109 / 122

第109話 梅酒

 「んっ、んんっ......」  「はあっ、まさきっもう無理。これ以上は駄目だ」  香月さんの声が、ぼやけて薄い輪郭だけになったみたいです。  「き、もち......い」  手と足をつないでいると思っていた拘束具は、強く引くとぱきっと小さい音を立てて壊れました。あまりにもあっけなく外れてしまい驚きました。  「将生、困ったな子だな、おまえこんなに......」  「香月さん、ねえ、も、っと。もっとぉ」  「将生、もう無理だよ一滴も残ってないんだよ」  空の瓶を僕の目の前で揺らしながら、困った顔をした香月さんがいます。一滴ももう残ってないのですね。美味しかったのに。ああ、悲しいです。  「えっ?も、もう空なのですかぁ?」  せっかく美味しく楽しく......あれ?何を飲んでいたのでしょうか?ん?あれっ?また僕は服を着ていません。いつからでしょうか?何をしていたのでしょうか?  「将生、美味しい?もう少し飲むか?」  渡された二杯目のグラスの記憶ははっきりとあります。  「御機嫌だね」と言われたような気もします。機嫌がいいわけではないですね。多分もうやけくそなのだと思います。ジェットコースターは嫌いではないです。小さい頃あの突然落ちる瞬間にひゅっと下半身が浮く感覚にぞくぞくしました。  何度も乗りたいと駄々をこねてジェットコースターが嫌いな親を困らせた記憶があります。きっとその罰なのですね、今は降りられないジェットコースターに乗っているようです。  突然突き落とされて、勢いよく引き上げられて。振り回されて、もう呼吸困難に陥ってしまっています。  「でんぶ、香月さんのせいでふかかか......」  「将生、酔っているよね?」  「何を言って、ですか?ジュースでは酔いまへん」  「いやいや、酔ってるから。今日はもう止めておこうね?」  「へ?やめる?」  「そう、おしまいだよ」  「おしまい?やめるって......何を。今さら、ひどい......どうやって、こ、これからっ、ひっく、生きていけばっ、ひっく、ぐっ」  悲しくて涙が止まりません。悔しくてどうしうもありません。捨てられた子猫のような気持ちです。  「将生、落ち着け。何言っているんだ?俺は酒を止めろと言ったんだ」  「ひっ......ぐっ、くっ。おっ、お酒?どえです、か?」  「今、お前が泣きながら握りしめてるそのグラスだよ」  ああ、これはおばあちゃんの造った梅ジュースですよね?違うのですか?甘さが足りないような気がしたのは違うものだったのでしょうか。 「将生、そんなに俺の事が好きなの?うれしいよ、おいでこっちへ。気持ちを伝えてくれないから不安だったよ」  ん?何か様子がおかしいです。僕は香月さんに好きだと告白したのでしょうか。通常運転でも怪しいのに今日は飲酒運転です。さて終着駅はどこでしょう?

ともだちにシェアしよう!