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第97話 浴衣

 まずいです。これは絶対にまずいですよね。満面の笑みで寄ってくるオミさんの横を何とかすり抜けると玄関へと走りました。  僕が鍵を開ければ良いだけのことなのです。  扉の鍵をまわすのとほぼ同時に後ろから手が伸びてきて、ぐいと引っ張られました。扉が開く前にオミさんの手でしっかりと俺の口は塞がれてしまいました。  「何してるの!」  オミさんが手で口を塞いでしまったので、言葉が全て口の中でもごもごとなってしまいました。そんな僕とオミさんを交互に見てきつい口調で香月さんが問いただしました。  「え?ああ、今新しい下着を出してきてあげたところだよね、将生?」  いえ、確かにそこは間違っていませんが。説明が足りていません。  「へえ、俺がいないところで二人で何するつもりだったの?」  「何もしてないし予定もないよね、将生?」  確かに、まだ何もされてはいませんが。ようやくオミさんの手から開放されました。  「ほら、将生。着替えはこれね、どうしてもあの服着せるの嫌だからさ、これを持って来たんだけれど」  香月さんの手の中にあるのは淡い紫色をした格子柄の浴衣です。  「ユズさすがだな、センスなかなかだよ」  「そのうちに花火にでも連れて行ってやろうと思って買ってあったからね」  「浴衣かあ、そうか......じゃあ下着は当然!」   「「ふんどし!」」  ええっ、なぜそこで見事にハモるのでしょうか。  「だよな」  「そうだよな」  二人して......僕をなんだと思っているのでしょうか。着せ替え人形か何かでしょうか。  「絶対に褌なんて身に着けませんから!......でも、この浴衣は綺麗ですね」  「将生は顔が優しいから、淡い色が似合うかなと思って。俺のはシンプルな薄墨のかすりの浴衣を買ったんだ。一緒に浴衣デートをしたかったからね」  こんなに大切にされて幸せと、ギュッと浴衣を抱きしめて嬉しさに浸り......あ、はたと自分の格好に気が付きました。僕は今、人様の玄関先でTシャツに下着一枚というとんでもない格好でした。  まずはこの状況から脱することが大切です。  「オミさん、さっきのローライズボクサーやっぱり貸してください」  「え、浴衣着るのにそれはないでしょう。今から俺が着付けてあげるから任せて」  香月さん、何を言い出すのですか。オミさんが目を輝かせていますよ、浴衣も自分で着ますし。オミさんにも着替えを見学はさせません。  勝手に二人で仲良く着せ替えごっこでもしていてください。僕はそろそろ外れます。まずは人間らしい格好がしたいです。  それに香月さん、食事もまだだという事実を忘れていませんか。

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