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第71話 バナナ

 「おはよう、将生。朝食のフルーツこれしかないけれど」  焼きたてのパンとオムレツ、淹れたてのコーヒー。ヨーグルトにフルーツ。大学生になって一度も味わったことない贅沢な朝食です。  「いただきます」  食事を始めたと同時に、香月さんの頬が上がります。何か良いことでもあったのでしょうか。  「ねえ、将生がバナナを食べていると……」  香月さん!一体どこにそんな喜べるポイントがあるのでしょうか。朝から幸せそうですが、僕は朝から辛いです。あ!辛いと幸せ、何故か漢字が似ていますね。どうでも良いことですが、僕の未来を占っているようです。昨日の夜シアタールームで声を反響させながら喘いだ結果、僕は声を失いました。幸せが辛いに変りました。  ただいま声はカレテイマス。できれば、今はそっとして置いてください。  「これから将生の服を買いに行くでしょう。それから、後は何が必要?」  荷物を取りに行くという話はいつの間にか煙のように消えてなくなり、必要なものは買えばいいという話にすり替わってしまいました。どうしても必要な大学の教科書だけ取りに行けばいいし、後は処分しよう。新しいものを買ってあげるから、そうさらっと言われました。つまり僕は、もう戻れないんですね。アパートにも何も知らなかったあの頃にも。  あれ?というより、僕はまだ何も知らないままではないでしょうか。違う道を大きく踏み出してしまったために普通が何なのか、さっぱり分かりません。  そしてこのまま邁進すると、僕はもしかしなくても一生涯童貞(そのうちまほうつかい)ですね。  母親が性別を間違えて産んでしまったのではないでしょうか。最近気が付いたのですが、男性にしかモテていません。  「近いうちに、御両親にもご挨拶に行かないといけないね」  突然あり得ない事を言われて、凍りつきました。  「え……今、な、何をおっしゃいました?」  「ん?だから、将生を俺にくださいって正式に挨拶にさ」  「ちが、違います!それは、駄目なやつです」  何故か香月さんは僕と結婚すると繰り返し言いますが、冗談ではなく本気の様です。とんでもない道を着々と歩んでいます。  「どうしてかな?やはり人として、きちんと筋は通しておかないとね」  いいえ、人として少し外れた道を歩んでいる事をご存知でしょうか?あなたの選んだ道は種の保存の法則から大きく外れています。  ……あれ?もしかして僕も同じ道を歩み始めて……いませんか?

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