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第105話 執事服

 「ちょっと待ってください!」  僕の言葉は誰にも届きませんよ、知っています。今までも届いたことはありません。  気が付いたのですが聞こえないのではなくて、聞かないのではないでしょうか?絶対そうですね。聞こえてても知らん顔を決め込むのが得意な人しかいないようです。  そして今は、監督にどんなシチュエーションか尋ねる必要もありませんね。大体、想像はついてますから。一応、確認させてください。宅配便のお兄さんに襲われる役どころですよね。あの手錠の意味はそうなのでしょう。  「最近、流れがよくわかってるねぇ」  監督、そこって褒めるところではありません。何しろほとんど中身ありませんから、僕にだって安易に想像できてしまうのですよ。  「監督、もう少しお洒落な制服がいいのだけれど」  オミさんも相変わらずマイペースです。  「じゃあ他の衣装に着替えてきて良いよ、隣の部屋にまだあるから」  結局何でもいいのですね。オミさんが出て行った今がチャンスです、ぜひ帰らせていただきたい!助けてはいただきましたが、この先の義務はない気がしています。  「齋藤ちゃんこっちね」  監督に呼ばれて諦めました。そこにはオミさんがいます。え?もう戻ってきたのですか?黒いスーツに白い手袋、ポケットチーフもおしゃれですね。  執事さんなのですね、驚くほどに似合っています。正直格好いいです。  「お待たせ、将生」  いえ、ほとんど待っていません。  「似合っています」  つい声に出てしまいました。にっこり笑うその顔は香月さんそのものです。あ、二人とも香月さんでした。  「そう?見とれているの?」  あれ?オミさんでも柚人さんでも同じってそれはかなりまずいですよね。  「え?あのっ!」  腕の中に抱え込まれてぎゅっとお腹の奥がねじれたような気持ちになりました。  「良かった、ここ何日か連絡取れなくて心配だったんだ」  「えっ?!オミさんじゃない?ゆ、柚人さんですか!」  「は?どういう事かな、説明してもらおうか。兄貴と何するつもりだったんだか。これは、俺をきちんと覚えてもらわなきゃいけないね」  ああ何てことでしょう、地雷を踏んでしまったようです。不服そうなのに笑う香月さんがこわいです。この後の展開が想像ついてしまいます。  「どうして、僕がここにいると解ったのですか?」  「仕事先からこの恰好を見せようと着替えもせずに将生を迎えに行ったら、アパートは大騒ぎになってたよ。将生が宅急便の人に連れ去られと、焦って監督にも兄貴にも電話したよ。間に合ってよかった」  そうでした、あのアパートもう解約ですね。  「監督、代打できるやつを連れてきたからそっちで間に合わせて。オミには俺から後で説明する。俺は将生を連れて帰らなきゃいけないからね」  代打って誰ででしょう。あ、あの白衣の男性は翔太さんです。  「将生、俺たちあのまま閉じ込められるかと思ったよ。お前ひどいな」  いえいえ、よくよく考えてみてください。元凶は何だったのでしょう。身に覚えはありませんか?オミさんごめんなさい、代打の翔太さんは多分オミさんの顏も大好きだと思います。それに変な軍人さんのおまけもついてきていますから大丈夫でしょう。  「将生、おいで家に帰るよ」  そう言われてなんだか嬉しくなりました。もう引っ越すしかありませんよね。 【制服 おしまい】

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