろ……っ」  抑止力のない制止の言葉にクバルはブラッドを一瞥しただけだった。空いている方の手の指を口に含み、骨ばった指に唾液を纏わせると、双丘のあわいをなぞり、小さな皺の周囲を撫でる。つぷ、と二本の濡れた指が内側に入り込んでくる感覚に、ブラッドは背筋を震わせた。 「っ……」  王が女王に前準備を施す必要などない。王を受け入れるためにブラッドの後孔を解すのは、僕であるヤミールとカミールの仕事だった。王はただ広げられた穴に突き入れて射精するだけでいい。  ブラッドにとってクバルとの行為は、そんな事務的に身体と精神を消費されるだけの、早く終わるように祈る日課的なものだった。  王自らが手を煩わせる必要はない。それなのに今、目の前の男はブラッドの身体の内側に手を触れているのだ。 「……ん、…っ」 「痛いか」  足元でベッドに膝をつくクバルが視線を寄越すが、ブラッドは横顔を身体の下の毛皮に押しつけ、下肢で行われている行為をなるべく考えないように目を瞑った。 「あ、……」  直接的な感覚が、閉ざそうとしていた思考を掠める。皮の厚い掌がまだ柔らかいペニスを包み、やわやわと揉みしだく。知らないふりをするにはいくぶん強い快感がやがて芯を持ち、思わず吐息が溢れる。  過去、後孔に指を入れられて呻くブラッドに、ヤミールとカミールは気を逸らせるように優しく愛撫を施した。彼らの真似をするように、あのクバルが自分に愛撫を施しているという事実に、ブラッドの中の当惑は大きくなるばかりだ。 「少しは、楽か」  しっかりと芯を持った竿を握る手は、ヤミールやカミールよりもざらついていた。彼らよりも一等強い力加減で無遠慮に扱かれ、強制的に与えられる快感は少し痛いくらいで、ブラッドは身を捩った。  楽か、などと。意識を逸らせるどころではない。血管の浮き出た下腹が引き攣って、折り曲げた脚の内腿が震えて、頭の中はペニスを走る暴力的な快感に支配されている。 「いい……っ、前は、いらない」  先端から溢れ出した先走りが、淫らな水音を作り出す。クバルはブラッドの言葉を受け取らず、透明な液体を塗り込めるように充血した亀頭を掌で愛撫した。  秘孔に埋められた指は少しずつ中を広げていた。しっとりと包み込む粘膜にゆっくりと抜き差しし、入り口を広げるように二本の指を伸ばす。最初の違和感はすでに消えていた。腸壁を進む、僕のふたりとは違う関節の骨ばった指の形だけを感じていた。  嫌なら本気で拒絶して抵抗すれば、今のクバルであれば止めてくれるだろう。だが、拒否を示すことができなかった。クバルに触れられることが嫌ではないと思っているのか、このまま抱かれてもいいと思っているのか、自分でもわからない。  瞑っていた瞼をそろりと上げて頭を動かすと、クバルの姿が目に映った。蝋燭の心許ない灯りで影を落とす彼の姿――見間違いでなければ、褪せた白の下履きが硬いもので押し上げられている。  王はいつも、自らの僕たちの手によって勃起させてからブラッドの前に現れるのだ。それが、今は触れてもいないのに大きさがわかるほど屹立して主張している。  クバルが自分に欲情している。気づいた瞬間、ずくりと下腹部に得体の知れない熱が宿る。手で触れることのできない身体の内側が疼いて、自分でも制御できずに後孔が引き締まる。 「……どうした?」  ブラッドの異変に気づいたクバルの問いに何でもないと返そうとして、爪先が跳ねた。開かれた肉壁が中に埋まった指をぎゅうっとことさら強く締めつけてしまい、顔に熱が上る。 「ここが感じるのか」 「あ、ゥ……っちが、……っ」  指の腹でそこを押されると、じわりと甘やかな快感が広がる。何度も同じ場所を刺激され、射精欲が高まっていく。すでにペニスへの愛撫はなくなっているのに、尿道がじんじんと痺れ、反り返った竿の先端からは透明な蜜が溢れ、引き締まった下腹を濡らす。  逃がすことのできない快感が毒のように蓄積していく。抉じ開けるために後孔を解すのならもう十分の筈だが、抽挿を繰り返すクバルの指は執拗に同じ場所を狙って擦った。まるで、ブラッドに恍惚を与えようとしているように。 「ア、っぁ、……もう、いいっ」 「もう慣らさなくていい?」 「十分、だ……っ」  与えられる快感から逃れたくて、ブラッドはやめてくれと、懇願するように喘いだ。中に埋まった指がゆっくりと抜けていく感覚に、安堵と、どうしてか喪失感を覚えながら、荒い息を吐いて見上げると、クバルは顔の横に腕を突いて見下ろしていた。

ともだちにシェアしよう!