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第91話 醤油
もうクタクタで眠たかったはずなのですが……。香月さんから教えられた感覚は細胞一つ一つが覚えていて、その感覚に抗えるはずもなく、ぐずぐずと溶かされてしまいます。
「将生?ここ?」
耳元で囁かれるその声にさえ反応してしまいます。全く同じ顔なのに何が違うんでしょう。香月さんとオミさんは同じで別なのですね。
いろいろな滑りを借りて、重なっているのかそれとも肌を滑っているのかわからない感覚に何も見えなくなっていきます。
身体の中で蠢く指先から自分の中心向けてに送られてくる快感にのけぞってしまいます。その瞬間に、目の端に香月さんがもう一人見えました。
あれ?なぜでしょう?
……ああ、オミさんですね。
ふと目が合ったと思った瞬間に、近くに寄ってきたオミさんがいきなり唇を塞いでしまいました。
何これ?香月さんが倍です。……二倍。完全に思考が停止しました。足元も見えない濃い霧の中に置いてきぼりにされたように何を掴んでいいのかわからりません。
……ふらふら……くらくらとしています。
そのまま快楽の渦の中にずるずると引き込まれていって、気持ちがいいのか辛いのかわからないくらい苦しくなりました。開いたままの口からは、言葉にならない声が漏れ続けています。
「兄貴、退いて邪魔」
そう聞こえた気がします、ああオミさんそばで見てるのですね。
敏感になりすぎた感覚の中、つい大きな声が出てしまいました。その声が耳から脳に戻ってきてさらに追い上げられていきます。
……意識はいつの間にか……。
「うーん」
伸びをすると、手の先に当たるのはなぜかソファの背もたれです。
「あれ?ここは?」
「将生が落ちちゃったから、運んでくるの大変だったんだよ。兄貴に手伝って貰う羽目になったし、さすがにあの状態じゃね」
くくくと、笑っていますが香月さん、全てあなたの所為ではありませんか?
でもいつの間にかべとべとではなくなっていました。ちゃんと服も着ています。まあ、シャツ一枚ですけど。次は下も履かせてくださいね、このままじゃお腹下します。
あ、何かいい匂いがしています。お夕飯です、お腹すきました。
本当に今日は長い一日でしたから……。
「あ、醤油切れてる。買いに行くのは明日だな。将生、隣の部屋から醤油借りてきて」
え?この都会で、このご時世に醤油の貸し借りとかあるんでしょうか?
言われた通りに隣のインターフォンをドキドキしながら押しました。
「はい」
隣のドアが開いてそこに立っていたのは……。
「オミさんっつ???」
えっと……香月さん。二人でお隣同士って……どう言う事でしょう?たった今お使いを言いつけた人と同じ顔が目の前で微笑んでいます。
「将生、引っ越して来たらお隣さんだね。今度、ユズがいない時にちょっと遊びにおいで」
何の遊びか解っていて来るほど初心ではではないですよ。
それより僕はいつから引っ越しするってことになったのでしょう。あっ、まだその話きちんとしていません。思い起こして盛大にため息がでました。
【調味料 おしまい】
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