112 / 122

第112話 シャンパン

「あ、あたま......が、われそう」  ぐわんぐわんと半鐘が鳴っているようです。少し身体をおこして部屋の中を見回すといつも通りに綺麗な部屋に居ます。珍しくTシャツも着ています。まあ下着はありませんが。けれど何が起こってこんなに頭痛がするのかと不思議です。  確か水の入ったグラスを手にして、それで一気に飲んだような気がします。その前は何をしていたのでしょうか。記憶が全くありません。まさか、僕は何かとんでもない事をやらかしてはいないでしょうか。そうでないことを祈ります。  身体に残るこの気怠さと腰の重さは、昨日の夜も結局お決まりのフルコースだったのですね。けれどもその記憶さえありません。  「香月さん?」  部屋に入ってきた香月さんは昨日のお怒りモードはどこへやら、とんでもなくご機嫌なようですね。確かオミさんと間違えて叱られて......それからどうしたのか分かりません。  怒った香月さんに手足を繋がれたような気がしますが。ええ、確かに怒っていましたよね。それは間違いないのです。  なのに何故なのでしょう、香月さんのこの気持ち悪いほどの上機嫌さは怖いくらいです。  「額に入れて飾ったからね」  「ほら見て」と指さされて見上げます。ええっ!寝室のベッドボード上、壁に金色の額に入れられた婚姻届があります!  「お祝いしよう、俺たちの結婚を記念して」  シャンパンを持ったその姿は完璧です。けれども思考が追い付いていません。  「あの、これって?」  「昨日の夜の事を忘れたとは言わせないよ、証拠の動画もとってあよ」  携帯の動画の中では、酔った僕が泣きながら婚姻届にサインをしているところが映っていました。  『これで......もう、どこにも行かないですよね?』  恐ろしいほどの猫なで声で甘える自分の姿を見て目眩がします。  「あ、あのこれは、まさか僕ですか?」  「他の誰に見えるの?」  けらけらと笑われて、自分の痴態に泣きたくなりました。これはどう言う事でしょう。さらに、その恥ずかしい動画には続きがありました。  「ここからが大切なところだよ。将生、覚えてないは無しだからね」  ええ、残念ですが全く覚えておりません。  『こうづき、さん......ほんと?』  僕は何を喜んでるのでしょうか。なにが「本当?」なのでしょうか。  『もちろんだよ。もう、仕事も止めて俺だけの将生でいて』  『はい』  僕のあの嬉しそうな顔、あれ?つまり僕はようやく引退ですね。解放されるのですね。  それは嬉しいかもしれないです。いえ、本当に嬉しいです。ところが、動画はまだ続きます。そして最後の香月さんのセリフに凍りいてしまいました。  『じゃあ監督に電話しなきゃいけないね、華々しく引退を飾ってもらおう』  飾る?......飾るってなんでしょうか。  『引退記念だから、綺麗に撮ってもらおうね将生』  えっ!僕は一体何を約束したのでしょうか。 【お酒 おしまい】

ともだちにシェアしよう!